第5話 長谷川真実の理由

「な、な、な」

 あんまりと言えばあんまりな答えに、雫は開いた口が塞がらなかった。

「なんですってぇぇぇぇぇっ!?」

 本日二度目の咆哮である。俺のときもこんな感じだったのか、と第三者目線で礼人はコンピューター研究部部長を見ていた。

 ぶつぶつと呟く独り言が呪詛のようにすら聞こえる。

「そんな、そんな、万能タイプはどの部活も喉から手が出るほど欲しがるから引き抜かれていても仕方ないとは思っていたけれど、まさか、まさか、よりにもよって文芸部だなんて……!」

 本日一時間足らずで貴重な人材を失ってしまった部長トップはネットスラングで言うところのOTL状態になっていた。その肩をドンマイ、と優しく叩くもう一人の部長。彼が文芸部の部長でさえなければ充分な励ましになっただろうが、残念ながら彼、清瀬なごみは文芸部の部長である。雫の心にトドメが刺されたことは問うに落ちず語るに落ちるといったところだろう。

「なんで、なんで文芸部なのさぁ……」

 文芸部が訳あり部なのは暗黙の了解であるし、訳ありに訳を聞くのは野暮ったいということは雫も重々承知である。だが、聞かずにはいられなかった。

 長谷川真実は先程目の当たりにした通り、既存の全てのタイプを使いこなす万能タイプだ。コンピューター研究部以外でも引く手あまたであることは間違いない。それが何故、よりにもよって、勧誘活動もしていない文芸部に入ろうなどと思ったのか。聞くのが野暮だとわかっていても、気になるところである。

 他も同じことを思ったのか、自然と視線が真実に集まる。真実は合計五つの眼差しを受けることになり、またあわあわとし始める。自分で言い出したことだというのに。

 両手を顔の前で無意味にぱたぱたと交差させながら動かし、真っ赤な顔で悲鳴のように言う。

「そ、そんな、皆様のご想像なさるような大層な理由ではごじゃいましぇんっ」

 緊張のあまりに噛む。ツボったのは優子と清瀬だった。優子は礼人が回し蹴りを、清瀬は麻衣が礼人から借りた木刀で脳天に一撃を決めることで沈めた。

 茶化し要因がグランドの土と熱い接吻を交わしたところで、礼人が目で先を促す。礼人と麻衣が眉一つ動かさずに取った行動に呆気に取られながらも、真実は一呼吸を経て、話し始める。

「わたし、中学の頃も妖魔と戦っていたんです。様々なタイプ適性があることがわかって、通う中学も黄泉路が開いているのか、妖魔の出現頻度がそれなりにあって。でも、妖魔対抗用カリキュラムを取り入れていない中学だったので、妖魔に対抗できる人材がわたししかいなかったんです」

 妖魔対抗用カリキュラムが取り入れられていない学校で妖魔が出現するというケースは珍しいものだ。大抵黄泉路が開いてしまった学校では妖魔対抗用カリキュラムを取り入れるものである。

 だが、中学までは義務教育期間。義務教育範囲の授業日数の関係もあり、まだ中学までの時点で妖魔用カリキュラムを取り入れられている学校は少ないとも聞く。妖魔は黄泉と現世が交わりやすい寺や神社、墓場などに発生する場合の方が多いから、学校に発生するというパターン自体が珍しい。

 真実の説明は続く。彼女は少し恥ずかしげに頬を掻いていた。

「妖魔との戦い続きで、友達とか作る暇なくて……万能タイプとして『使われる』日々が続くのなら、中学時代とまた一緒です。妖魔と戦うことは人の役に立つことだからいいとは思いますが、わたしはわたしなりに、青春を謳歌してみたいというか……その点で文芸部の皆さんは妖魔討伐において優秀という噂を耳にしておりましたので……妖魔戦で自分が少しでも楽ができて、妖魔ばかりにかかりきりじゃなく、友達とか作って楽しく過ごす青春を送ってみたいなぁ、なんて思ったりして……」

 顔は茹でたタコのように真っ赤になっていた。もう少ししたら蒸気でも噴き出すんじゃないだろうか。

 沈黙していた中で、麻衣の木刀攻撃から復活したなごみが、頭にたんこぶをこさえながらもそうかそうかと納得したように頷く。

「確かに、せっかく学生なんだし、青春を楽しまないなんて損だよね」

 恵比寿顔によく似合う呑気な言葉を口にするなごみに麻衣がチョップを入れる。

「妖魔退治だって大事でしょうが」

「まぁね〜。麻衣たん痛い、痛い、麻衣たんに叩かれるのはゆーきくんの専売特許でしょうに」

 どこまでも呑気ななごみをびしばしと叩き続ける麻衣。まあ、じゃれあいの範囲だろう。

 優子がいいんじゃない? とやはりこちらも呑気に声を上げる。

「妖魔退治が大事なのもわかるけどさぁ、何も今、『妖魔によって人類は滅亡の危機に晒されている』とかそんな映画みたいなシリアスなシチュエーションじゃないんだから、もっと私たちも高校生らしく生きたっていいんじゃない?」

 優子の意見に、麻衣がなごみへのチョップを止める。

「……それもそうね」

 特にこの日本国内は妖魔の発生率が世界的に見て高い。だが、それでも「人類が滅亡する」なんていう嘘みたいな深刻な状況には至っていないのだ。この聖浄学園のように対妖魔カリキュラムを子どもに教える余裕すらある。つまりは教育ができるくらい、妖魔に立ち向かえる人材が既に存在しているということなのだ。

「私たちはまだ『子ども』なんだから、子どもみたいにはしゃいだって罰は当たらないわよ」

「いや、そこまでじゃないだろうけどね」

 麻衣が冷静に突っ込むも、やはり優子の意見には一理あると思ったらしい。それ以上の反論はない。

「でも、長谷川さん? がいた学校も運がよかったわね。長谷川さんがいなかったら、どうなっていたことか」

「ちゃん付けとかでかまいませんよ。確かにそうですね。妖魔はのさばらせておいたら人間を食べちゃったりしますもんね」

「さらりとすごいこと言うわね」

 だが、真実の言う通りである。妖魔に食欲という概念が存在するかは不明だが、かつてには捕食され、人間が犠牲となった話題が新聞の一面記事を賑わせたこともあった。以来、妖魔は人間の脅威として認識されるようになったのである。

 妖魔には基本人語が通じないため、対話という手段は採れなかった。すると、残るのは自ずと「戦う」という選択肢になる。生き残りたいのなら尚更。

 シリアスになった雰囲気に不似合いなほどの恵比寿顔で、なごみは真実に告げた。

「まあ、理由はどうあれ、文芸部の方針は変わらない。来る者は拒まず、だ。

 ようこそ、長谷川真実ちゃん」

 なごみは真実に手を差し出して微笑んだ。


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