廃墟と先輩の話(二年・宮塚)

 二年の宮塚です。別にあれですよね、今ここにいる人たちって全員俺の名前知ってますよね。声だってほら、言っちゃなんですけど、こんだけドラ声なんで。普通に耳ついてるやつなら聞くだけで分かると思うんですけど……別にあれですよ、元々ってのと高校で応援団やってたせいです。聞き苦しかったら言ってください、音量上げますんで。

 そんなに不満なら名乗んなくてもいいぞって、井坂先輩、だってすごい名前つけてくれるって言ったの先輩じゃないですか。嫌ですよそんなん。俺今年初めて会誌に名前が載るのに、ちゃらんぽらんの痛芸人みたいな名前で掲載されたらそれなりに嫌ですもん。


 まあ、そうやってずっと文句言ってんのもあれですね、みっともないんで。適当に始めます。何となく聞いてください。

 俺が体験した話じゃないですよ。知り合いの、酒井先輩の話です。


 酒井先輩、どういう人って普通に先輩ですよ。見た目結構派手なんだけど何でか目立たなくって、食堂とかでいつの間にか近くにいて話に入って結構盛り上がってたりすんのに、気づくとまたふっといなくなってる。結構レアい感じなんで、久野さんは会ったことないと思いますよ。あんた自体も出席稀だし。怒んないでくださいよ、事実だろうに。OBさんの中には知ってる人いるんじゃないですかね。俺はあれだ、たまに教養の授業で一緒になるんですよ。あと話が普通に面白いんですよ。色んなことやってる人だから。

 色んなこと、ほんとに色んなことなんですよ。インドア派のアウトドア派って言うか、趣味は悪いけどフットワーク軽いっていうか。すーげええげつないタイプの血みどろ映画観にちっちゃいシアターまで行くし、かと思うと小難しくてオシャレな映画も観に行く。映画以外もありますよ。変なバイトとか、よく分かんないイベントとか……楽しきゃ何でもいいんすよね、きっと。


 酒井先輩、そういう人なんで。夏休みに暇持て余して行ったんですよ心霊スポット。好きなタイプの映画かけてたシアターも閉業しちゃったんで、八つ当たりもちょっと兼ねて。


 行った先、アパートの廃墟なんですよね。通称が週刊誌アパート。

 何が起きたところかったら、これもまあ、色々起きたんですよ。

 カップルの痴話喧嘩からの無理心中、空き巣狙いから住人に遭遇しての居直り強盗からの刺殺、子供の家庭内暴力からの惨殺、すごい自殺。すごい自殺ってなんだって言われたら……未成年もいるんで、濁しますよそういうとこは。俺基準で。とりあえずえげつない感じのを想像してくれればいいですね。自力ヘルレイザーとか、バイオのなんかみたいな。バイオいっぱいあるな。じゃあアウトラストでいいです。むごいじゃないですか、あれ。

 そんな感じで各部屋ごとに週刊誌の事件特集に載るようなひっどい感じのエグいことが起きたから、週刊誌アパート。詳しいやつは部屋ごとに何が起きたかっての知ってるけど、俺は知らないです。


 酒井先輩も勿論細かいことは知らずに行ったんですよ。雰囲気重視で夜に、周り住宅街だからそこまで危なくないだろって。近場の駐車場まで車出すやつと、同じく暇だってついてきたのが二人。計四人ですね。ちょうどいい人数ですよ。


 鍵ね、まちまちなんですよ。開いたり開かなかったり。別にそこはそんな怖くないと思うんですけどね普通に修理のタイミングとかってことで説明できなくもないですし。管理者いるんじゃないですか? 分かんないけど。

 酒井先輩が行ったときは、一階の真ん中の部屋が開いたんですよ。だから、入れちゃった。懐中電灯とスマホのライトを頼りに、玄関からぞろぞろ侵入したんです。


 室内、そんなに荒れてなかったそうです。ただ、何にもなかった。

 一人暮らしで物件探したやつなら分かると思うんですけど、内見で案内される部屋みたいな空っぽ具合。家具どころかゴミも残骸も何もない、物ひとっつも置いてない、ただ空間があるだけって感じ。


 それでも、全員ここがヤバいことにはすぐに気づきました。

 影にね、ムラがあるんですよ。薄い濃いが場所によって違う、っていうか。

 カーテンもない、剥き出しの窓ガラスから平等に夜が入り込んでんのに、見ただけで分かるくらい暗いところがあるんです。


 部屋の角とか、そういうところならまだ分かるんですけどね。こう、作りとかそういうので。

 だけど、それが部屋のど真ん中、床のところにべったり穴みたいになってたらさすがに無理じゃないですか、説明すんの。

 塗料かなって先輩も思ったらしくて、懐中電灯向けたら消えたんですよ。逸らすとまたべとっと黒くなる。マンホールくらいのやつが、光の加減で見えたり消えたりする。何だこれって思ってもね、誰も分かんない。影だろったって、何の影だっていうことが分かんないんだから意味がない。


 暗い部屋の暗い床に、そこだけ濃度の違う影が貼りついてる。そういう、嫌な部屋だったそうです。


 ただ、それだけだったんですよね。地味じゃないですか。血まみれの女が出るわけでも子供の首が転がってくるわけでもうめき声が聞こえてくるでもない。懐中電灯を向けると消える。じゃあすぐ慣れますよね、そんなん。


 まあ、心霊スポット行こうって時点で酒井先輩もあれなんですけど。友達ツレ、もっと馬鹿だったんですよね。


 一人が度胸試しみたいなのを言い出したんですよね。その暗い影をどれだけ踏んでられるか、みたいな話になった。俺に挑戦するやつはいるかー! みたいなこと言い出して。いるじゃないですか、そういう場所になるとやたらハイになるやつ。そういうやつなんだと思います。

 そんで、言い出しちゃったから放っておくのもかわいそうだなって、勝負したわけです。酒井先輩が。優しいんですよ、酒井先輩。


 合図で影を踏んで、耐えられなくなったやつが負け。簡単ですよね。我慢比べです。罰当たりの我慢比べ。

 一二の三で、先輩と友達、片足ずつ踏んだそうです。


 踏んでる間、視界が暗くなったりはしなかったんですって。

 ただ、んだそうです。動詞間違ってないですよ。こう、プールで耳に水入ったやつのレベル百みたいな。他の連中が笑ってんのとかカウントしてる声とかが聞こえてるんだけどぼけてるっていうか、そういう感じだったと。


『てほどちゃんとはしてないんですけど、これはもう時期とか』


 カウントが二十超えたあたりだったそうです。

 そうやって曇った耳の中で、やたら明瞭に聞こえる声があった。

 たまに駅とかですれ違った人の会話が部分的に聞こえることあるじゃないですか、あんな感じだったと。


『ずっと続きます。だって──がずっとあ』

『って分かんないですけど、経験からそういうこ』


 何かを誰かに説明している、そんな口調だったそうです。たまに明らかに変な音が混ざって、ニュースのモザイク付きインタビューみたいだって思ったと。

 明らかにおかしいですよね。

 そもそもいないやつの声なんですよ。カウントしてるやつでも、一緒に影踏んでる先輩でも、近くまで車出してくれたやつでもない。そんな心当たりもない声が変なこと喋ってるって時点で、それなりに怖いじゃないですか。なのに反応が遅れた。ぶつ切りだったのもあるんじゃないですか。全体が分かんないから、ちょうどいい対応が分かんない。

 なんでこんなもん聞こえてんだろうな、つうか何の話してんだろうなって思った。

 その時だったそうです。


『そういう場所なんですよ、そういうものが、湧くところなんです』


 その一言が聞こえて、酒井先輩、影から足離したんですよ。これ以上聞いたら本当にまずいってのが、その瞬間にマジで分かったから。

 酒井先輩が出た後で、勝負してたやつがすごい顔して影の外に出ました。意地で勝ったんですよね。顔色めちゃくちゃなのに、すげえどや顔してたって酒井先輩が言ってた。


 それで、何となくお開きみたいな雰囲気になったんでその場はみんなして帰ったんですよ。そんで、夏休み明けくらいにまた一回集まった。そうしたらその勝負に勝ったやつが耳にめっちゃ包帯巻いてきてて、何やったんだお前って聞いたら、


「聞こえ過ぎてやべえから、


 婉曲表現だけど、あれよ。ほらソシャゲで超強い……そうそうゴッホ。絵描きのね、ひまわりとか星空とか。あれのあれをやったの。耳をね、こう。

 他の連中は普通に引いてたけど、酒井先輩は納得して、安心したって。やっぱりこいつも聞こえてたんだって。さすがに聞くのは怖かったから、思うだけにしたそうだけど。


 酒井先輩はどうなったか?

 こういう言い方が適当かどうかは分かんないけど、ぎりぎり間に合ったんですよね、先輩。普段通りに映画観まくったり本読んだり飲んだくれたりして過ごしてる。普通の大学生、ちゃんとやってる。

 ただ、耳にピアスは増えまくってた。

 何でですかって聞いたら『穴一つ開けると静かになるから』って言ってました。元気そうだったから大丈夫だとは思いますけど。耳じゃらんじゃらんして、マフィアみたいになってましたけど。能井先輩よりすごい感じですよ、本当。

 あ、そうですね。ちょうど俺みたいな耳でもあります。や、俺はそういうんじゃないですけどね。オシャレと趣味ですよ。決まってるじゃないですかそんなの。酒井先輩の話ですから、俺とは関係ないんです。


 まあ、曖昧ではありますよね。何で耳に来るのか、穴開けると静かになるのか、そもそも何だったのか。全部俺にも酒井先輩にも分かんない。そういう感じの、話です。

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