訳なし物件と人形の話(二年・吉宮)

 よく分かんない話なんですよ。訳ありの訳がないのに祟りだけばっちりあるから、じゃあ訳を作って始末しようってのを実行しただけっていうか。言い出しっぺが何も信じてないのに通っちゃったみたいな。そういう雑な話です。


 要点だけ最初に話しましたけど、前置きですからね。ちゃんと名乗りますよ。二年の吉宮です。名乗ったんで名付け、無効ですよね。別に適当な名前付けられても困んないですけど、ルール守んないのって個人的に苦手なんですよ。

 ……なんか、こういうルールのカードゲームありましたよね。上がる一手前で宣言しとかないとペナルティ食らうやつ。麻雀だと宣言すると役がつくんですけどね。どっちがいいかってのは好みの話になるんでしょうけど、きっと。俺? 俺は基本はダマです。点数次第ですけどね。麻雀、性格悪い連中に教わったんで。


 や、麻雀の話もそこまで逸れてるわけじゃないんですよ。そうやって俺に麻雀教えた人の話なんで。俺の叔父、なんですけどね。盆暮れで集まるたびに誘ってきて、そのくせ手加減とかしないんですよ。年長者なのに。順位そっちのけでとにかく俺だけ狙い撃ちにしたりとか、俺の欲しい牌だけがっちり押さえてたりとかするんです。俺も上がれないけど、自分も上がれない。そういうことをする。

──平たく言えば、大人げない叔父さんです。三十過ぎて独身です。真っ当な職には就いてるはずなのに、私服が真っ赤なんですよ。あれです、金曜深夜にドンキにいるような恰好。大人げないっていうか、ろくでもないに半歩踏み込んでます。


 で、その大人げない叔父が住んでるマンションが駄目なとこだったって、そういう話なんです。


 最近よく聞くじゃないですか、事故物件とか訳あり物件とかそういうやつ。何かしらひどい事故があってから特定階の住人がぽろぽろ死ぬとか、建物がある敷地が事件や曰くがあった土地だったから全体でろくでもないことばっかり起きるとか。そういうお馴染みのパターン、みたいなのありますよね。

 んで、この二つのパターンに加えてもう一個あるんですよね、お約束。『疚しいことも怪しいことも何にもないのにがよく起きる』っていう、原因がなかったり明確じゃなかったりするやつです。

 叔父んとこはこれでしたね。比較的新築で、マンション内では勿論周辺でも目立つ理由は見当たらない。事故の記録はあっても、常識的な頻度と内容で死人もいないから決定打にはならないみたいなやつです。


 建物も新しい、デザインも悪くない、でも──雰囲気がめちゃくちゃ悪い。

 叔父が借りた部屋、そういう部屋でした。

 俺、一度泊ったんですよ。叔父の住んでる土地で好きなバンドがライブやるから、申し訳ないけど一晩泊めてくれないかって頼んだんですね。叔父がやけに悩むんで、もしかしたら交際相手とかいんのかなじゃあ悪いことしたなって思ってたら、


「俺はいいけど、別に宿代とか取らないけど、すごい嫌な感じのとこなんだけど、そういうのは大丈夫?」


 そういうのをね、俺の当たり牌抱え込んでるときみたいな顔で言うんですよ。

 からかってんのかなって思ったけど、どうもそんな調子でもない。だから、まあいいや気にしないから泊めてくれって、一応手土産持って行ったわけです、マンションに。


 すごかったですね。


 具体性が一切ない感想だってのは分かってるんですけど、本当にそれしか言えません。それで全部で、とんでもなかったんで。

 エントランス入ったあたりから落ち着かない感じがずっとしてたんですけど、その理由が全然分からない。叔父の部屋入ったときもすごかったですね。もう、あちこちの物陰に何か悪いものが潜んでる気配だけがあるっていうか。


 気配だけなんですよ。影ひとつ出てこない。だけど明らかに嫌な感じだけが2LDKの部屋の中にみっちりしてる。


 高校の時とか、ホームルームで先生が呼びかけた途端に自分以外の人間が知らないプリント提出し始めたときみたいな焦燥感みたいなのがずっとあるっていうか……電車で乗る方向間違えて、しかもそれが特急だったみたいなのも似てますね。とにかく手遅れ寸前っていうか、確実によくないことが起こりそうって感覚だけがめちゃくちゃある。お化けとか刃物持った人間とか猛獣とか、そういう危ないものが出る一歩手前でじらされ続けてるみたいな感じでしたね。


 その辺叔父に話したら、そうだろって胸張ってましたね。気になんないのかって聞いたら、あんまりって答えました。まあ……意外でしたね。あんまりってことはちょっとは気にしてるんだって。その手のこと気にしない人なんですよ、叔父。持ち主が明らかに死んでる系の本とかめっちゃ持ってるし。鈍感っていうか、直に命に関わるようなことじゃないと優先順位が低いっていうか。人の嫌がることはすぐ気づくんですけどね、花札でも麻雀でも。

 で、俺は一晩過ごしてもう嫌だなってなったわけです。あれなんですよね、怪しい物音とか動きとかは一切ないし室温も適切で遮光カーテンなのに、何となく寝苦しかったんで。朝めちゃくちゃ早く目が覚めたんで、予定を余裕持ってこなせたのは良かったですけど。物販も間に合いましたし。何で目が覚めたかってのは考えないことにしてます。夢見とか、忘れてんならそれがいいだろうし。


 そんで、叔父、まだ住んでるんですよ。一時期危なかったんですけど、解決っていうか、妥協案が上手くいったんで。


 俺が泊まった後も、やっぱり部屋ずっとそんな感じだったそうです。血まみれの人間がぶら下がるとかばらばらの手が落ちてるとかそういう直接的なのはやんないくせに、そういう雰囲気だけはずっと出してくる。煙草点けた瞬間に赤々と燃える先端を押しつけられてまだらになった手の甲とかが頭を過るし、酒飲んでると薬の殻が山盛りになった灰皿と吐いた跡が残るガラステーブルの映像が勝手に浮かんでくる、みたいなこともあったらしくて。酒は最悪外で飲むって手がありますけど、煙草はほら、吸える場所が限られますから。そこが結構しんどかったらしいです。


 で、もうやんなったからいることにしたんだそうです。


 理屈の説明……っていうか、聞いたことをそのまま話しますけど。何となく納得してください。精神論と言ったもんがちの合わせ技みたいなもんなんで。

 要するに叔父のマンション、あくまで雰囲気と気配だけなわけです。しかもらしい由来も事故も事件も何もない。そういうのがあれば、供養とかなんかやりようがあるわけじゃないですか。それがないから困ってる。


 原因がなくて困ってるわけです。なら、原因を作ればいいと。そう考えたんですね、叔父。雑っていうか乱暴っていうか、あれですよね。明言は避けますけど。


 どうやったかってのも、またシンプルで。クローゼットにいい感じの人形を入れて、そいつを押し入れに閉じ込めたせいでこんなことになってるって感じの話にしたんですね。自分で作った話を頑張って信じ込んだりして。にも話してましたけど、結構疑ってましたね。叔父あいつ頭がおかしくなったんじゃないかって。真っ直ぐですよね、悪口が。

 勿論本当は違うって、叔父自身が一番分かってたわけです。でもいい加減限界だったんで、何でもいいから要は敵だけ明確にしておきたいみたいな……悪あがきですよね、要は。やぶれかぶれとか、藁にも縋るとか。それで事情が改善する見込みはあんまりないけど、それでも何もしないわけにはいかなかった。そんな感じです。


 そうしたら、効果があったんですよね。


 そうやって人形閉じ込めておいたら、夜な夜なクローゼットから物音がするようになったんだそうです。で、それがメインになった。嫌な気配とか不穏な圧力とかが全部押し入れからの物音に集約された。

 じゃあ、対処は決まってますよね。めちゃくちゃ目張って棚とか置いて、叔父さんちの収納はばっちり封印されました。目張り、ぎっちりやってあります。なんかガムテープの上位版みたいなやつで。わざわざ画像送ってきたんですよね。心霊写真とかじゃないんで、別にいいですけど。


 とりあえず、それで色々何とかなったらしいんで、叔父まだそこに住んでます。酒も飲むし煙草も吸う。棚にバカみたいなジャケットのDVDを詰める。実家から送られた養命酒の箱をそのまま置く。よく分からない土産の変な木彫りの人形を飾る。そんな部屋だけど、元気です、叔父。


 入れた人形何だって聞いたら、また画像送ってきたんですけど……ロボ、なんですよね。バルキリーだって言ってました。実家から持ち出した、可変のやつだそうです。俺はロボだなってことしか分かんないですけど。めちゃくちゃ変形するんですよ。

 だからあれが押し入れの中で呪いの人形になってるとしたら──どんなんだろうってのは、ちょっと興味ありますね。だから、また泊りに行こうかなって思ってます。面白そうなんで。

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