第8話 「見えぬ答案用紙に模範解答を」


 先生に背中を押されてから5分後。


 別に入部していないのに、気が付いたら図書準備室の椅子に座り込んでいた。


「そろそろ何を計画しているのか教えてくれないかしら?」


 そういえば協力してくれる相手に情報を共有してなかった。


「というか、よく何をするかわからないのに協力してくれたね」


「あら。もしかして水着でも着させられるのかしら?」


 余裕そうに誤魔化しているが、心音が露骨に大きくなっている。

 まぁ出会って2日の相手を信じろというのは無謀だが、相手を騙すかもしれないと思われているのは少し傷つく。


「君に身体を張ってもらう気はないよ……そうだね。月下さんって僕がどうやってテストで満点を取っているのか知ってるの?」


「え? 聞いたら教えてくれたの?」


 偽りの威厳をかぶり忘れてるよ……というか、じゃあ昨日の泣き落とし告白は本性だった可能性が?

 まぁ時間が経てば自然にわかってくるだろう。


「うーん。口で説明するよりも、実際に体験を交えた方がしっくりくるかな。月下さん、頭に適当な数字を1つあげてくれるかな? あ、口に出さないで」


 椅子の足に倒しておいた鞄の中からA4サイズのホワイトボードと水性マーカーを取り出し、彼女の前に差し出す。


「……どうしてホワイトボードが鞄の中にあるのかしら?」


「まぁまぁ気にしないで、思い浮かんだ数字をそこに書いてよ」


 言えない。この特技を友達が出来たらいつでも披露できるように、入学してから毎日持ち歩いていたなんて。絶対に言えない。


「書けたかい?」


「えぇ」


「じゃあ……いや、いいや。君なら質問や雑談なんてしなくても当てれる。君が思い浮かんだ数字は76。でも実際に書き込んだ数字は131でしょ?」


「せ……せいかい」


「まぁこれが僕がテストで満点をとれてる理由だよ」


「……もしかしてだけど、私が今何を浮かべているかも?」


「それの答えは『磨製石器』だろ? ついでに言うと、次に浮かべた問いの答えは『酔わねばならぬ時が、近づいたから』だったっけ?」



 これが僕が満点をとれる理由。



 僕はありとあらゆる人間の思考を見透かせる。



 他人の未来にさほど興味がないからしないが、やろうと思えば未来予知だってできると思う。

 あとこれを乱用しすぎると、ストーカーに抵抗をなくしそうでなるべくしていない。


 ちなみにさっきの会話をわかりやすく彼女の思考を踏まえるとこんな感じだ。




・------------------------------------・


「うーん。口で説明するよりも、実際に体験を交えた方がしっくりくるかな。月下さん、頭に適当な数字を1つあげてくれるかな? あ、口に出さないで」


 桁数の指定がないけれど、彼は一桁数字を求めている! 少し意地悪をしてあげよ。


 よっし。思い浮かんだ76!


(彼がホワイトボードを取り出す)


 ……盲目とホワイトボードに何の関係が?


「……どうしてホワイトボードが鞄の中にあるのかしら?」


「まぁまぁ気にしないで、思い浮かんだ数字をそこに書いてよ」


 いや。二桁の数字はもしかしたら誘導かもしれない。

 それに思い浮かべた数字とホワイトボードに書いた数字が異なっていたとしても、彼にはそれを確認する術はない。

 なら、保険もかねて数字を変えよう。


 131にしようかしら。


「書けたかい?」


「えぇ」


「じゃあ……いや、いいや。君なら質問や雑談なんてしなくても当てれる。君が思い浮かんだ数字は76。でも実際に書き込んだ数字は131でしょ?」


 あ、ありえない。ど、どうしてわかったの? 


「せ……せいかい」


「まぁこれが僕がテストで満点をとれてる理由だよ」


 いや、流石にありえない。 76はきっと偶然当てて、131はホワイトボードをペンがなぞる音で当てたのよ。きっと。


 なら、音が出ていない状況で確認を取ればいいじゃない。

 そうね。このクイズは文系にも適用可能なのかしら。ついでにそれも確認しましょうか。


Q.石と石をこすり合わせて、磨いてつくった縄文時代に使われた石器を答えなさい。


これで行きましょう。


「……もしかしてだけど、私が今何を浮かべているかも?」


「それの答えは『磨製石器』だろ?」


 噓でしょ? 手品にしてはあまりにも種が見えなさすぎる。


 いや。なら文中から抜き出せ系の問題なら? それなら本文を暗記しないといけない。

 彼が仮に私の出す問題が予知できていたとしても、ちゃんと教科書を読み込んでいないと答えられないでしょ。

 彼の盲目を利用するのは良心が痛むけれど、これなら彼も答えられないはず。


Q.P220 L8~ 李徴が袁傪に別れを切り出していますが、その理由を本文から16文字で抜き出しなさい。


 問題としては本文が読めれば簡単だけど、教科書を読めない彼にとっては難問でしょ。ましてや点訳と本文の訳が必ずイコールとは限らない。

 仮に本文を暗記していたとしても、その本文が正しいとは限らない。


 流石にこれなら彼も――。


「ついでに言うと、次に浮かべた問いの答えは『酔わねばならぬ時が、近づいたから』だったっけ?」


 人知を超えているなんて言葉で表せていい所業じゃない。

 もはや神様じゃない。


 噓でしょ? 彼と私のテスト5計の点差は4点。


 それがこんなに大きな差なんて。


・------------------------------------・




 これに加えると僕の読みとしては、成功体験が多い人間は必然的に自信が備わる。

 そして相手を出し抜ける穴を見つけれる注意力の高い人間かつ、本性がまっすぐな人間は二桁の数字を浮かべる場合、連番の確立がかなり高い。


 それに加え、彼女は誰に強制されている素振りがないのに、全国模試2位でそれを誇らしげにしているところから負けず嫌い。

 それでいて努力を嫌う習性がある。少しわがままな性格

 無意識かもしれないが、僕に対する対抗心や復讐心は高い。


 そこから数字を変更するなんて行為をするなら、それこそ自分の無意識が心情を動かすから反抗心が連番を避ける。でも、それほど遠くない数字と読んで131。


 まぁあとはズルする人間……言い方悪いかもだけど、悪人の心理なんて驚くほどに見透かしやすいから、流れるまま答えたって感じかな。


「まぁこんな感じで、僕は出題する人間さえわかれば、模範解答がすべてわかるから、当日は答案を暗記して書き込むだけってわけさ」


「……学園長があなたに向けて言った『天才』が頭脳面で言っていなかった理由がやっとわかったわ。それと……不正をしてごめんなさい」


 謝るまでに深い呼吸があったってことは、本気で悔しがってたのか。


「構わないさ。君と恋人になって1日も経ったんだ。そのくらいなら見抜ける」


「あなたの特技はわかったけど……集客は望めなさそうじゃないかしら」


 待ってましたと言わんばかりにポケットから1万円を取り出し、ひらひらと振って見せる。


「今回の文化祭の勝利条件は立候補者の中で一番『ドリ』を集めること。別に客を喜ばせる必要はない」


「その1万円を餌にお金を集めて、さらに大きい餌で人を集めるってこと?」


「君は1万円を1000円で手に入れれるかもしれませんって言われたらどうする?」


「詐欺を考えて手を出さないわね」


「それは君が賢いし、懐に余裕があるから。さっきの数字当てゲームのバランスを調整して、ホワイトボードに書けるのを数字から数字・文字・記号を可にした場合どうなると思う?」


「可能性が見えて挑戦する人が出てくると?」


「あと一押しあれば何人かは釣れるだろうね」


「あと一押し?」


「ずばり懐事情だよ。君が手洗いに行っている間に先生に聞いたんだけれど、団栗祭でできる両替は2万円までらしい。まぁ文化祭に2万使う富豪は少数だろうし、多くても5000円とかだね」


 千円ガチャ、パチスロ、UFOキャッチャー、祭りのくじ引き、リ〇払い、○○○。

 冷静な人間は手を出すことを躊躇うが、人間は余裕がなくなればなくなるほど蜘蛛の糸に手を伸ばしたがる。


 手持ちのドリの残りが少ない。生徒会選挙で僕を落選させたいと考える候補者。

 もっと細かく見れば危ない橋を渡るキッカケは山ほど転がっている。


「ましてやこの団栗祭のドリは後日換金できる。まわりきった後にワンチャンを求めてとか、怖いもの見たさでグループ全員で挑戦とか、案外手を伸ばしたくなる要素は多いんじゃないかな? あと、客が注ぎ込んだドリは全部報酬にするから、10人が参加すれば1000円で2万円が手に入るチャンスになるってわけだ」


「最初が仮に順調に進んだとして、百発百中じゃ不正を疑われるんじゃないの?」


「だから客側は不正対策に何を持ってきていいことにする。

書いている途中にヘッドホンを付けろというなら付けるし、盲目が信用できないからアイマスクをしろというならアイマスクを付ける。

質問を3個までにしろというなら、3個以内で書かれた文字を当てるさ。

まぁ、さすがに『一瞬でクマを眠らせる催眠弾を打つ』なんて言われたら詰むけどね」


 まぁ、このゲームはドリ集め以外に目的があるんだが……まぁ、僕の意図をくみ取る人間は出ないだろう。


「……私は何を手伝えば?」


「君は正直者だったから円滑に進んだけど、世の中には金欲しさに嘘をつく奴もいるだろ? ホワイトボードに書いてる文字を僕が当てたとしても、相手が違うといえば、僕は確かめられない。だから、君には正解・不正解の確認とか、運営とかを手伝ってほしい」


「誰でもできることじゃない。私である必要は?」


「君は誰もが認める美貌を持つ人間。スクールカーストも学年問わずに高いだろ? それに君は度胸が据わってる。誰に対しても意見が言えるタイプだ。だから君に頼りたい……ダメ……かな?」


 人間は下手に出て貰うと、了承してあげなきゃという感情に汚染される。


「わかったわ。その代わり条件を出させて」


「何かな?」


「最後の客は私にして」


「あぁ。かまわないけど……君、生徒会長になりたいの?」


「……なりたいわ」


 僕はその間が示す意味を知っている。君は優しい女の子だ。


「そっか、わかったよ。あ、でも一つ僕からもお願いしたいことがあって。もし君が生徒会長になった場合なんだけど――」


「へぇ。単純なゲームだと思ってたけど、それが目的なのね。わかったわ。約束する」


「じゃ、僕らの準備は開催前日に5分もあればできることだから、クラスの出し物手伝いに行こっか」


「そうね。今頃地獄みたいな空気になってそうだし」



 しかし実際に見に行くと僕らの予想を大きく裏切り、クラスは驚くほどに団結して作業に取り組んでいた。


 ……もしかして僕って、クラスにとってノイズでしかないのかな。

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「真っ暗な世界に住む僕は、隣に佇む彼女の顔を知らない」 福望 慶人 @Hukumochi_Keito

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