先輩の話(要確認・酒井)
じゃあ、俺がトリ? つってももう、聞いてるやつも少ないか。いいよ、一人でも聞いてるやつがいるなら、そいつのために話すだけだから。それでもう十分だしね。
昔、年号が平成だった頃の話からしよう。レンジが広いな? いいんだよ、そのくらい曖昧な話で。どうせそんなに重要じゃない。というか、そんなところを気にしても仕方がない。俺が知ってる理由も、先輩やOBさんから聞いた話っていう曖昧具合だしね。責任の所在も出所も、全部うやむや。
古いOBさんなら知ってるだろうけど、昔は怪談会、結構盛大にやってたんだよ。OBの連中に言わせれば、まだ行儀が悪かった頃、だな。近場の神社に肝試しみたいなイベントもやらせてもらったりしてな。まあ、こっちはこっちで色々あったからすぐ打ち切りになったけど。
要はあれだね、合宿のメインイベントってほどじゃないけど、根強く続く伝統ものってぐらいの立ち位置。
で、あるときの怪談会。その直前に悪いこと思いついたやつらがいたんだな。
悪いことっても犯罪沙汰じゃない。なんだろうな、趣味が悪いやつだな。
嘘の怖い話を吹聴して信じてるやつらをおちょくろう、っていうか……架空の人間作って遊ぼうぜ、みたいなことをね、考えたんだ。
これ自体はベタな思い付きなんだよな。小説でもある。そっちだと気に食わないやつを仲間外れにするために、結託した仲間同士で共通した話題を作る、っていう理由があったな。そいつが確実に入れない、知りようがない架空の事象を共通項にして疎外してやろうっていう、意地と趣味の悪いやり口だよ。
ただ、これをそのままやっても上手くない。だからちょっとだけアレンジしたところがあった。架空の人間を、架空の怪談の体験者にしようって決めたんだな。
つまり怪談のAさんとかの仮名がつくやつ、その設定を共有したんだよな。もし気づかれてその先輩怖い目遭い過ぎじゃね? って聞かれたらそれはそれで面白い先輩としてより話が盛れるし、気づかれなかったらそいつらが鈍いってことでにやにやしてやればいい。事情を知ってるやつらだけが、適当を信じる愚鈍な連中をこっそり笑おうっていうやつだな。その怖い話聞いたことありますその人知ってますなんて言い出したら大笑いだ、大嘘つきが尾っぽを出すわけだからな。性格が悪い楽しみだけど、そういうことだよ。
で、まあ、できたけど特に盛り上がりはしなかった。当たり前だな。
話して聞いての真っ最中だからな、みんなそれどころじゃない。そんな些細なこと覚えてられるほど真面目に聞いてるやつもいなかった、っていうと悲しくなっちゃうけどな。ただ人の話なんか真面目に聞くやつの方が少数派だからな。カラオケだってそうだろ、あれで人の歌しっかり聞いてるやつなんてどのくらいいるんだ、って話。余程曲が気に入ったり歌ってるやつがとんでもなかったりとかしない限りは、聞き流して忘れて自分の歌う番を待つだろ。
で、そんときは決まり……怪談会についての暗黙の了解も生きてたから、記録もしてなかった。だから、仕掛けに気づくやつはいなかった、と思う。や、気づいても口に出すやつがいなかっってだけかもしれないけどね。だから、参加したやつがちょっとの間にやにやして終わった。
その程度のお遊びでも、名残りみたいに変なことはあったんだよ。
合宿後、休み明けからか。いつの間にかその架空の先輩の名前を色んなところで聞くようになった、とかね。飲み会にいたとか、機材の買い出しで荷物持ちしてくれたとか、追いコンの三次会で潰れた後輩介抱してたとか。たまたま同姓同名がとかそんな具合の偶然だと思っていたけど、少しは気味が悪かった、はずだよ。
もちろん、そんなに長くは
所詮人の噂だからね、七十五日も持ったら上等だし……次の夏が来る前には、みんなしてすっかり忘れた。企んだ連中は、名前くらいは覚えていたかもしれないけど。まあ、一応そのつまんない悪ふざけもちょっとだけ問題になって、厳重注意みたいなものはもらったかもしれないね。お咎めっていうと大袈裟だけど、そういうことを
そういう認識もね、ちょっとはあったんだよ怪談会には。その辺はほら、五年生の久野先輩が教えてくれただろ? あの人騙されやすいしちょろいし迂闊だけど、そんなに嘘は言ってないんだよ、きっとね。
で、今年ね。その話をOBさんから聞いたやつがいたんだよ。夏合宿の思い出語り、みたいなもんをね。また酒飲みながらだからさ、話しちゃいけないこととかやったらいけないことを武勇伝みたいに語るわけよ。僕たちの失敗、みたいなね。ただの駄々滑りのロクでもない悪ふざけでも、時間が立つと青春の思い出になっちゃう。馬鹿だよねえ。
そんで、まあ。
聞いたやつも同じことをしようとした、ってだけなんだよね。また悪い知り合いを募って、ただしもうちょっとこう、やらしい感じの使い方をしたんだな。
身代わりの名前にしたんだよ。
前と違って、怪談は本物。自分たちが体験してしまった話を、そいつに押しつけることにした。ほら、聞いたことあるだろ。『これは友達の話なんだけど』って始まる相談ごとは十中八九話してるやつが本体だってやつ。
で、その結果が
さて、ここからはちょっと飛躍した話になるんだけどな。
複数の人間が共有する虚構っていうのは、どこまで虚構でいられるんだろうなって話だ。
一つ目小僧、ろくろ首、のっぺらぼう。どれもこれも実際に見たことないだろ。たまに見たとか会ったってやつもいるな? そうすると、虚言じゃない場合は怪談の箱に入るわけだ。とりあえずはどっちでもいい。実在非実在、そっちは一旦置いておく。
見たことはないけど、皆およそ同じような絵面を思い浮かべることができる。違うか?
顔の真ん中に目が一つ、ひょろひょろ伸びる白い首、ただ真っ平な肉色の顔。当然服装とかの細かいところは違うだろう。ただ、主な要素は同じものが出てくる。化け物の概念が共有された結果だな。
同じものを違う人が見た、それが一番穏当かもしれない。けど、<皆が見たと言ったからそういうものが出てきた>、って場合はどうしたもんかね。
ありえない、そりゃあそうだ。けどそんなことを言おうとすると、一つ目小僧もろくろ首も実在することになってしまう。民俗学的な……生贄がどうこうとか首吊り死体があれこれとかはさておいてな。つうかそっちなら尚更だ。目を逸らしたいような現実を覆うために作られた怪異が、一人歩きを始めてるんだから。
そうだなあ、それならもう一つ。聞いたことあるだろ、一人の嘘が広まって銀行が潰れそうになった話。どこかで誰かが一蹴すれば終わったかもしれないのに、その嘘を信じた人数が増え過ぎたからとんでもない騒動になった。
これだって同じことだろ。そんな事実はなかったのに、言葉一つ語り一つで実現寸前までいったんだから。
一人で考えるだけなら妄想、二人が信じれば与太、四人から八人そこから十六人──そうやって同じ幻覚を見る人間を増やしていけば、それは実在と同じだけの重みを持ち始める。
そうしたらあと一歩だ。現実に起きたことがそいつに紐づけば、主客は転倒して幻覚は現実に実体化する。皆がそうだと信じてしまえば、そいつは容易く実現される。良いことも悪いこともね。面白いことなら、尚更。
嘘から出た
まあ、眉唾物のうわごとだよな。だけど、出自がどれだけ異様なものであろうとも、それを知る術ってのは基本的にないんだよな。他人も自分も、どちらもね。
自分が五分前に発生したものではないっていう保証ができないみたいな……まあ、この辺は哲学屋の領分だよな。俺にはよく分からん。興味がないのもあるけど。
そうじゃ『ない』ことを証明するの、無理だろ。分かんないけど。めちゃくちゃ頭がいいやつが頑張ればできるのかもしれないけど、その理屈だって大多数に理解されなかったらどうにもならない。多数決、野蛮だけど強力だぞ。
どっちでもいいんだよ。存在している、そう認識されているなら居続けるしかないってだけだからさ。
だから、まあ。こうして話を語る俺がいる時点で、俺にとっての諸々っていうのは終わっているわけだ。
ただ語って終わるだけなら、この話だってひと夏の思い出ぐらいですぐに忘れられてたはずなんだよ。実際これまでそうだった。聞き流して忘れてしまえば、いつかなかったことになる。腹立たしいけど寂しいけども、およそ仕方がない。存在っていうのはそういうものだ。他人の認識が得られなかったらどうにもならない。
だけどこうして記録してくれた。聞いて、
手遅れなんてひどいこと言わないでくれよ。お前の
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