校舎と収斂の話(三年・唐木)

 映画館はなあ。あれでしょ、全体的にばたばた潰れてるっての聞きますよ。都会の何か小洒落たやつも惜しまれつつ閉館みたいなネットニュース、そこそこ見ますもん。不景気なニュースですねっていやそれまでですけど、そもそも俺が生まれてからこっち景気のいいニュースって聞いたことないですし。


 俺の地元の方もですね、高校生の頃に潰れたやつが見事に廃墟になってますからねえ。ほら、建物って潰すのにも金かかるから。円満に事業終了での後片付けなら余力もあるでしょうけど、不景気で採算取れなくて、地元の好事家とか趣味人と泥沼に粘りまくったけどそもそもどこにも金がなくって万策尽きたみたいなくたばり方なわけですから。後始末の銭なんか出てくるわけがないでしょ。

 もともとツタとか這わせてたもんで、今なんかすごいんですよ。まだ心霊スポットみたいな扱いにはなってないけど、時間の問題って感じはしますね。こないだ五月に実家帰ったとき、近場で普通に殺人事件起きちゃったんで。いやちゃんとした痴情の縺れみたいなやつですよヒモをホステスのお姉さんがめった刺しみたいな。昭和っぽいけど普通じゃないですか俺昭和生きてないですけど、何かそういう治安悪い事件ルポ系って大体昭和のイメージありますし。きっと混ぜるやつが出ると思うんですよね。その辺、くっつきたがるから。そっちの方がほら、いい感じのお話になりますしね。経営破綻して潰れた廃墟ってだけだと景気が悪いけど、そこに愛憎とか血糊とか添えると見映えがするでしょう。需要と供給の話じゃないですか、行儀のいい悪いみたいなのはさておきますけど。


 ああ、どうせだから俺このまま話しますか。なんかだらだら喋っちゃいましたし。本当なら花沢の順番でしょ、俺の横にさっきまでいましたし。ちょっと水飲んでくるって行ったきり帰ってこないから、飽きて逃げたか寝たか酒盛りに連れ込まれたかどれかじゃないですか。あいつほら、押しと年上に弱いから。暗がりでごそごそ怖い話してるよか健全かもしんないけど。

 じゃあ、代打で俺話しますね。三年の唐木です。……や、敬語いいよったってほら、まだ先輩方いるじゃないですか。面倒だからこのままでいきますよ。年功序列、物考えなくていい分楽なんですよ。恰好がつく。


 卑怯な手を使うんですけど、この校舎の話しようと思います。怖い話だと有効じゃないですか、自分のいる場所が実は安全地帯じゃなかった的なの。まあそういう飛び道具使っても大したことない話ですけど。向いてないんですよね俺怪談とかそういうの。

 そんで話どこから仕入れてきたったら、地元の人ですよ。ほら俺、観測の交流会で子供相手にしてること多いじゃないですか。いや別に任せて済まないって頭下げられるようなことは何にもしてないんですけど。弟とか従弟連中で慣れてますし。年下相手にする分はね、気楽ですよ。


 観測会で仲良くなった子たちが、昼間遊びに来たんですよ。そうですね、納井先輩とかが爆睡してる頃ですよ。午前中とかに表玄関に遊びに来て、昨日のお兄さんいますかーって呼んでくる。どうも昨日のお兄さんですって出ていくと、何かこちゃこちゃ遊びみたいなもんに巻き込んでもらえる。ひたすら蝉の抜け殻集めたりしますよ。俺箱一杯集めました。欲しかったらあげます。


 そうやってひとしきり遊んで、みんなちょっとくたびれてじゃあアイスでも食うかって休憩してるとですね、子供も色んな話始めるんですよ。

 大体はほら、子供だって馬鹿じゃないから俺たちみたいなよそ者に対しての地元豆知識みたいなやつを教えてくれるわけです。それこそ蝉めっちゃ取れる山際のスポットとか、こないだ謎の髪の束が見つかった川岸に来る鴨とカラスが微妙に仲悪いとか、めっちゃ明かり点いてるけど入り口にべたべたダクトテープ貼ってあってタイヤまで積んであってどう頑張っても入れないようになってるコイン精米所とか、そういうのを。

 その流れで、学校──宿泊施設に出るオバケの話になったわけです。

 まあ、学校の怪談ったらベタいところですし。この宿泊施設だってそういう元学校がどうこうみたいなのも売りにしてるでしょうし、ね。いやシンプルに広くて雑で大人数収容すんのにいいってのはあるんですけど。本当に学校の利点ですからね、そういうとこ。

 またバリエーションがいっぱいあったんですよ。一人の子が言い出すとみんな俺の聞いたの違う私の知ってるの違うって競うように言うんですよ、こっちが反応するとまた食いついて色んな話してくれて。面白いですよね、素直で。

 とりあえずね、三つぐらいですかね。話の内容バージョン

 この校舎んどっかで首吊った若い男がいたってのと、裏山で喉掻っ切った男がいたってのと、校庭の水飲み場んとこで毒飲んだ男がいたってやつ。

 およそこの三つでした。いや、みんな口々に言うんですけどまとめるとこれで終わるねっていうか。言いませんけどね、その場だと。拗ねるから。かわいそうじゃないですかそんなん。


 はい。

 や、先輩の言う通りです。バリエーションが豊かなんだか狭いんだか分かんないですね。それは俺も聞いてて思いました。

 あれですよね、起きることはシンプルなんですよ。喋る内容が全員一緒でした。不審者っていうか、男が出る。で、大体三階の廊下の奥。ほら、あそこ外から消火器しまってるとこのランプが見えるんですよね。赤いやつ。消火設備の……あれがね、多分目立つんですよ。あの辺にそういうものが出るから、その出自が首吊ってたり喉掻っ捌いてたり毒飲んでたりっていう話で。結末は一緒でもそこに到るまでのとこに違いがあるみたいな。ゲームのバージョン違いぐらいのやつだと思ってました、俺はね。


 ──ああ、一人話上手いやついたな。いや、その廊下に出るって話なんですけど。


 夜にね、校庭から校舎を見るんだそうです。一階から順番に。ここ宿泊施設やってますけど、基本は合宿向けの集団向けだから連日満員御礼ってわけじゃないでしょ? 大抵の日は真っ暗なんですよ、夜は。ただ設備は据え付けだから、非常灯とか管理人室とかそういうのは点いてる。

 そういう真っ暗い校舎を、一階から順々に見上げていく。ただただ暗い一階、非常灯の光で端にぼんやり緑色が滲んでる二階、真っ暗くて長い廊下と、その端にぶわっと赤いランプが光る三階。


 その三階、赤ければ大丈夫なんだそうです。

 そのランプが見えないときが、いけないんだって。

 すぐに逃げないと、気づかれてしまうと。気づかれると、とてもよくない。だから夜の校舎に、ここには近づいちゃいけない──そういう具合に話してくれたやつ、いましたね。うん、あいつだけなんか型が違った。


 暗いってのはあれですよ、光を遮るもんがあるってわけじゃないですか。そいつが怖いものだ、って話ですよね。

 これ話してくれたやつ、男だとか人だとか言わなかったんですよね。そのせいで余計に印象に残ってる。遮るものがいるってだけだった。それもね、俺面白いと思いましたよ。つまり光を遮れるような質量とか暗さとかを持ったもんがいるって話ですからね。何がってのを定義してないんですよ。いやまあ知らないだけかもしれませんけどね、喋ってたやつが。


 何を想像するかってのは、それこそ個人で違うじゃないですか。俺らはほら、今男の話を聞いてきたわけですからね、多分殆どそういう男を想像してんじゃないですか? それこそ好みの、っていうとあれですけど、個々がそれぞれ聞いた状況にちょうどいい感じのやつを適当に作ってはめ込んでると思います。あ、口に出さないでください。聞きたくない。……いや、あれですよ。バラバラだったらまだいいんですけど、変に一緒だったら嫌じゃないですか、すっごく。

 そういうの、バラけてる方がいいと思うんですよ。いや個性とかそういう話じゃなくて、もっとこう……あれだ、綱引きみたいな。


 綱引き、っていうか。揃っちゃって同じものを見ちゃうと、強くなっちゃうっていうか。

 運動会んときに言われませんでしたか、重心下げて、掛け声に合わせて一気に引くみたいなやつ。そういう具合に、ひとつのことに揃ってかかると予想外のパワーみたいのが発生するわけですよ。

 逆に言えば、みんなしてバラけてるうちは全然怖くないわけです。だって主張がまとまんないから。烏合の衆何するものぞ、みたいな感じですかね。いやまあ何するって何もしてませんけど。しいて言うなら存在してるってだけですかね。


 だから、揃える先、共通するための目安って重要だと思うんですよね。よく言うじゃないですか、目標を立てるにしても漠然としたやつじゃなくて具体的なものにした方がモチベとか色々上手くいくみたいな。勉強を頑張る、っていうより学期ごと定期試験で上位十番内に入って通知表も実技以外は四と五狙いで田原には総合点で絶対負けない、ぐらいにしとくやつですよ。殴る的を決めとくと楽だよって話なんですかね、これ。集中して結果を出せる、みたいな。結果が出るんですよね、何だって一定を超えさえすれば。

 ただあれですね、それを怖い話に適用するのは嫌な感じしますね。個々に想像していた怖い対象を一本化して、話をまとめて、整理して記録して努力する。すると結果が出るわけですけど、この場合の結果ってなんだって話ですよ。


 いやまあ、全部俺の感想なんですけどね。ともかく曰くにも色々あるし具体化されると色々できるねって感じの話です、多分。思ってたとこと違う方にいきましたけど、まあ。

 ある種チャンスではありますけどね。今、夜の校舎でこういうことをしているわけですから、俺たち。三階の警報機前、行ってみます? 会えるかもしれませんよ、何かに。──こういうオチをやりたかったんですよ、俺。

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