悪ふざけと空気読みの話(四年・久野)
四年の久野です──誰だ五年生だろとか要らんこと言うやつは。聞こえたぞ。井坂だな。
そういうこというと年上を敬えとかそういうことを言い出すぞ俺は。嫌だろう。じゃあやめろ。俺だって好きで五年生やってんじゃないんだよ、人には事情ってもんがあるんだ。
怪談会やるっていうから、俺なりに準備はしてきたんだ。色んな人に話を聞いたり、本読んだり、映画観たり。最近流行りだからな、ホラー。俺血みどろのやつって苦手なんだけど、そういうやつでも面白く見られるようなやつがいっぱいある。楽しかった。
血が出なくてもひたすら気持ち悪いのとか、どんより嫌になれるやつとかな、種類がいっぱいあるのはいいことだ。ただあれだ、難しいのも増えたな。家で弟と映画観た後に、あの幽霊どっから来たんだって聞いたらすごい馬鹿にされた。だって何で九州から来たのかよく分かんなかったし……焦げてたし……。
そうやって色々見て思ったんだけど、やっぱりあれだな、要素が身近だとより怖いっていうのが俺の結論。当たり前だけど。
あれだよ、夜な夜な生首が飛び回ったり窓がびかびか赤青黄色に光るし呻き声も悲鳴も罵声も聞こえ放題みたいな三つ隣の県にある廃病院と、誰も住んでないはずなのに時々台所の窓が開いてて茶色いタオルが垂れ下がってる自分ち右隣の廃屋だったらどっちが嫌かって話。まあ、遠くの親戚より近くの他人みたいな感じだよな……ちょっと違うか? 何となく汲み取ってくれ。大まかに伝われば大丈夫だから。
で、久野さんとしてはだ。この理屈に基づくとどういう話がこの場で怖いかったらさ、うちのサークルにまつわる話だと考えたんだよ。そんで俺にはちょうどよくその手持ちがあった。
この怪談会、結構長いだろ。何だっけ、平成初期とか下手すりゃその前くらいからやってるって聞いてる。ほぼうちのサークルの裏伝統みたいなもんだよ。
基本的にはやり方も変わらないし、大体人数もこんなもんだろ。で、長年続けてたらそりゃ話数も溜まる。
そういう歴史があるところには、やっぱりあるんだよね、禁忌っていうか訳ありっていうか、『話してはいけない話』みたいな。
俺はね、春の新歓のときの三次会。そんときに来てたOBさんに聞いた。箕田さんね、あの人俺らより十期ぐらい前でしょ。その人の頃にはだいぶ忘れられてて、それこそ一部の物好きぐらいしか知らないような状況だったんだって。でも、そうなるようにしていたからってことだった。人が語っちゃいけない、人が聞いちゃいけない。そういう話だって。
どうしてってあれよ、理屈は超シンプル。話すとよくないことが起きる。
話した人間には勿論、聞いた人間にも累が及ぶ。だから詳しいことは話せない。ただそういうことが起こるくらいによくない話があって、その話はかつての怪談会で語られたものだった、ってこと。
どういう話なんですかって、だからよくない話。詳しいことは聞いてない。条件言ったろ、話しても聞いてもアウトだって。怖いよな。
騙されてないかってのは何だ。箕田さんがそんな嘘つくわけないだろう。
そういう冗談があるって言われても……言われても。
そっか。
あるのか。
昔のSF作家が言い出したの? うん、俺普段は娯楽小説と時代小説しか読んでないから。人斬り剣奥義がね、大好きだから。あ、有名な作家なんだ。今度作品読んでみるね。ありがとうな宝田。
その話聞いて久野さんはどう思ったんですか、って、聞かれるとな。
……俺としてはね、アリよりのアリじゃないかなって思った。
いや、箕田さんがどうこうってのは今は一旦置いといてな。そういうことにしたら、そうなるっていうか。存在しない話でも、存在するって扱い続けたら、じゃあもうあるんじゃないかなっていうか、そんなやつ。
訳分かんないよな。俺も今すごいふわふわしたこと喋った。待ってねまとめるから……。
そうだなあ。これ、適当な例かどうかは自信ないんだけど。
中学んときにさ、開かずのロッカーがあったのよ。その話、しようか。
二年生のときだったんだよ。教室の後ろの方に、扉ついて鍵かかるようなちゃんとしたロッカーがあってさ。それぞれ名札入れたところを使ってたんだけど、その中で一つ、使えないのがあったんだよね。
由来ね、一学期のときに日坂が空きロッカーの鍵穴に紙粘土詰めたの。そんで開かなくなった。日坂が何でそんなことしたんだってのは分かんない。何でだろうね。魔が差したんじゃないの? 皆興味なかったから、日坂馬鹿だなあって感じで終わった。
で、開かないロッカーがひとつ残った。最初はそれだけだったんだけど、まあ、日坂以外にも悪ふざけが好きなやつがいたんだよって話かな。
最初はね、地味な話からだった。放課後残ってたら、ロッカーを内側からこんこん、こんこんって叩き続ける音がして、どこからだって探したらその開かないロッカーからだった──みたいなベタなやつ。
言い出したのはね、多田くん。副ルーム長の。勿論嘘だってみんな分かってたんだけど、どうしてそんなこと言い出したのか分かんなかったから、聞いたんだよね。
「せっかくそれっぽいものがあるから、俺らのクラスにしかないもの作ろうと思って」
つまりね、悪ふざけ。みんなで嘘ついて先生とか他のクラスのやつらビビらせようぜ、みたいなこと言ってた。趣味が悪いよな、今考えると。
で、次の日からみんな頑張って『そういう話』をするようになった。
『授業中にロッカーの方から視線を感じた』『朝一番に登校したらロッカーの隙間から長い黒髪が伸びていて、声を上げたら中に吸い込まれていった』『放課後に忘れ物を取りに戻ってきたら、ロッカーから校歌の二番だけがずっと聞こえていた』……覚えてんの、このくらいかな。校歌のやつ考えた子、俺確か好きだったんだよな。ショートカットが似合って、右の目元に小さい黒子が二つある。名前覚えてないのに、そういうことだけ覚えてるんだよな。
これだけ話を作って、クラス外の友達とか先輩に広めておいて、でもそんなのいないってことは俺もみんなも分かってたんだよね。
何かね、そういうノリだったんだよ。いかに『それっぽい』体験をしたって話せるか、そういう遊びだって認識だった。
そういうことして二ヶ月ぐらい経った頃だったかな。
国語の授業だったと思う。先生が入ってきて、当番が号令かけて、起立して、礼して、着席した直後。
教室の後ろから「先生おはようございます」って、めちゃくちゃ明るい声がして、がんがんがんって──金属の戸を、叩くみたいな音がした。
で、おしまい。
先生がめちゃくちゃ目かっ開いて硬直してから何も気づかなかったみたいな顔して授業続けて、チャイムが鳴ってからすごい早足で教室出てって、俺たちも何となく多田くんのとこに集まってから黙って目配せして頷いて、それきり。
あんなにみんなロッカーの怪談作りまくってたのに、その日以来ぴたっと止まった。
何だろうな、目的は達成したって言えばそうなんだけど、そういう爽快感はなかったっていうか。どっちかっていうとあれだな、物真似してたらご本人登場っていうか……何だろうな、どれでもなんかしっくりこない。こないけど、そういうことなんだよ。
要するに、『話してはいけない話』も、これと同じじゃないかなってのをね、俺は言いたいのよ。
箕田さんは冗談だと分かってたとしても、そうやって『サークルに伝わる話してはいけない話がある』ってことを色んな人に話し続けたら、それは本当に近づいていくんだって感じのさ。火のない所に煙があるって言い続けたら、本当に火がついちゃうみたいなこと。そういうの、あると思うんだよな。
瓢箪から駒って言えばそうだけどさ。瓢箪だって分かんないよ、空気読めるやつなら頑張るかもしれないじゃん。
人間だって同じだよ。あれだ、血液型占いとかさ。本人としてはただ血液型の種類がA型だってだけなのに、A型っぽいA型だろこれだからA型はって言われまくるから几帳面で真面目で誠実で正直だって扱われて、そういう他人の印象とか噂とかでなんとなくそう振る舞わなきゃみたいな空気になって、結果的に『本物』ができちゃうっていう……嘘から出た誠、ことわざそのままだよね。
そういうのはね、俺も怖いなって思う。自分の意志じゃないところで、自分が変化するっていうのは、俺としては結構嫌だな。頼んでもないのに自分の根っこに干渉されるの、気持ち悪いじゃん。気をつけなきゃとも思うけどね。自分の言葉ひとつで、そうやって取り返しのつかないことが起きたりするかもしれないし。起きたら基本、手遅れだろうし。
俺の血液型? AB型だよ。よく言われたよAB型のくせに普通だなって。俺が普通なのと血の種類って関係ないだろうにね──井坂だな、普通なら五年生やりませんよねって今言ったの。覚えとけよ。
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