第7話 「責任パラソル」


 僕たちが説教されてから5時間後。急遽用意されたロングホームルームが始まった。


「あい。うちのクラスは他のクラスより詳しいと思うが、今朝生徒会長が辞任したため、今年1回目の団栗祭の開催が決定した」


 周りの視線が一気に僕へと向けられているのか、どこかかゆみを感じる。


 あと先生よ。名簿で自分の肩を一定のリズムで叩くのはやめてくれ。あなたがそれをするときは大体機嫌が悪い時だ。


「すみません」


「まぁ、やっちまったもんは仕方ない。反省して次に活かしてくれ。で、団栗祭について説明するが、表向きには文化祭。だがその正体は生徒会選挙だ。

クラスで出し物を出すのもよし。個人で芸か何かしらを見せて集金するもよし。推奨はしないが人の目のつかないところでカツアゲするのも一個の手。

とにかく団栗祭が終わったときに一番『ドリ』を持ってる生徒会長立候補者が生徒会長だ。『ドリ』ってのは、この団栗祭での通貨な」


「質問いいっすかね?」


「ん? どした? 生徒A」


 え? そんな名前なの? 本当に?

※モブキャラにポンポン名前つけると、主要キャラの名前が覚えにくいと思うので、主要キャラ以外の名前は認知フィルターが入ります。(元生徒会長とか、野球少年とかのが例やね)


「前回の団栗祭に俺参加したんすけど、全クラス何かしらの出し物してましたよね?」


「あぁ。立候補者がクラスで出し物をしない場合でも強制だ。まぁ、立候補しなくてもメリットはあるから安心してくれ。

ってのも、クラスの出し物の場合、最初に軍資金として2万円渡されるんだが、売り上げが軍資金より上回った場合、その金は換金可能で全員に配られるんだ」


「……せいぜい100円とかじゃないですか?」


「いんや。クラスに配られるってのは、全員に満額だ。だから利益が3万出たなら、出し物に参加した全員に1万円だ」


 刹那の沈黙と、1分にも及ぶ歓声。


 他の子よりも聴覚の優れている僕にとって、これはもはや拷問以外の何物でも無かった。


「じゃかましい! 一応言うが、利益3万だせるなんて相当なもんだぞ」


「ん? 結構簡単に思えますけど?」


「お前、前回の団栗祭で何を見てたんだよ……うちの学校のクラスは全部合わせて21。その全クラスが出し物をするんだ。

増してや今は生徒会が存在しない無法地帯。出し物が被るなんてザラだ。その場合、単純な実力勝負になるし、そもそも客が一切来ない場合も3年前にあった。

あとは……いや、いいや。聞きたけりゃ放課後にでも個人で聞きに来てくれ。

で、神崎。お前はクラスでか? 個人でか?」


 正直マンパワーがあった方が断然できることは多くなる。だが、今の僕はこの団栗祭が開催する原因となった主犯。


 それにクラスメイトは現場に居合わせている。少なからず僕に恐怖を抱いている子が数名いる。


 あと元からリーダーシップを発揮しているならここでクラスを選択しても、みんな着いてきてくれるかもしれんが、僕は昨日まで空気と一体化していた。


 それに失礼だがみんなの能力も一切把握できてない以上「数が多いだけ」になる可能性もある。

 とてもクラス代表として出し物が出せたもんじゃない。


「個人でやらせていただきます」


「個人の場合軍資金は5000円だが大丈夫か?」


「はい。問題ありません」


「他に個人で出し物したい奴はいるか?」


 この席から1個右、3個前の人間が手を挙げた。


「ほぉ。うちのクラスは国民的な看板娘がいるから多少利益が出ると思っていたんだが……これは厳しいもんになりそうだなぁ」


 今回はただ馬鹿が2人喧嘩しただけだ。君が何か責任を感じる必要はない。


 殺人犯が殺害対象に苛立ちを覚えたのが三角関係からの失恋であったとして、それで一番被害を被るのは取り残された人。

 君の立ち位置は取り残された人だ。


 自分の行いには責任を取る。

 大丈夫、君に重荷は絶対に背負わせない。


「準備期間は今日から3週間。一応学園側で用意できるのは週に1回のロングホームルームの時間だけだ。

当然間に合わないだろうから放課後、集まれるなら早朝。あとは昼休みとか使って用意してくれ。俺が説明できるのはここまでだ。あとは代表決めてそいつ筆頭にまとめてくれ」


 そう言うと先生はパイプ椅子を教室の隅に用意して、深々と座り込んだ。


 おいおい。代表を決めるところから生徒に一任って。本当に大丈夫なのか。


「あ、神崎と月下は個人で出し物するんだよな。ちょっと職員室行って軍資金用意するから着いてきてくれ。あと他の子らも代表決めたら放課後ってことでいいから、準備するなり帰るなり好きにしてくれていいぞ」


 ……確実に代表の押し付け合いになると思うがいいのか。


 まぁとりあえず言われたとおりに着いていくとするか。




「ところで神崎、月下。お前たちはどんな出し物をする予定だ?」


「そうですね。まだ決めてないですけど、僕は料理ができない上に、手伝ってくれる知り合いもいないので……やるとするなら火器を使わない、小規模かつ効率よく集金できる出し物にしますかね」


「私は……サイン入りポストカードでも販売しようかしら」


「そりゃいいな。売れっ子モデルの直筆サイン入りのグッズなんてみんな欲しがるだろうしな!」


「いいのか?」


 いつの間にか口から出ていたその言葉を、引っ込める方法を僕は知らなかった。


「その様子だと調べたのかしら?」


「あぁ。さすがに君のことを全く知らずに恋人を名乗るのはどうかと思って、軽くだけど調べさせてもらったよ」


 月下妃都美はファンに媚びることが大っ嫌い。彼女について調べて真っ先に出てきたワードはそれだった。


「勘違いしてる人が多いから訂正させてもらうけど、私別にファンサービスが嫌いってわけじゃないの。ただファンと認めてる人の範囲が狭いだけなの」


「それも調べたさ。君は自分の容姿を芸術的な観点から評価できる人間と、そうでない人間を目で区別できる。その目に少しでも性欲が混ざっている上でファンを名乗るのならそれはファンでなく詐欺師だと言ったのも知っている」


 調べたことをそのまま言っただけだが、とんでもない発言だ。

 問題発言として訴訟を起こされていないのが不思議なくらい。


 きっと彼女はそんな問題発言をしたとしても美貌に関しては誰も口出しができない。

 そんな領域の存在なのだろう。


 あと、どうでもいい話だが、ファンと認めた人に対するサービスは満足度100%らしい。


「そんな君が。無差別に媚びるようなことをする必要性がどこにあるんだい? それが僕のためだというなら。そんなことはしなくていい!」


「もしっ! あなたがそんなことを言う理由が、私に重荷を背負わせないためだというなら! 私にとっての重荷は贖罪のチャンスをもらえないこと。だから、あなたが気にすることは何もないわ」


「……贖罪の場があればいいんだよね?」


 この2か月で確立した僕のアイデンティティは、彼女によって完膚なきまでに壊された。

 でも、彼女が同じ苦しみを味わうべきだと思ったことは一度もない。


 それに君は僕の彼女だ。相手がどんな人であれ、僕のために彼女が身を削るというなら、僕は絶対に止めたい。


 なら取れる選択は一つだけだ。


「月下さん。僕の出し物に協力してくれないかい? それなら今回の件で負うことになった重荷は半分に分けれるだろ?」


「それなら……まぁ……あなたはそれでいいの?」


 ここで唐突な媚びをしたら、キャラがぶれたと世間が判断するかもしれない。

 そうなれば彼女の芸能人生は終わりだ。「彼氏だから」という一言で出来ていい所業じゃない。


「それに僕がやろうとしていたことには協力者がいるんだ。君は信用できるし、僕としてもライバルになられるより協力してくれるほうが助かるよ」


 声の位置を頼りに右手を彼女のほうへ差し出す。


「よろしく。月下さん」


「あなたは本当に優しすぎるのよ」


 少し乱暴に弾いて手を合わせてくれた。


「はっはっは。いいねぇ! 全国模試1位の天才と、芸能界で1番注目されてる新人のタッグ! 俺はクラスの出し物を手伝わなきゃいけないから、何もできないが応援くらいはするぜ」


「おら。軍資金の1万だ」


「いいんですか?」


「んあ? あぁ結局出し物が1個だから5000円じゃないのかって話か? 気にすんな。半分は先生の実費だ! なぁに。お前らは1年で生徒会長を半強制的に目指させられてんだ。このくらいのハンデ誰も文句言わないさ」


 予想外の5000円。でも、1万円なら僕の考えた計画がより確実に遂行できる。


「ありがとうございます先生。3週間後。必ず利息付けて返しますね」


「おう! がんばれよ天才コンビ!」


 絶妙に痛さを感じる後押しが、僕と彼女の背を押す。


 ヒリヒリして感覚がマヒしたのか、数秒前よりもずっと体が軽くなった気がした。

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