幽霊屋敷と熱愛発覚の話(二年・伊田)
二年の伊田なんですけど、ちょっと呼ばれたんで割り込んでいいですか。
いや、緊急とかそういうんじゃないです。単純に飲み会の方で皿澤先輩からさびしいからこっちこいってめちゃくちゃメッセ飛んできてるだけです。ほっといてもいいんですけど、かわいそうじゃないですか。すみません。
そんなに長い話じゃないです。すぐ終わる、っていうかお悩み相談に近い感じなんで。いや、別に解決を頼る気はないんで相談でもないか。何ですかね、俺が当事者じゃないけど当事者になりかねないっていうか。まだ可能性の話です。未遂でいいんですかね? こういうのも。だからまあ、要は愚痴ですね。せっかくこういう機会なんで、吐き出しておきたくって。それ済んだら皿澤先輩の方に行くんで。
俺、三人兄妹の真ん中なんですよね。兄貴と妹がいる。一番損なんですよ、二番目。優先順位が常に二の次っていうか。末っ子ほど放っておいてももらえないし、長男ほど大事にしてもらえない。当然そんな風に扱われてたら実の兄弟のこと、あんま好きになれないんですよね。積極的に恨むほどじゃないけど、大事にする気も起きないっていうか。向こうも同じ感じだとは思いますけど。まあ、学費出してもらえてるんでどうこう言えた義理もあんまないですね。ただほら、心持ちの問題です。
で、そんな状況だと実の兄妹よりちょっと遠い血縁の方が仲良くできるんですよ。変な贔屓とか遠慮がない分。俺にとってはそれが従兄でした。あー……
そういうわけで俺久志さんのこと結構好きなんですよね。夏とか冬に爺ちゃん家に帰るたび、伯父さんも長男らしく律義に帰ってくるわけですよ。で、そんときに顔合わせるわけです。田舎だから、盆暮れ正月は親戚一同雁首揃えんのが常なんですよ。
そんで久志さんがどういう人ったらまあ……普通ですね。真っ当にそこそこの高校出て大学行って就職して目下一人暮らし中、みたいな。
ただ兄貴みたいにやたらと上から目線かましてくるようなこともないし、妹みたくナメた態度取ってくるようなこともないですね。こう、穏やかに西瓜切り分けて出してくれて、ちょっと待ってなって麦茶も注いでくれて、そのままゆっくり世間話とかできる、みたいな人です。
優しい人って言っちゃうとそのまんまなんですけど、そういう人です。俺のことも年下だって可愛がってくれるんですよ。久志さん一人っ子なんで。
その久志さんと、去年の冬に会ったんですよ。年末に帰省して、正月過ごしてみたいないつもの日程。その帰った初日でした。
よく来たなって爺ちゃんと婆ちゃんが出迎えてくれて、伯父さんと伯母さんが久しぶりだねって挨拶してくれて、久志さんがストーブに当たりながらひらひら手振ってる。そういう、毎年見慣れた状況でした。
そんで大人がごちゃごちゃやってて、兄貴と妹が適当に部屋に陣取ったりしてる間に、俺と久志さんでぼそぼそ雑談してたんですよ。洋間でさ、わざわざお茶淹れてくれて。夏以来だけどなんかあったかとかそういう話をね、BGM代わりにテレビ点けて喋ってました。
俺は、まあ何にもないんですよね。去年だったんで精々大学入ったばっかで色々面倒とかサークルの合宿行ったとかその程度の話しか出せない。バイトだって普通のファミレスですしね。何にも面白味がない。
だから話すの諦めて、早々に話を振ったんです。
じゃあ久志さんはどうなのって聞いたら、『心霊スポットに行ったんだ』って。
びっくりしちゃいましたね。
久志さん、社会人なんですよ。社会人でもそういうことするやつはしますよ。信じがたいけど。
ただ──なんで久志兄さんがそんなことしたのかっての、俺そんときもそんで今も全然納得してないんですよね。それくらい柄じゃない答えだったから。きっと職場とか友達にろくでもないやつがいたんだろうけどって、思ってますけど。付き合いとかしがらみとかそういうやつだったら断れない人なんで、久志さん。
どういうとこ行ったかってのは、まあ……話してくれた分は聞きました。
元々普通の廃屋だったのが、そこで心中だかなんだかした男女がいて、本格的にヤバくなったとかそういうやつ。愛の家みたいな通称が地元で広まってて、肝試し用心霊スポットみたいな。──悪趣味ですよね、通称。それは俺も思いました。趣味と治安のどっちが悪いんですかね、そういうのって。
その辺で結構げんなりしてたんですけど、久志さんがね。
『そんでな、色々あって、俺彼女できたんだよ』
引っ繰りかえりましたね。ソファから落ちました。また照れながら言うんですよそういうことを。
詳しいこと聞こうとしたら、婆ちゃんがお茶飲むって呼びに来ちゃったんですよね。親戚一同集まって、お茶請けのせんべいかじりながら、みんなしてつまんない話して……そういうことしているうちに、何となく聞きそびれちゃって。続きを聞くタイミングがなかったっていうか。
まあ、いいことですからね普通に彼女できたってのは。色々あったとこ、聞けなかったのが気になんのも俺の都合ですし、それだって関係ないだろって言われちゃったらその通りですし。そのへんもね、何となく怖かったですよ。ただの従弟のくせにって言われたら、まあぐうの音も出ませんし。
そうして冬のときは終わったんですよ。で、俺と久志さん、スマホでメッセージのやりとりは元々してたんですよね。んで、正月に会って以来、通話で……彼女の話ばっかりするようになっちゃって。
嬉しいのは分かるんですよ。ただ、その、つまんないじゃないですか。
彼女と行った場所や日々の何気ない仕草とかやりとりの話とか、当人同士ならほほえましくも大切な記録、みたいなものでしょうけど。俺みたいな部外者からすると全く面白くないんですよね。彼女がいつもホットミルクを作るときにレンジであっため過ぎてふーふーして飲んでるのが可愛いって知らねえよとしか言いようがない。あざといですねとか正面から言えないですよ、身内相手に。明らかに惚れ込んでる人に。そういうこと。
そんな調子なんで、いくら久志さん相手でもうんざりしちゃったんですよ。週一くらいで連絡来るんですけど、聞き流すようになってました。またそれで向こうも気にしてないってのが、ちょっと寂しかったですけどね。それってほら、会話したいんじゃなくてただただ話したいだけってことの証明みたいなもんじゃないですか。
で、そういうつまんない惚気を聞かされるようになってから、俺の方も雑に対応するようになったんですよね。動画見ながらイヤホン片耳に嵌めて相槌だけいい感じに打ったりして。
そんで合宿来る前にもやっぱり電話掛かってきて、前置きみたいな最近どうよのあとにつまらない惚気が始まったんですけど、珍しくちゃんと聞いてたら「出先で女の人に道聞かれて答えてたら彼女が嫉妬しちゃって、左の小指と引き換えに許してもらった」とか「彼女の首が最近二つに減ったので心配」みたいなこと言ってるんですよね。
は? って感じじゃないですか。
何言ってんだってなっちゃって。なんか……ないじゃないですか、そういうの。日常で聞こえる会話としては不適切でしょ。
でもさすがにこう、直に久志さんがおかしくなったって信じたくなくって。遠いとこから聞いたんですよ、久志さん怪我とかしたの? みたいに。
そしたら包帯でぐるぐるになった左手の画像が送られてきたんで、もううわーっってなっちゃって。だってちゃんとないんだもん、小指。包帯の先、欠けてて。
で、怪我が本物なわけだから。じゃあまあ、とりあえず本人の供述を信用してみようって思ったわけですよ。
おかしいじゃん。
どうしたっておかしいじゃないですか。人の指毟ったりとかそんなことしないでしょう、普通の彼女。暴力はまあ、よくないけどそういうことする人もいるかもしんないですけど。できるできないで考えたらできる枠ではありますけど。
でも。
首はさ、ひとつじゃないですか。人間。
誰でもこう、最低限かつ最大限で一つでしょう。怪獣じゃないんですから。だからまあ、どうしようって。
これ彼女さんヤベえ何かなんじゃないかなって、久志さんに色々聞いたんですよ。案の定っていうか、なんか信じがたいことに照れて? 全然答えてくんなかったんですけど、ひとつだけ答えてくれた。
出会いがどこかって聞いたら、愛の家でだって言うんですよ。
ねえ。
俺そんなに頭良くないですけど、聞いた話をそんなにぼろぼろ忘れるわけでもないんですよ。従兄がそういう廃墟に肝試しにいったの、さすがに覚えてるんですよね。
色々あってとは言いましたけど、普通はあれじゃないですか。出会ってから心霊スポットに行ってなんか釣り船とか吊り橋とかでくっつくのは分かるけど、心霊スポットで出会っちゃうのは駄目ですよ。だって心霊スポットですよ。
まあ、そう考えちゃいますよね。その女、絶対あれじゃんって。
結びつけちゃいますよ。確証ないですけど。さすがに彼女さんの写真くれとか言えませんよ。どっちでも嫌じゃないですか。少なくとも首二つはあるんですよ、どっちでも。
問題は、ですね。このまま続いてエスカレートして、久志さんが死んじゃうのもまあ……嫌なんですけど。
色んなことがあれして、結婚とかしたって話になったら一番嫌だなって思ってます。
はい、もう一つルートはありますね、病院送り。でもそれならまだ悲しいけどいいんですよ。そんなもんはいないってことにできますし。久志さんの気のせいってことにできるんならさ、悲しいけどいいですよ。うん。病院行ったら治るかもしれませんし。現代医療を信じてますよ。お医者さんってすごいですから。
だから、俺悩んでるんですよ。結婚まで話が進んじゃって、伯父さんたちも色々止められなくって、そんでもし招待状とか来ちゃったらどうしようってあたりを。
──最近の流行り的に式とか無しで内々で済ませたとしても、いつか絶対関わっちゃうじゃないですか。そう、盆暮れ正月。今までみたいに爺ちゃん家に帰省したとき、
じゃあ、俺ちょっと飲みに戻ります。皿澤先輩スタ爆始めたんで。あの人も何なんですかね、そういう鬱陶しいとこなんとかした方がいいと思いますよ。年上なんですから。
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