第5話 「注目や評判は時に闇を生み出す」


 僕に月下姫都美という彼女ができた次の日。


 『学園一の美少女の彼氏になった』といえば、たとえどんなに影が薄い人間でも多少はチヤホヤされるものだと思っていた。


 彼女ができると、物語のキャラクターは見える世界が色づくとか、小さな幸せがいつもの何倍にも膨れて感じる的なことをいう。


 でも実際は僕の見える世界は何も変わらないし、今のところ降りかかているのはどちらかといえば不幸だ。


 何が起こったかって?


 僕の席の前に生徒会長が待ち構えていて、座ったことを開始の合図だと言わんばかりに質問攻めにあっている。


 そして声の響き方的に、他の生徒の机がバリケードみたいに配置されている。

 傍観者クラスメイトは誰も助けてはくれない。


 この学園の生徒会という座は、いわゆるフィクションの世界での生徒会なみに権力があるらしく、僕と生徒会長を除く他の生徒は10分以上は一言も喋っていない。


 彼のカリスマ性がそうさせているのかと思うが、言葉の端々に野蛮さを感じる点から、どちらかといえば役職を盾に踏ん反り返っている可能性が高い。


「で、要は僕が月下さんと付き合うと、あなたに不都合があるから別れて欲しいってことで間違いないかな?」


 彼は立場を利用して踏ん反り返っている「獅子を真似た狐」なのだから、敬語なんてものは絶対に使わない。


 どうせその席も恐怖による統率で手に入れたものだろう。なら、僕が敬う必要はどこにもない。


「さっきから何度も言っているだろ神崎。敬語はどうした?」


 いい加減馬鹿と話し続けるのも飽きてきた。

 周囲に人がいる状況でしか威張ることすらできない人間なんて、僕は大っ嫌いだ。


 察する限りこいつは月下と失恋して、その腹いせに僕に八つ当たりして、あわよくばボロ雑巾のように扱うのが狙いだろう。


 昨日彼女ができた、恋愛初心者の僕でもわかる。

 好きな人間に恋人ができたのなら、祝福するべきだ。


 もちろん祝福するまでに時間はかかるだろう。それでも自分の中で何かしらの落とし前をつけて、次の一歩を踏み出す。


 それができない人間に恋愛する資格などない。


 ましてや、祝福どころか彼女の不幸につながる可能性のある行動を、真っ先にする人間なんて、その心に愛があるとは到底思えない。


 こいつが好きなのは結局自分なのだ。


 本当に気持ち悪い。


「何度も言っているじゃないか。あぁIQ20以上の差があるのか。

どおりで話が一向に進まないわけだ。そもそもお前の要件は、月下さんをフリーな状態に戻すことだろ? 

その目的を果たす前に、こんな些細なことにいちいち突っかかって、これでよく統率者になれたもんだね」


「どうしても俺に敬意をはらうのは嫌か?」


 机の上に金属製の何かしらを置く音がした。おそらく眼鏡だろう。


「敬われたいなら、敬うべき器だと証明して欲しいね」


「そうか。そうか。なら遠慮なく」


 服のずれる音から察するに、小さくそして素早く何かをしたらしい。

 まぁなんとなくは彼が何をしたのかはわかっている。


 誰かは知らないが、極限まで喉を酷使したような女性の悲鳴が、僕の聴覚を貫いた。


 その悲鳴に、「安心してくれ」と声をかけるように、右腕を上げて強くこぶしを握る。


 コンマ数秒後。勢いよく空を切る音が鳴った後、僕の右腕に電柱でも投げられたような打撃が入った。


 そして金属が何かにぶつかった音が二度なった。


「す、すんません会長! 大丈夫ですか!」


 どうやら一度目の金属音は僕の腕に、二度目は会長様の頭にぶつかった音らしい。


 その瞬間、重い足音が一つと、引き下がる足音が複数鳴る。


 どうやらクラスメイトの本能的に逃避したい気持ちが、行動に移ったらしい。


 そりゃ金属バットのフルスイングを手で受け止めて、バット曲げる化け物いたら逃げたくもなるか。


「その足音と、あのスイングから察するに、相当会長に可愛がられているようだね」


 筋肉を固めて骨を守ったが、間違いなく筋肉の方は重症だろう。


 痛みが逃げるわけ無いだろうが、何度か肘から先をスナップをきかせて振る。


 この痛みは間違いなくアスリート級。犯人は野球で推薦を貰っている先輩とかだろう。


 さすがに手を出すのは不味いと思ったが、向こうが敬語使わないだけで野球部と金属バットによる不意打ちでの武力行使をすると言うなら、手を出さざるを得ない。


 というか、ここでこの無駄に言葉に権力がある馬鹿を逃がすと、ありもしない冤罪をかけられるに違いない。


 そうなると母さんや父さん、月下さんにも迷惑がかかる。


 一応念のためにカバンにボイスレコーダーは忍ばせておいた。


 金属音と悲鳴、訳のわからないパワハラの録音されたレコーダー。証拠品の曲がった金属バットがあれば、こいつらを多少痛めても問題はないだろう。


 虐められることには慣れている。残念ながら「障がい者」は、どれだけ懸命に生きて、他人に迷惑をかけずに生きていこうとしても、周りのヘイトを買ってしまう。


 傷つかないとは言えないけれど、今の僕はそれを承知の上でここに居る。


 だから親の耳に届かない程度の些細な虐めなら、喜んで困った振りをしてやろう。

 でも、これはどう考えても親の耳に届く案件だ。


 虐めなんて普通初日からこんな公の場所でするものじゃないんだが、変に権力を持った人間となるとこんな大胆に仕掛けてくるのか。



 明らかに手馴れている点から察するに、この学園は実力第一。

 ましてやこの学園は様々な分野で優秀な人材を輩出していることによって、世間から注目を浴びている。


 月下さんが大量の生徒及び先生を不登校にしているのにお咎めなしなのは、学園の評判を下げないためだろう。


「なるほどねぇ。となると今ここで僕が暴れても問題ないな」


 まさか入学条件ついでに取り続けていた全国模試1位の座と、昨日予想外に渡された注目株のモデルの彼氏という地位が、こんなプレゼントをくれるとは。


 体幹のおかしな殺人鬼のように、奇妙に立ち上がる。


 偏差値70越えの学園だが、中には推薦という目の粗いフィルターによって馬鹿が混入しているため、残念なことに虐めは存在していた。


 多少は期待していたのにガッカリだ。

 でも、それ以上に学園の穴も見つけられた。


 実力があれば、この学園で起こった多少の問題はもみ消せるということだ。


 実際これに似た虐めは、何度か経験したことがある。


 誇れることじゃないが、喧嘩に関してはかなり自信がある。

 親を心配させないため一心で、虐めっ子を片っ端から黙らせてきたからだ。

 まぁ金属バットを腕で受け止めて、バット曲げれてる時点で、これが盛っているとは思うまい。


「どうやら会長にとって、敬うべき対象は暴力的な人間らしいね。なら今度は僕がその素質を見せてあげよう」


 荒い息のある位置と、その息を上げる人の肌を布で拭う音から、僕を病院送りにしようとした野球少年の位置を把握し、低い姿勢のまま這いよる。


 どうせ抵抗するべく空いた手をこちらに伸ばしているだろうから、勢いを殺すことなく地面を滑り詰め寄る。


 そして、会長の舎弟の首と右脇に右腕を回しこみ、立ち上がって相手の体幹を崩して地面に叩きつける。


「やっぱりお前は努力で推薦を勝ち取ったわけじゃないんだな。こんな技で倒れるということはそういうことだ」


 倒れた相手の喉元を遠慮なく踏みつけ、見えはしないが脅しのために顔を近づける。


 さっきかけたのは技じゃない。単なる力比べだ。

 体幹を崩したといっても、相手を立ち上がらせた感じ、明らかに体格では負けている。そのため、それほど大きくは崩せていない。

 

 そして僕は走りから接近している時点で不意を付けていない。


 ならば、さっき掛けた技で相手がこけるか否かは、僕の腹筋と背筋よりも相手が鍛えているかどうかという要因しかない。


 つまり相手が今倒れているのは、僕より筋肉が足りていないからだ。


 僕がこの学園のスポーツ推薦を勝ち取ったアスリートなら。せめて運動部なら、相手が負けたのにもまだ納得がいく。


 だが、僕は帰宅部で強いて運動をするタイミングといえば、ヨモギとバドミントンをするくらいだ。


 スポーツ推薦を勝ち取り、1年以上この学園にいるアスリートの卵が、帰宅部の筋肉量に負けるということは、こいつは才能に胡坐かいて部活もサボっているということになる。


 不思議なことに筋肉量チリだが、あのレベルのスイングが打てているということは、間違いなくこいつは今も野球部の戦力だ。



 実に気に食わない。それ以上に――。


「お前は野球の道具を脅しの道具に使っている。スポーツマンシップのかけらもない、グズだ」



 不良が釘バットを持つのはまだわかる。殺人鬼やヤンデレが三徳包丁を持つのも、多少突っ掛かるがまだわかる。


 だが野球少年が釘バットを持つことや、料理人が人を殺めるときに包丁を凶器に選ぶことは許せない。


 それは今までの自分を支えてくれた相棒へ、そして今まで支えてくれた人への冒涜だ。

 道具が喋れないことをいいことに、支えてくれた人が気づいていないことをいいことに、そんな行動をするというなら僕が代わりにお灸を据える。


「なぁ。お前は今までどんな気持ちでバッターボックスに立った。

汚れたユニフォームを洗ってくれて、練習の度に弁当を作ってくれた母親への感謝は? 

勝敗を分かち合った仲間はこの結末を望んでいたか? 

バットは人を殴るものと師に教わったのか? 

なぁ! 恵まれた環境に生まれてるのに、カスみたいな行為で応えるお前のどこに選手である資格があるんだ! 

答えてみろや!」


 10分も質問攻めにあったんだ。これくらいはいいだろ。

 いや、ダメだ。感情的になると、隠している本性が殻を破ってくる。

 この程度のことで冷静さを取り乱すなんて、僕はまだまだだな。


「さっきから偉そうにすんじゃねぇぞ! 新入りが」


 おいおい生徒会長。不意打ちなら勝てたかもしれねぇのに、わざわざ声を出すとか。

 相当な馬鹿なんだなあんたは。どうせ親の権力でも乱用してこの学園に裏口入学したんだろ。

 じゃないと頭の悪さが説明できない。



「自分の手を汚さず事を済ませようとした臆病者に今更なにが出来んだよ」



 身体を後ろに反らし、相手の殴りを空ぶらせ、間合いに入り込んだ会長に、左手で抉り込むように肝臓あたりに一撃を打ち込む。


 そして怯んで引いた足音がしたので、会長の顎に全体重を乗せた利き手の拳を叩き込む。


 受け身すら取っていない転倒音を確認。


「なんだよ。この程度で僕に喧嘩仕掛けたのか。盲目だからって侮りすぎだろ」


 会長を殴るために、野球少年の喉に置いていた足を動かしてしまった。


 起き上がろうとする音が聞こえたので、急いで振り返り倒して置いた位置から予想して、立ち上がるために使っている手を、足で引くようにずらす。


 体勢が崩れた所をすかさず胸元に膝を置いて、立てないようにする。


「お前はまだ僕とやる気ある?」


「な、無いですぅ」


 おいおい。武器も指導者も居なければ、これほどに情けないのか。


「なら、今までお前を支えた全てに恩返しできるよう立派に生きろ。出来ねぇなら今度こそぶちのめす。いいな?」


「はいぃ」


 さっきまで威張っていた年上とは思えないほど、ダサい泣き顔が震えた声から予想できる。


「よし。じゃあ、喧嘩はこれで終わり。一応聞くけど、増援とかが来たりするの?」


「か、神崎くんは目が見えないって聞いてたから、二人だけです。今後は誰も襲ってこないように声かけておきますんで、安心してくださいぃ」


 お前にそんな権力あるのか……今気づいたけど、もしかしてこれ月下さんの非公式ファンクラブか。


「先生! 急いでください!」


 昨日できたばかりの恋人は、どうやら一目散に先生を呼びに行ってくれていたらしい。

 君がこいつらに何か言えば、こんな惨事にはならなかったんじゃないか。と一瞬思たが。

 彼女を人質に取られる可能性を考えれば、この場から離れてくれていてよかった。


 というか、それより……。


「僕、これから3年間どうしよう」


 どうかこの弱音は、こんな問題を起こした僕とお近づきになってくれる心優しい人にしか届かないでくれ。


 そう願うしかなかった。

 

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