奉仕作業と尾鰭の話(四年・志々田)


 飲んでたわけじゃないよ。喫煙所で吸ってたら石田くんが来たから、冷やかしっていうか賑やかしで顔出したの。普段ならこのくらいの時間は起きてるから、暇潰しにちょうどいいしね。あと、煙草一本もらっちゃったから。代金分は返さないとね。

 一応話す気で来はしたけど、本当に話していいのかな。いや、ヤバい話とかじゃなくて普通の話だからさ。優先順位低めだと思うから、話したい人がいるんならそっちからでいいくらいの気分だったってだけ。いいよ、場繋ぎぐらいにはなれるから。


 何、名乗るのがルールなの……あ、そう。井坂くんでしょうそういう悪ふざけしてんの。バラすなよ原って、原くんに当たるんじゃないよ、善意でしょうに。そもそも途中参加者に十分な説明がないのって主催者側の落ち度でしょ。後輩いじめてどうすんの。そうやって日頃の行いが悪いから──いや、言わないであげる。かわいそうだもの。悩みなさいよ、心当たりいっぱいあるでしょう。


 じゃあ、原くんに教えてもらったからちゃんと名乗るよ。志々田未奈。学年も? 四年生。数学科だけど別に覚えなくていいよ。全然関係ない話だから。ただ、怖い話かどうかも微妙かもしれない。そういう曖昧な話。


 私が通ってた高校、地域奉仕活動みたいなやつがあったんだよね。

 活動内容、山の下草刈りみたいな。一日近場の山に入ってこう……下草とかを伐採して日当たりとかそういうのをなんかする、みたいな。仕方ないでしょ、私だってなんか分かんないまま行ったんだから。遠足と奉仕活動を一気にやるみたいな行事なんだって。鋸持って。ご家庭から小型の鋸を持ってこいって指定があったの。だから私の実家、鋸がある。あと普通に鉈もある。これは親のやつだけど。チェンソーは伯父んとこにあるんじゃないかな、あの人山ん中住んでるから。

 そう考えるとご家庭の刃物所有率って意外と高いのかもしれないね? 迂闊に喧嘩売ったら、相手がチェンソーやら鉈持ってお礼参りにくるとか、普通にあり得そうだね。実際マグロ包丁持って刺しにきたやつは居たんじゃなかったっけ。やっぱあれだね、無闇に悪いことするとひどい目に遭う率が上がるのかね、世の中って。


 ああ、そんで下草刈りの話に戻るけど。朝方山に入ってから午前中一杯がしゃがしゃ草刈って、昼のお弁当食べてからまた作業再開、みたいなスケジュールだったんだよね。


 お弁当食べ終わって持ち場に戻るかってときに、先生から声掛けられたんだよね。ちょっとやってほしいことがあるから着いて来てくれって。一人で行くの嫌だったから、一緒に食べてた生澤ちゃんと一緒に着いてった。作業に飽きてたしね、違う仕事ができるんならいいかって感じだった。最悪生澤ちゃんと喋って時間潰してもいいし。

 そんで何頼まれたかっていうと。私と生澤ちゃん、穴掘ることになったんだよね。

 違う、懲罰じゃないよ。怖いこと言わないでよ。普通の高校でそんなおっかないメニューが出るわけないでしょうに。こう……枝とか草埋める用に掘ってくれってことだった。先生からの指示だからね。私が自主的に穴掘りを提案したわけじゃない。穴掘り、好きでも嫌いでもないからね。

 場所はね、小屋の前。小屋ってあれよ、拠点代わりのログハウス? みたいなのがあったんだよね。区民館とか、公民館一軒家版みたいなやつ。具合悪くなった子とか、先生とかが飲みもんとか冷やしつつ待機してる場所みたいな使い方してた。五月だからさ、結構暑いんだよね。

 で、その小屋の前が結構開けててさ。そこに穴掘ってくれって指示だった。近くにドラム缶もあったからね。合宿とかで来たら火焚くのかなって思ったりした。意外とあるじゃん、スポーツ少年団が夏合宿とかでさ。普段と違う環境で体験が、みたいなやつでしょ。教職取ってないからその辺の理屈は分かんないけど。教育論的なやつ。そういう環境が人間の精神とかに影響を及ぼすのがどうこう、ありそうだし。


 そんでシャベル渡されて、適当にざくざく掘ってたら、服が出てきた。


 展開、本当にこれなんだよね。取ったアクション、穴掘り以外にないの。

 まあ、びっくりしたからね。暑いからって水飲みに行ってた生澤ちゃんを呼んだ。そしたら生澤ちゃんもびっくりしてた。当たり前だけど。


 服、何が出てきたってジャージの上着なんだよね。しかもうちの高校の。

 意味分かんないでしょ。でも間違いなく高校指定ジャージなんだよね、臙脂色のダサいやつ。長袖だったから冬用なんだよね。一応山での作業だから長袖着用の指示は出てたけど、勿論埋まってる理由にはならない。来た生徒が埋めたってのは通るかもしんないけど、何でそんなことすんのって説明がつかない。

 そうやって生澤ちゃんと眺めてて気づいたんだけど、名前がどこにもなかったんだよね。

 それも変な話なんだよね。うちのジャージ、どうやっても名前入るからさ。校章のプリントはあったけど、肩口にも胸元にも何もない。だから誰のか分かんない。そういうジャージだった。


 とりあえずどうしようか、ってショベル持ったまま生澤ちゃんと話をした。

 穴を掘れって言われたけど、その指示に服が出てきた場合の対応ってのは無かったしね。そのまま掘っていいのか、別のとこにした方がいいのかってのも迷ったし。


 二人して悩んで、別のところを掘ることにした。だって掘り進めるのも嫌じゃん。こう……余計なもんとか出てきそうだし。お化け方面もあるけど、ワイドショー方面のやつも。そういうの、見たくもないしね。出てきたジャージはドラム缶の側まで持ってった。先生に説明するときに見せようって思ったから。


 この辺、って指示だったから近くに掘れば大丈夫だろうって生澤ちゃんと話して、掘りかけのところからそこそこ離れた。小屋基準の庭先ぎりぎりみたいなところ。もう一歩踏み込むと草むらになるなって手前にしたのは、やっぱあれだよね。ちょっとでも距離を置きたかったってのはある。ただの服だけどね、そんなもんが出てきたとこから離れたいじゃん、感情としてはさ。


 ショベルを立てて、蹴り込んで、ざくざく土を掘って。

 そしたら、また土の合間に赤色が出てきた。

 うわって声出るくらいにびっくりした。生澤ちゃんはね、黙っちゃった。怖がりだったから、あの子。


 ショベルの先に引っ掛けて掘り出したら、やっぱりジャージなんだよね。臙脂色の、見慣れたうちの高校の指定ジャージの上着。やっぱり名前はなくって、長袖の冬仕様。それが二枚目。

 そんなんなっちゃったから、先生を呼んだ。二度あったらさ、もう現場や生徒の判断でどうにかしちゃ駄目でしょ。偉い人っていうか、責任ある大人で対処してもらわなきゃ。


 小屋に人がいなかったから、他の生徒が作業してるとこまで行って、担任捕まえてきた。最初は何言ってんだって感じだったけど、穴二つとジャージを見せたらちょっと困ってた。まあね、あんまり想定してないよね、穴掘ったら変なもの出てきたってさ……。


 その後は、私と生澤ちゃんは穴掘り免除されて、でもすることあんまりないから適当に作業してた。呼び戻されるかなって思ってたけど、そのうち時間だって集合がかかって、作業自体がおしまいになった。そんでクラスごとに整列して点呼とって、バス乗って出発。学校で解散。おしまい。


 学校帰ってからも何もないよ。普通に感想文書いたぐらいかな。先生に呼び出されたりとかもなかったから、全然。生澤ちゃんとあれ何だったんだろうねってしばらくは話したりもしたけど、そのくらい。

 あれかな、関係のあるなしは分かんないし微妙なとこだけど。学年文集で奉仕活動の写真がなかった。でも、それだって運動会とか学祭の方で尺取っただけだろうしね。絵的に地味でしょ、もそもそ草むらの中でジャージの高校生が刃物持ってるの。青春っていうより義務とか労働って雰囲気が出るし。じゃあ学祭とかのを一枚でも多く載せた方が需要あるだろうし。


 それで、私の体験としてはここで終わりだったんだけど。


 弟がさ、同じ高校通ってんだよね。姉弟揃って同じ程度の出来ってことなんだけど。

 そんで今年の春実家帰ったときに、何となく思い出して弟に聞いたんだけど……しぶとく話が伝わってて面白かったな。

 学校行事で山に行ったら土にジャージが埋まってて、誰かの名前が書いてあって、その名前が昔学校で自殺した子の名前だったみたいな話ができてた。名前、なかったはずなんだけどね。それにいないんだよね、学校で死んだ子。自殺した子はいるけど、自宅だったから。だから全部嘘。


 ただ、これも弟から聞いたけど。

 もう山には行ってないんだって。山の下草刈りから、城近くのごみ拾いと写生大会になったって。

 いつからってのは聞かなかったな。だって、関係あったら嫌でしょう。何らかの責任とか負いたくないし。いるかもしれないじゃん、山行きたかった人とか。分かんないけど。


 とりあえずこんな感じ。どうかな、お化けとか何にも出てない。ジャージが出土しただけの話。

 言ったでしょう、地味な話だって。煙草一本分くらいの間は持ったかな? そんならまあ、話して良かったよ。お役に立てたんならあれだ、光栄。現役最後の合宿だしね。

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