第3話 万能タイプ
どくんっ
心臓が大きく強制的に脈打つ。皮膚が粟立つような不快感。それらが礼人を襲い、礼人は苦しくなった胸を押さえる。
優子も何かを感じたらしく、普段ののほほんとした雰囲気など微塵も消え去った表情でいつの間にか能力でシルフを呼び出している。
置いていかれ気味の雫と麻衣が優子のシルフを見てようやく気づく。
「妖魔!」
「さっきやったばかりでしょうに!」
一日一妖魔。聖浄学園での妖魔出現頻度はそれくらいなのだが。
真っ先に駆け出した礼人と優子の後をついていくと、獅子型の妖魔が咆哮を上げていた。その咆哮は大地を震わし、地震大国と言われる日本を簡単に揺らし、地に足をつける者を揺るがす。証拠に、雫と麻衣はよろめいた。
妖魔慣れしているらしい優子と礼人はその程度では揺るがない。優子は風精霊であるシルフの力で宙に浮き、礼人は鍛えた体幹で対処していた。
「おそらく、さっきの俺の記号だけじゃ、妖気を打ち消しきれなかったんでしょう。どれだけ妖気を細分化しても浄化するか消すかしてない限り、時間をかけて妖気は固まり、形を成して妖魔となる」
「一年にしては随分と冷静じゃないの」
戦闘要員にはなれない麻衣が感心する。元々説かれているように、妖魔は現世の悪い気を取り込んだ霊体が変化してなるものと、礼人が言ったような空気中に漂う妖気が時間をかけて結合することでなるものとがある。
「やっぱり、人手不足には変わりないわね」
優子が嘆息すると、礼人はさらりとそんなことないでしょう? と首を傾げる。
「ここには創作タイプ第五位の『
礼人の語る通り、妖魔と対になる存在が精霊である。妖魔が負のエネルギーを糧とするなら、精霊は正のエネルギーを糧として存在する生き物なのだ。故に妖魔に対しての攻撃力も高いし、浄化の作用も持っている。
「入学早々先輩使いが荒いわね」
「浄化のできない俺が何度このタイプの妖魔に当たったと思ってるんすか。浄化できる人がいたら任せるのは当たり前でしょ」
「二人共、危ない!」
礼人と優子が痴話喧嘩をしているところに、獅子型妖魔が突進してくる。二人は事も無げにひらりと紙一重でかわしていた。
「獅子型妖魔は結界に強い耐性を持っているわ。電子結界しか使えない私じゃ力になれない……」
雫が己の無力に俯くのを麻衣が宥める。
「大丈夫よ。回復系統の技能しか使えないあたしじゃもっと相手にならないわ。それより、あの二人ならきっと大丈夫」
麻衣は確信したように言う。雫がそれを不思議そうに見つめた。
「なんでそう思うの?」
「優子が背中を託す相手なんて、そういるもんじゃないわよ」
麻衣の見立てでは、礼人はかなり妖魔慣れしているし、優子もその実力を認めている。学園トップクラスの対妖魔技能者が認めている人物。これを信用せずして何を信用できようか。
礼人は果敢にも電子を纏わせた木刀で妖魔に斬りかかっていく。だが、妖魔は俊敏にかわし、電装剣が削いだのは鬣の一、二本ばかり。
だが、礼人にはそれで充分だった。
「あまねく事象は我が前にて氷解す。『ハック』」
礼人がそう唱えると、ひらりと斬られた鬣が礼人の眼前で留まり、緑の燐光を放ちながら、無数の文字の羅列に囲まれる。記号タイプが持つ技能の一つ、「ハック」だ。「ハック」は物事の成り立ちなどの情報を瞬時に得ることができる技能。例えば、妖魔の弱点や、相性の悪いタイプなど。
それを解析しながら、妖魔の一撃を避けた礼人は小さく舌打ちをする。
「どう?」
「状況は最悪っすね。こいつ、創作タイプに強い耐性を持っています。記号タイプは効かなくもないっすけど、俺の電装剣じゃさっきの妖魔と同じくその場しのぎにしかなりません。時間をかけてまた妖魔として復活する。しかもより強くなって」
「厄介ね」
優子は礼人に食らいつこうとする妖魔を新たに呼び出した
「力押しでやれば浄化できないこともないけど、疲れるわ」
「疲れるという理由で妖魔を野放しにするんすか?」
「まさか! 疲れるのは可愛い可愛い精霊ちゃんたち」
炎のようにゆらゆらと揺らめき、火を吹く生き物(?)は自分の数十倍はあるであろう相手に善戦して何ように見えるが、これもその場しのぎにしかならない。
無理を通せばどうにかできるが、精霊とはいえ、浄化に特化しているわけではないため、妖気で強くなった妖魔を無理矢理浄化すれば、何日か精霊たちを休ませなければならないだろう。そしてその何日かの間は優子は丸腰ということになってしまうのだ。
迷いが生じるのは当然だった。だが、戦いにおいてその一瞬の迷いが命取りになることもまた確かなのである。
優子が決断を迷っていると、サラマンドラの攻撃を掻い潜った獅子型妖魔が礼人に飛びかかる。礼人は電装剣を持ってはいるが、獅子型妖魔の巨体は礼人の倍以上ある。斬り飛ばしても何らかの負傷は免れられないだろう。
礼人は覚悟を決めて剣を構えた。
「攻撃用記号構築、標的を確認」
電装剣の電子の輝きが増していく。礼人は妖魔の禍々しい赤い目を睨み付け、言い放つ。
「悪鬼を切り裂け、人の造りし刃よ。記号解放!」
下から上に袈裟懸けで切る。首を落とすことはできたが、妖魔自体は生きているようで、胴体が離れても尚、礼人に噛みつこうとする。二度も斬りつけられたのだ。その敵意と殺意は凄まじいものである。
妖魔の気に当てられて、礼人がよろめく。礼人は妖魔に慣れてはいるが、妖魔と相対したとき、特にこういう純然たる殺意を向けられたときなどに胸が疼き、痛みを成すのだ。木刀を地面に突き立て、地に膝をつく。
「礼人くん!」
「電子結界」
優子がシルフを、雫が電子結界を苦し紛れに繰り出すが、シルフは間に合わず、電子結界はいとも容易く食い破られる。
礼人にはもう一度電装剣を展開するほどの余裕はなかった。
獅子の牙が迫り来るのを苦々しい面持ちで見つめるしかない。
獅子は獲物を食い千切らんとその大きな口を開け、礼人に迫り──
ばちぃんっ
誰もが来るべき妖魔に人間が食われるという陰惨な光景を目にすまいと瞑ったとき、強い静電気のような、あるいは何かを弾くような音が鳴り響いた。
一番最初に目を開けて、現状に気づいたのは雫だ。
「っ、縫合タイプの結界!?」
礼人と獅子を隔てる不可視の壁を雫が瞬時にハックした結果がそれだ。
先に雫自身が言っていたことだが、この妖魔は電子結界に限らず、結界への耐性が強い。簡単に結界を引き裂いてしまうのだ。
そんな妖魔を弾くほどの結界とは。よほどの縫合タイプの手練れか、と思ったが、雫の記憶にそんな人物は存在しない。敢えて挙げるとするならば、この学園全体に結界を張っている理事長くらいなものだろう。
理事長が放課後のグランドになんて普通は来ない。事実、雫が目にしたのは理事長ではなく、学園高等一年生のバッジをつけた女子生徒だ。
礼人を庇うように立つ少女は涼やかな声で紡ぐ。
「
去れよ」
一同が驚く。少女が紡いだのは歌唱タイプの基本中の基本技能である歌唱の中で、最も効力が高いとして広まった、河南真実が作ったとされる「
人は基本、一つのタイプに特化している。稀に複数タイプを取得しているものもいるがその強さには偏りがある。
だが、目の前の少女は縫合タイプの結界も強力なら、歌唱タイプの浄歌もてきめんに効果を発揮している。
更には、礼人に貸してくださいね、と微笑んで木刀を手にし、電装剣までやってみせた。
「これで終わりです。
悪鬼を切り裂け、人の造りし刃よ。記号解放!」
電装剣で縦に裂かれた妖魔の首は先の浄歌の効果で浄化され、見る間に砂のように消えていく。
「浄化、完了です。お怪我はないですか?」
「……あ」
そう振り向いた少女の顔に、全員が呆気に取られ、同じことを思った。
そう、前髪をピンで留めた絵に描いたような清純派の彼女こそ。
「万能タイプの
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