吹雪と声の話(四年・石澤)

 ん……じゃあ、私の番? 参ったな、何話そっか。

 いや手持ちがいっぱいあるとかじゃなくて、少ないから困ってんの。そんなに面白い人生送ってないよ、高々二十過ぎたぐらいの人間は。


 志々田みたいに自分の話じゃないけど、それでいい? えーと、酒井先輩から聞いた話。


 前に、飲み会で帰り一緒になったときに駅まで歩いてたときに聞いたんだ。他の連中、三次会とか煙草休憩とかで帰るやついなかったから、じゃあ駅まで行こうかって。そういう付き合いはいいから、酒井先輩。人から聞いたって話でもまあ、趣旨には反しないでしょ。話の出所は縛ってないしね。だよね? 井坂くん。お遊びだもの、本式でやろうとしたらそれこそ諸々足りないだろうし。部屋二ついるんでしょ、確かさ。


 じゃあ、史学科四年の石澤晴夏。名乗ったからね、落ち度はないよ。


 先輩の、実家の話だって言ってた。結果的に私も知ってる話だったから、意外に思ってよく覚えてる。

 酒井先輩、私と同じで寒いところの出なんだよね。こう、玄関とか二重になってる系の寒冷地。名産がリンゴと相撲取り。何で相撲取りですかって、貧乏だから人売るのよ。嫌ね。野球じゃないのはほら、雪降ると屋根のないグラウンドが使えないから。お金って大事よ何事も。あとは日照量。人間っていうか生き物、日に当てないと弱るから。そう考えると夜って人向けの時間じゃないね。いいのかね、そんな時間にこんなことしてて、さ。面白いけど、何起きたって不思議じゃないだろうに。


 夏にする話じゃないけど、雪の夜の話。風物詩っていうには暗いけど、そういう類だよね。暗い冬が長く続く、そういう土地の話だよ。


 すごい当たり前のことを前提として話すんだけど、雪がすごいんだよね、冬。吹雪っていうか地吹雪っていうか、とにかく風も強いし雪も多い。そんでめっちゃ寒い。そういう土地なんだよね、先輩と私の住んでたとこ。

 夜、すごいよ。ことに真夜中なんか、人とか車とかが途絶えるからね。本当に風と雪の音しか聞こえない。それが全然詩的でも静かでもない。叫ぶような暴れるような、そういう音。雪の夜って静かなイメージがあるかもしれないけど、吹雪は全然別物。怖いよ。自然とかそういうものって、明らかに人間じゃ勝てないなって思うもの。


 その冬の夜、吠える吹雪に紛れて戸を叩くものが来るんだよ。

 先輩は婆ちゃんから聞いたって言ってた。私は……誰だったかな、思い出せない。何が来る、ってのは聞いてない。話してくれた人も知らなかったのかもしれないね。年寄りだとタナヨビってする人がいるけど、それだってよく分かんない。私も先輩も若い世代だもの、方言なんかそんなに、ね。

 ただ来る相手なんかいるはずもない、雪のただ吹雪く夜に訪れるものがいる。そういう言い伝えが、あるんだ。


 最初、一日目にそいつは玄関の戸を叩く。インターフォンがあろうがモニタがあろうが、必ず扉を叩く。窓枠を揺らす風の音でも叩きつけられる雪の音でもない、扉を柔らかな膚と肉が叩く音。そういう音を、家の中にいる人間が必ず誰か一人、聞いてしまう。


 ここで放っておけばよそに行く。けど、答えたり呼びかけたりしたらいけない。戸を開けても開けなくてもね。要はね、そいつが来たということに反応したら駄目なんだ。


 答えてしまったらって──そうすると、次の吹雪の日にまた来る。そのときは呼ぶ声がついてくる。ことこと扉を叩きながら、自分がよく知ってる人の声で、自分の名前を呼んでくる。

 そこでも答えてしまえばって? 予想、できるでしょう。三回目がある。

 三日目になると、もう玄関じゃあない。夜、その答えた人間が寝ている部屋の戸を叩くんだっていうやつ。

 勿論全部開けたらいけない。何が訪ねてきているのか、そんなものを確認するなんてもっての他。どうなるって……まあ、あれだよね。ベタい感じにおかしくなったり死んだりする。勝手に来るのに随分と乱暴な真似をするなったらその通りだけども、そういうものだから仕方がない。対応だって一応できるようになってるから、その辺はまだなんとかなってるかもしれないけど。そもそも人間の都合に向こうがちゃんと合わせてくれるなんて限らないじゃない。決まりごと、曖昧だよ。


 先輩がそんな──懐かしい話をするもんだから、聞いたんだよね。私はまだ体験したことないんですけど、先輩は、酒井先輩は会ったことあるんですかって。


『一回あるよ。そんで、まだ』


 首傾げた拍子に、耳元のじゃらじゃらした飾りが揺れたのを覚えてる。

 先輩さ、声が……声が、すごく独特でしょう。枯れてるっていうわけじゃないけど、耳障りなのに華があるっていうかさ。そんな声でまだなんて言うからさあ。聞いちゃうでしょ、そんなの。

 先輩、ちょっとだけ思い出すような顔してから、話してくれた。


『一日目にね、うっかり呼びかけちゃったんだよね。ぼうっとしてたから。そうしたらまあ、決まり通りに二日目も来たんだよ』

『二日目はさ、俺が知ってる人の声で来るんだけども……その声がね、懐かしいやつを使ってきてさ。昔いなくなった従兄の声なんだけど』


 嬉しそうに言うんだよね。まあ、どうかしてる内容だけどさ。私も酔ってたから、問いただしたりはしなかった。

 従兄はどうしたんだってのは、突っ込んでは聞かなかった。いなくなったってのがさ、よくない感じだったから。あるでしょ、そういう言外の意図みたいなやつ。酔っててもそれくらいは察せる。そんなこと言う時点で、きっとどうしようもない感じになってるんだろうし。それだからそいつもその声を使ったんだろうし、ね。


 そんで、まあ──二日目の呼びかけに答えたかったら、先輩ゆっくり頷いたんだよね。

 何となく分かってた、っていうか予想ができない方がおかしいよね。そういう含み方だったもの。


 それでも、三日目に戸を開けたかどうかっていうのは、先輩は答えてくれなかった。いや、質問に回答はあったんだけど、曖昧っていうか、うやむやっていうか、ね。


『まだね、冬になると名前を呼んでくれるから。兄さんの声で』


 それだけ言ったところで、ちょうど駅前。都会の電車ってさ、待たなくても次がくるじゃない。だから先輩も自分の路線の方にするする帰っちゃってさ、そこまで。それ以降、聞き直せてもない。


 うまくやったのか失敗したのか、微妙なところだよね。

 いや、どの観点での失敗と成功だって言われたら、困っちゃうけど。ここではあれだ、先輩の意志を尊重しての基準にしてる。従兄の、兄ちゃんの声のものが自分のもとに来続けて、なおかつ先輩は死んでないっていうのが成功判定、ってこと。


 呼び続けてくれているってことは、来続けてるってことなんだろうけど。そんな状況のあれこれはさ、私もさすがに聞いてないから。拒否れば帰るっぽい感じだったのに、どうやってその……引き止めてるかってのはさ、分かんない。できちゃっただけかもしれないけど。それだってありえるじゃん、なんせ相手が人間の枠じゃないわけだから。県外に出ても、冬になると来てくれるってあたりは完全に例外案件だと思うんだよね。だってこっち、吹雪かないじゃん。三日目になると吹雪も関係なくなるってことなのかな。でも冬である必要はある。

 なんだろうね、実験してるみたいだ。起こった事象と反応から、どうにかして適切な条件を導き出そうとしてる。私たちの論理で理解できるとこ、どこまであるかってのも微妙だと思うんだけどね。相手、なんだか分からないものだし。


 先輩は……満足してるっぽいけどさ。それならまあ、外野がどうこう言うことじゃないでしょ。本当にヤバくなったら何とかするだろうし。子供じゃないんだからさ。私だったらそう思うな。


 何とかできなくてもいいんだろうね、きっと。……いや、さっきと同じ。私だったらそう思うってだけの感想だけど。マジに会いたい人相手にそのくらいのリスクで済むんなら、全然やっちゃうでしょ。そんくらい会いたい人ってのがいるかどうかといたかどうかで反応、変わると思うな。そこはほら、個人の評価軸とかそういう話になってくるから。いい悪いじゃない。好き嫌いの話でしょ、頑張っても。先輩以外に被害が出ないんなら、尚更。物件の大家さんぐらいは口出す権利があるかもしれないけど、それだって微妙だよ。


 ただまあ、いざってときの選択肢は多い方がいいよね。試したい人、居るんなら聞きにおいで。教えてくれるように頼んであげる、酒井先輩にね。私はちゃんとは知らないから。

 だってこれ、酒井先輩の話だから。私はあんまり関係ないもの。そうでしょ?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る