民話と祟りの話(三年・石田)

 はい、次僕ですね。中文三年の石田です。一年生はあれかな、たまに例会で中国神話と星座の話をしてる人ぐらいに覚えててくれると嬉しいです。久野さんみたく、飲み会でいつも黒糖梅酒飲んでる人って覚えてるのは悪い人です。他にも飲むんだけどな、カルーアとかさ。甘いのっておいしいから。


 しかしあれだね、夜の部屋って電気消しただけでここまで暗くなるんだね。そんな広くないはずなのに、やけに心細い感じがするからすごいな……電池ランタン、思ったほど明るくないなっていうのもあるけど。昔キャンプでガスランタン使ったときはこう、動物が火を怖がる理由が分かった気がしたんだけどね。電気の光はあれだね、圧がない。表現として正しいかどうかは分かんないけど、そういう感想。


 そんで僕はね、実体験とかはないんだよね。そんでさっき夕飯のときに捕まったんで、手持ちとしては昔話があるなってことでここに来たんだけど、大丈夫かな。

 昼に買い出し行ったときに、郷土博物館寄って、そんときの展示にあったやつ。地元の話だね。さっきの久野さんの話に基づけば、これも結構怖い補正が貰えるんじゃないかなって思うんだ。


 この宿泊所の近くにさ、神社あるだろ。そこの近くにある、沼の話。沼、女神様がいるんだって。その女神様って神社の主だから、じゃあこれ神社の由縁の話でもあるんだよね……まどろっこしい言い方になったなあ。でも順番的には沼があってから女神が出てきて社ができるから。その通りに話をするよ。ややこしくなるから。


 まず初手はね、昔々にこのあたりで二番目くらいに裕福な家のおかみさん、この人がね、旦那以外に好きな男を作ったんだよね。間男。そうして日々の合間に人目を避けてあれこれ仲睦まじく過ごしてたんだけど、狭い村の中なんで当然すぐにバレた。金持ちだしね、そういう人の一挙手一投足ってみんな見てるもんだから。少なくとも僕の婆ちゃんのとこはそうだよ。かかってる病気と飲んでる薬把握されてたりとかする。

 そんでまあ、旦那としては両方殺してやりたかったんだろうけど、おかみさんはほら、自分の妻だしね。あと普通に実家との関係とかそういうのがあって、うっかり絞めたら親族に自分が報復されかねない。

 だから、とりあえずの八つ当たりも兼ねた見せしめとして、間男を殺したんだよね。村の近くの松林の間に縄張って吊って、腐るまでそのままにしておけって。ひどいことするね。


 で、おかみさんはどうしたかっていうと、家を燃やした。


 旦那も使用人も村の人間もみんな寝静まったあたりに、自分の屋敷に火を点けたんだよね。初動が遅れて火が回って、お屋敷は綺麗に焼けた。焼け跡から焦げた旦那は見つかったけど、おかみさんが見当たらない。まあこの状況ならそうだよなあ、ってみんなして探した。

 そうしたら村の外れの沼のほとりにおかみさんの櫛と着物が落ちていたので、身投げしたんだろうなあってことで納得して、おしまい。だって当事者がみんな死んだからね。


 そんでじゃあ帰ろうってした途端に沼から龍が出てきたからみんなして腰を抜かした。


 緑の鱗に金の目で、見事な角に耳まで裂けた口の中には鋭い牙がずらずらと並ぶ。絵に描いたような見事な龍が水面から半身を乗り出して、村人どもにこう言った。


「私の男を返せ。松に下がって揺れている、私の男をここに連れてこい」


 そうしないと村の連中も皆殺しだ、って言うんだから仕方がない。龍になる前にも似たようなことをしてるんだから、説得力が違うよね。人の身で似たようなことやったやつが、龍なんかになったら絶対やる。

 村人は慌てて村に帰って、外れに行ってぶら下がってた間男を確保して、そのまま沼に取って返して死体を思いっきり投げ込んだ。


 間男は浮きもせず引かれるように沈んで、沼はそれきり静かになった。


 それでどうだったら、それきりなんだけど。要望は叶えたし旦那は死んだしで祟られるいわれはないけど、放っておくのも怖かったから祠を作って祀って、あれこれやってるうちにやしろができて、見事おかみさんは神社の女神様になりました、でおしまい。


 これね、僕が面白いなって思ったの、毎年の生贄とかじゃないんだよね。本当に一回きりの恋愛沙汰で、めちゃくちゃになってみんな悲しかったみたいなさ。

 おかみさんが一人勝ちなのは、まあそうだね。一回ひどい目に遭ったけど、ちゃんと報復して龍になって自分の社と愛人までぶんどった。すごいね。


 あとね、ここから先は僕の感想、なんだけども。


 この町、住んでる人八割くらい名字一緒でしょう。川西さん。二割の人って大体昭和とかに外から来た人みたいな。だから、きっとこの間男も川西さんだったのかなとかそういうことを考えると、ちょっと面白くなるよね。何だろう、祖先がすごい死に方してるよみたいな──これあんまり行儀よくないね、感想がさ。でも僕だったら自慢するかもしれないんだよな。ご先祖様に打ち首になったあげく石齧った人がいるとか、首が取れても町内一周したとか。不吉とか無惨とか通り越して面白いじゃんねえ。

 あ、でもね、間男の名前って伝わってないんだよね。おかみさんは情報的にさ、家単位なら分かってそうな気もするけど。やっぱあれかな、忘れるようにしたのかね。それとも普通に興味なかったのかね。


 そうだねえ。これだけだと、僕ちょっと趣味の悪い読み聞かせのお兄さんだよねえ。じゃあ、おまけの話しようか。伝承に関係あるやつ。さっき言った神社の話。


 最初に言っちゃうとね、祟るんだって。


 見境なしにってわけじゃない。けど、若い男に祟る。ひょっとしたら他にも条件があるかもしれないけど、とりあえず分かってるのはそこだけ。

 普通に昼間お参りする分には大丈夫だよ。実際土地の人、管理とかしてるわけだからね。最初に言ったね、若い男が危ないって。だから昼間にお年寄りが夕暮れ時とか夜はよくない。肝試しなんかもっての他。そういうのをね、川西さんから聞いた。

 祟りの内容? 体のどっかしらが使えなくなったり、いなくなったり。いなくなるってのはあれよ、字義通り。行方不明っていうと事件性が出ちゃうけど、そういうやつ。その場で消えたってやつから、しばらく経ってふらっと出てって帰らないのまで、ね。運がいいと、沼の側に服とか靴とか部品が見つかることがあるけど、基本的には何も残らない。

 そんな危ない場所なのかって、それはあれだ、風評被害だよ。別にずっと危ないわけではないからね。大義でいったら曰くつき物件なのはまあ、そうだけども。沼にね、いるから。


 そうだね、僕もそれちょっと思った。どっちがっての、どっちでも……需要? がありそうだよね。

 女神様が新しい男が欲しいのか、間男が自分の身代わりが欲しいのか。あとあるったら道連れかね。どっちにしても女神様の総取りのような気もするけどね。


 でもさあ、僕いつも神隠し系の話聞くと思うんだけど、マジの神隠しだと気づけない感じしない?

 要するにさ、僕らがいなくなったことに気づけるのって、存在してたことを覚えてるからじゃん。じゃあ、そこの記憶の方に手出されちゃったら全部分かんなくなるっていうか、いなくなるものがいないことにできるから、認知の上では平穏無事っていうかさ。

 そういうのを考えるとやっぱ神様怖いなとは思うよね。今みたいな話をしといてその結論かよって言われそうだけど、居るとしたらね。いるいない、どっちの証拠も出せないから曖昧な立ち位置で喋るしかないけども。

 存在の格が違うものって、乱暴な話だけど笑うか恐れるかしかできないからね。だって理解ができないから。お化けもそれに準ずる気がするけど、あれは……物理法則が適用されないのは、困るか。向こうは首絞めたり色々できるのにこっちからは塩ぐらいしか撒けないの、ハンデ戦強いられる感じがあるね。


 だからまあ、あれだよね。僕らが正しく理解とか知覚できるものって、意外と少ないのかもねって話。見たいものと見ていいものしか見てないのかもしれないけど、それの見分け方、分かんないからさ。だったら結局同じことだし、疑えない範疇で色々やられたらどうにもならないし。か弱いね、人間。


 何だろう、微妙なオチだね、これ。お説教というか飲んだくれのうわごとみたいになっちゃったし。ごめんね。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る