映画と認識の話(四年・穂積)

 どこからおかしいのかって認識するの、難しいよな。

 他人のことでも関係次第で判断狂うし、自分のことなんか尚更。客観視ってすーげえ難しい。つうか恥ずかしい。就活で履歴書作るのに自分の成績とか成育歴とか長所短所とか認識するのむちゃくちゃ嫌だったからな。二度とやりたくない。人のふりだって見たくないのに何が悲しくて自分のことなんぞ真正面から見直さないといけないんだ。ほとんど罰ゲームだろ。


 四年の穂積な。ああ、就活の恨み節を話したいわけじゃない。あれだ、俺の話だけど俺の話じゃないっていうか。半分くらい酒井の話だよ。俺はリアクション役っていうか、巻き込まれ役みたいな。当事者だけど責任は俺にはねえなってやつ。精々が雨の日に道歩いてたら水ばっしゃあやられたみたいな話だよ。間が悪くて運が悪かっただけ。


 五月にさ、見たい映画があったんだよ。それが隣の市でしかやってなくてな。ほら、この辺ってこの何年かで映画館ばたばた潰れて、今だと商業施設のシアターぐらいしか残ってないだろ。あるだけ御の字って話ではあるけども、ちょっとメイン客層から外れるやつを見る手段が全然なくなったんだよな。

 隣の市だとまだそういうニッチ向けの……偏屈な? 映画館が残ってるから。だからそっち行って観ようって考えたわけよ。配信にくればどうにかなるけど、やっぱりデカい画面と凄い音響で観たかったわけよ、俺は。


 で、せっかく隣の市まで行くのに一人でってのも微妙だろ。なんかノッてくれそうなやついるかなって考えて、酒井のこと誘ったの。


 酒井さ、結構何でも観るんだよ。それこそファミリー向け超大作から人選びまくった挙句に観客に喧嘩売ってくるようなミニシアター系まで、色々。だからまあ、俺の観たいやつもそこそこ人選ぶやつだったからさ。配信で観るよか映画館の音響で観たい系のやつだったし。それなら酒井でいいかって判断。

 何観たかったんですかって……あー、エンタメ。忍者とかさ、サメとか出る。エンタメだよ。出会いがあってバトルがあって血とか出るから大体あれだ、雑誌とかでデートムービー向けとか紹介されるやつだよ。野郎二人で行ってるじゃんかとか余計なことを言うなよ井坂。そもそもそういうデートムービーみたいなものを参考にしたところで上手くいくとは限らないんだから。俺の姉さんはそれ系の雑誌とか色んなもんを参考にして、初デートでワイスピ観に行ったんだぞ。強いハゲの話で盛り上がったけど色々あって二年後に振られた。かわいそうなことを思い出させるな。


 話逸れたな。ま、普通に観に行ったんだよ。俺が車出して酒井拾って、時間通りに映画館入って、見終わった後にファミレス入って感想会っていうかお礼に飯代出したの。居酒屋はほら、車だったから。飯代に関してはさ、俺の見たいのに付き合ってもらったわけだからな。映画、付き合わせるとチケット代とか結構かかるし。だったら食事分ぐらいは出したいだろ、人情的に。


 店そんなに混んでなくて、すぐ座れたんだよね。とりあえずってことで二人して雑につまめそうな大盛りポテトとか適当な単品とかを頼んで、そしたら酒井が水取ってくるって席立ったんだよね。

 当然すぐ戻ってきた。

 そんで俺の前と、自分の席と、その隣の席と。三人分のコップを置いて、酒井が座った。


 えって思うじゃん。だから聞いたよ。一つ多くないかって。

 酒井、ちょっとだけ間を置いてから、


「弟の分だよ」


 なんかこう、平然と言うからさ。一瞬流しそうになった。でもおかしいわけだよ。よしんば弟がいたとしてもさ、今ここにいない弟の分の水を用意する意味、ないだろ。連れてきてんならまだしも、俺と二人だもの。

 で、どっちだろうと思って顔を見た。どっちってあれだよ、あー……趣味が悪いのか具合が悪いのかの二択。具合ってあれだ、頭の。

 からかってるだけならいいんだよ、つまんねえぞその仕込みって笑い飛ばしてやればいいんだから。健全な返し方がある。だけど事情があったり信念があったりするやつはさ、そういうわけにもいかないだろ。

 酒井、俺の視線を真正面から見返して、


「いないよ弟。そんで冗談でもないし、俺がおかしいわけでもない」


 そう言ってにんまり鎌みたいに目を細めてから、説明してくれた。

 簡単に言うと、そういう決まりなんだと。その、酒井んの決め事でな。食事のたびに、家族の分に加えてもう一人分を用意しろ、みたいなのが風習として伝わってて、ご家族が律義にやってるみたいな。で、弟ってのはあれだよ。別に死んだとか生き別れたとか本当に弟がいるってわけじゃなくて、そういう……何だ、供える用の弟がいるみたいな。そういう家の習わしがあるんだと。それを出先でやってんのは何でだってのは、何か長男だからとか練習だとかごしゃごしゃ喋ってた。


「なんかさ、そういうことを言い出した先代? がいるらしいんだよね。いつでも一人分、供えられるくらいに余裕を持った暮らしができるように働けみたいな」


 辛気臭いこと言うよねって酒井は笑ってた。とりあえずそうだな、って返した。人間不意を突かれるとつまんない反応しかできないもんだよ。そんな代々伝わる、みたいな話が身近にあるなんて思ってなかったから。そういうのってドラマとか映画で、しかもちょっと特別なあれこれ系で出てくるやつだろ。大体中盤くらいで色々間違って死人とか怪我人とか出る。

 たださ、前提的には飯供えないと駄目っぽいじゃん。取り皿いるかって聞いたら、結局は気持ちだからって言ってた。言いたいことは分かるよな。いちいち居もしないやつのために取り分けるのも洗う皿増やすのも面倒だろうし。その辺も酒井が言うには昔はちゃんと一膳供えてたってことだったけど、供えたあとどうすんのったら食ったり捨てたり曖昧だったらしい。捨ててたとしたら本末転倒だよな。余裕を持てるくらいに働けってことなのに、できた余裕を浪費すんのはあれだ、倒錯してるだろ。

 そういうことを話して、何となくまああるよなそういう家のしきたりみたいなやつ、ってなあなあで済まそうと思った。雑談ってことでね。個人の家の習慣なんてよそから見たら理解できなくてなんぼってとこあるだろうし。その辺はほら、お互い直に面倒が来ないうちは知らぬ存ぜぬで何となく通しておくべきだろ。社交として。

 思うところはあったよ、自分でおかしくないっていうやつのことをどの辺まで信用すべきかみたいなやつとかな。映画だったら絶対裏切るやつだし。時間差で本人の自覚がないところで牙を剥くやつだよ。

 酒井も別に機嫌を損ねたとかそういう様子もなかったんだけど、相槌打つみたいに頷いてから、


「供えたもん、家族も俺も手つけないんだけどね。最近、減るようになったんだよ、実家の方」


 それだけ言って、何事もなかったようにさっき観た映画の話に切り替わった。じゃあいいやって、俺もそうした。聞き返したくないだろ、そんなの。


 一応感想っていうか、考えたことっていうとだな。酒井の家族だからそういうことができるのか、誰でもできるのかってあたりかね。まあ……個人的には半々って気はする。基本は誰でもできるけど、どのくらいの進捗とか効率でできるかが人によって違うっていうか。それこそあれだ、五十メートル走でボルトから久野さんまでいるみたいなさ。


 何がってさ、あれだ。? みたいな話。


 その、供え物の弟が何かってのははっきりとは言えないけど。──あれだな、いないものをいるっていう建前を使ってたら、そういうものが本当にできてた、みたいな。嘘から出た誠とか瓢箪から駒とかそういう類かもしんないなって俺は思ってる。や、聞きゃ早いかもしれないけど、それでちゃんと説明されたりしたら藪蛇だし。


 なんかさ、たまにあるじゃん。飲み会とかの適当な雑談とかで、その場を盛り上げるために大袈裟に誇張して事実六割に脚色四割みたいな感じで話したネタを定番みたいに使い続けてたら、それがどこまで本当だったか分かんなくなるみたいな経験。

 例えば俺右足にちょっと目ぇ引く感じの火傷痕あるけど、毎回聞かれるたびに適当に答えてたら、これなんでできたかっての曖昧になってきてるもん。水餃子とカレーと豚汁のどれだか分かんない。

 何ですかそのラインナップってのはあれだよ、朝飯食おうと昨日作った鍋あっためて机に置いて座ったら机の脚が壊れて、足に直撃した。短パンだったからさ、一般家庭でやらかす怪我の割にはそれなりにひどかったよ。でも何こぼしたのかもう分かんない。適当言い過ぎて、どれでも脳が納得できちゃう、っていうかどのパターンも思いつけるようになってる。ない事実を作って、それに納得しちゃってるっていうかな。いやまあ困んないけどな、何の鍋引っ繰り返したのだとしても。痕が消えるわけでもないし。


 だからさ、これは今考えたんだけど。

 俺らもひょっとしたら先輩とおんなじことができるのかもしれないな。

 信じる者は救われる、ってのとはまたちょっと違うけど、そうだと信じ込んでいたらその意識に沿って現実が変わる、みたいなさ。具体例はって言われると、俺にはちょっと出せないけど。意識的には難易度が高いかもしれないけど、無意識的にやらかしてんのは意外とあるかもな。それこそ意識の外だから認識できない。だから、変化が起きてもそれを変化だと気づいてないだけ、なんてこともあるかもしれないんだよな。


 ま、面白いからいいんじゃないかね。弟とか自分の近くに繋がるやつ増やすのはさすがに怖いけど、それ以外なら別に、な?

 あとは──気づけないんなら、何が起きても同じことだろ、結局。知らぬが仏、みたいな感じで済んじゃうんじゃないかね。そんな気がするよ、俺。

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