第4話 部長
一斉に名前を呼ばれた少女──長谷川真実は驚き、ひゃあ、と声を上げて転んだ。先程の凛とした雰囲気など微塵も残っていない。何もないところでこけた。
その様子に先程とは別な意味で呆気に取られる一同。
まさか、このいきなりずっこけた人物が各タイプを使いこなし、妖魔をあっという間に倒した勇猛果敢な姿と同一人物とは思えない。
「おおっ、やっぱりすごいねぇ」
そこに優子を男にしたらこんな感じだろうと思われる呑気な声がかかる。向こうから向かってくる人物がいた。その姿を認めた優子は肩を竦め、麻衣は何故か機嫌を悪くする。
「見てたんなら、手伝いなさいよね!」
麻衣のツインテールが感情に呼応するように派手に揺れる。ぷんすかと文字が見えそうなむっすり具合で麻衣はやってきた人物を睨んでいた。
やあ怖い怖い、と麻衣の様子に肩を竦める人物は当然ながら聖浄学園高等部の制服を着ており、学年を示すバッジは優子たちと同じ三年。目は糸目で、色の抜けたような短い茶髪の印象が薄い顔をしていた。特徴を挙げるとするならその恵比寿顔くらいだろう。
雫も同じ学年なだけあって誰かわかっているらしく、礼人と真実、一年生二人だけが取り残されていた。
首を傾げる二人に気づき、男子生徒はやあやあはじめまして、と名乗る。
「ぼくは文芸部部長の
文芸部部長。ということは。
「清瀬先輩、創作タイプっすか?」
「そうそう。能力は『エクストラ×エクストラ』戦闘に出ても役に立つ可能性は限りなく低いね」
「だからって妖魔が出たのに黙って見てるのは悪趣味よ」
麻衣の容赦ない指摘に、なごみはたははと笑う。ちなみに、と真実が問う。
「どこから見てらしたんです?」
「そこの阿蘇くんが文芸部に入るって言った辺りから」
「ほとんど最初からじゃないかーい!」
麻衣のツッコミが飛ぶ。確かにそれならさっきの妖魔討伐戦には参加できたはずだ。「エクストラ×エクストラ」がどういう能力か知らないが。
だってぇ、と間延びした声でなごみは言い訳する。
「ぼくのエクストラ×エクストラは毎回出てくる能力がわからないんだよ? 賭け要素高すぎでしょ。優秀な人材が何人もいるのに出る幕なんてあるわけないじゃん」
「いい加減自分で調整できるようになりなさいよ!」
どうやら、なごみの「エクストラ×エクストラ」という能力はランダムに使えるタイプが変わるという一風変わった技能らしい。軽い万能タイプのようなものに思えるが、どのタイプの能力が出るか制御不能な上に、真実のように常人以上の力を発揮できるわけではなく、あくまで発揮できる能力は一般的かそれ以下、ということだ。
とはいえ、高等部の三年生にもなって能力が制御不能とは、上級生としてどうなのだろうか、と礼人は疑問を抱く。
なごみは軽く頬を掻いて、猫なで声で麻衣に言い訳する。
「仕方ないじゃん。その分他の面倒な手続きは全部やってるしぃ」
「部長なんだから当然でしょ」
言い訳も麻衣にあっさりと一蹴される。
乾いた笑いを浮かべ、なごみは端末を取り出す。手のひらサイズの小さな端末だ。なごみは軽く、雫に目配せをする。すると、雫もはっとした様子で似たような端末を取り出す。
「なんです? それ?」
礼人が問いを口にすると、よくぞ聞いたとばかりになごみが指を一つ立てて説明する。
「これは各部の部長に渡されている妖魔討伐報告機だよ。部員からの報告を受けて、代表の部長が先生方に報告するのさ。先生が見なくても職員室の教頭席にある機械に送信されて、自動的にどの部活がどれだけ妖魔討伐に貢献したかというデータが残されるんだ」
「もっとも、記号タイプが現れるまで、このシステムはもっと杜撰なものだったらしいわよ。部活コードを偽って入力すれば、功績の多い部活の戦績を簡単に別な部活の成績にできてしまうほどだったの。それが記号タイプの台頭によって、電子セキュリティが万全になったから、今じゃどんな部活もズルはできないわ」
えっへんと威張る雫。雫個人の功績ではないが、記号タイプの功績たるこのシステムが誇らしいのだろう。
「にしても妖魔退治はほとんど文芸部がやったことになるから、送信虚しいんだけど」
雫が嘆きながら戦績データを送信するのを、礼人が憐れんで、なんとかフォローを入れようとする。
「あ、ほ、ほら! ここには万能タイプがいるじゃないですか。俺と同じで記号タイプが使えるようだし、勧誘にはうってつけなのでは」
妖魔を倒した一年生が入部すれば、その一年生の戦績は部活のものとしてカウントできる。それに思い至るなり、雫は眼鏡の奥の目をきらんと輝かせて、ずいずいと真実の方に寄る。
「長谷川ちゃん、コンピューターに興味ない?」
「えっ、あ、ええと」
いきなり縮められた距離感に真実はおどおどと目を泳がせる。他の三年生に真実は助けを求めようとするが、誰も彼もがつい先程知り合ったばかりで、目を逸らされる。しかも他の三年生は皆文芸部である。文芸部は来る者は拒まず去る者は追わずというスタンスを取っているが、基本無理矢理入部させようという姿勢はない。つまり部活勧誘はしないのだ。
文芸部の場合「訳あり部」という印象が定着しているため、誰を勧誘しなくても訳があれば勝手に入部してくれるのである。例えば、礼人のように。
真実はいきなりのことにおろおろしていた。妖魔に立ち向かっていたときの毅然とした態度はどこへやら。若干呆れながらも、礼人はそういえば、と入学式を思い返す。新入生代表に選ばれていたのはこいつだったはずだ。確かあそこで八回も噛んでいた。妖魔は大丈夫なのに、人見知りなのか、と気づいて更に呆れる。
あたふたと、ともすれば自分で言ってしまいそうな勢いの真実は数分のおろおろの末、意を決したように唇を引き結び、真っ直ぐ雫の目を見る。雫からの期待の眼差しが痛い。
新入生期待の星、百年に一人の逸材とも言われる万能タイプの人間が、一体何を選ぶのか、というのは存分に周囲の興味をそそった。思わず魅入ってしまう。
ごくりと誰が飲んだかもわからない生唾の音がしたとき、真実は口を開いた。
「ごめんなさい! わたし、文芸部に入るんです!!」
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