馬鹿と学校怪談の話(二年・原)
左回りで行くんですか? 別にいいですよ。何か話せばいいだけなんですよね、それなら多分なんとかなります。
えーとですね、二年の原です。観測班所属なんで、観測とか撮影とかその辺興味ある人は声掛けてください。一応天文研なんで、機材使える人とか増やしておきたいんですよね。はい、宣伝です。しょうがないでしょう、こういうところで声掛けておかないとうちのサークルで観測来てくれる人増えないんですから。
大丈夫ですよ。ちゃんと話もします。合宿来るならその手の話持ってこいって、観測部長に言われてたんで。
高校のときの話です。
俺んとこ、そこそこ老舗の公立校だったんですよね。田舎の名門、みたいなやつです。伝統とか校風とか慣習とか、外から見れば馬鹿みたいなものもいっぱいあったんですけど。その辺のしがらみ? みたいなもんとは別に、曰くみたいなやつもそれなりにありましたね。
七不思議ってわけじゃないんです。そこまでしっかりしたやつじゃなくて、フリーの怪談みたいな。学校行事の事故で死んだ先生が命日になると窓を這い回る教室とか、いじめで首を吊った生徒が始業式の放課後になると血まみれで踊っている廊下とか、登校途中に発作起こして助からなかった生徒がたまに図書館の本棚の上でにたにた笑ってるとか、色々ある。
全部噂ですよ、勿論。少なくとも俺の周りに見たってやつはいませんでした。俺も見たことないです。学校最寄りのコンビニいたら血まみれのおっちゃんが入ってきて煙草買って出てったのは見たことありますけど、これは別件でしょうし。
で、友達が馬鹿だったんですよ。学力方面じゃなくて、趣味の方が。
小学校からの付き合いで、何だかんだでまだ連絡取ってるくらいには……仲、良くはあるんですけど。昔からホラーとか怪談とか呪いとか、その手の話を聞くのが本当に好きで、いっつも怪談本とか怪談の……ラジオ番組とか朗読チャンネルとか、そういうのを聞いてましたね。
趣味で人を馬鹿って言うのはよくない、それはそうなんですけど。ただ、怪談って祟るって言うじゃないですか。
俺中学のときに四谷怪談を読んだんですよ。感想としては、伊右衛門ひでえな按摩間が悪いな、って感じだったんですけど。基本的には勧善懲悪じゃないですか、悪いやつが報いを受ける。じゃあ大団円ですよ。ちょっと血が出ますけど。
ただ四谷怪談、おまけがあるじゃないですか。役者が急病になったとか、クイズで扱ったら液晶がエラー起こしたとか。粗末に扱うと罰が当たる、そういう系統のおまけです。
架空の話だっていうのも、知ってます。モデルの人は普通に人生を全うした、幸せな人だってのも読みました。
じゃあ、余計怖いでしょう。架空なのに無礼判定が作動して祟られるって、もう無法じゃないですか。理屈がない。無礼を働く対象が本来存在しないのに、その対象に居座る何かが反応している。不気味じゃないですか。誰が祟ってるんですか、それ。道理が通らない……。
だから、そういう危ないものを好んで集めて読むっていうのが、俺にはよく分かんないんですよ。なので、馬鹿だと思ってます。バイト代貯めていわくつきのぬいぐるみとか落札してたこと、ありましたし。一回何かの罪で捕まった方がいいと思います。分かんないですけど。現代社会だと、馬鹿ってだけだと罪に問えませんけど。
そんでまあ、話戻しますけど。友達はそういう話、大好きだったんですよ。
確か、一年の夏休み明けでした。
「うちの学校の怪談、いっぱいあるから検証していこう」
そういうことを昼飯食べながら言い出したんですよ。きっと夏休み中、ずっとその手の動画見てたんだろうなと思いました。
何で俺を誘ったんだとかお前そんなことしてる場合なのかとか色々言いたいことはありましたけど、全部黙っておきました。どうせ聞かないだろうし、俺が付き合わなくてもこいつ勝手にやるだろうなってのも、小学校の頃から知ってたんで。小学校のときはあれですね、松の木ババアがいるかどうか確かめるんだって友達誘って全員に断られて意地になって、夕飯食べてから自宅を抜け出して学校の松林の中に隠れてたことがありますね。結構な騒ぎになりました。行動力がある馬鹿なんです。
で、検証した怪談なんですけど。夜の校舎とか授業中の職員室とかの侵入自体が難しい場所は流石にやめようってことで、教室の話にしたんですよね。友達も納得してくれました。小学生の頃よりはマシになってるなって思いました。
教室の話はですね、数学の先生が出るってやつでした。
何十年か昔に、生徒に暴言を吐くし暴力も振るうみたいなクソ先公がいて、そいつがやり過ぎて生徒に結構な怪我をさせてさすがに問題になってクビか謹慎かみたいな話になった途端に将来を悲観して屋上から飛び降りて死んで、その亡霊が放課後になると担任やってた教室をうろついてるって話です。学校にも生徒にも迷惑ですよね。死んだ後も職場にいるあたり、行き場がないにも程があるなとか思いますけど。
この話、条件とかあんまりないんですよ。放課後で一年生の某教室っていうだけで、日時とかの細かい指定がない。じゃあ楽だなと。そんで友達も賛成してくれたんで、その日の放課後に行きました。思い立ったが吉日っていうか、早く済ませて飽きて欲しかったんで。
で、放課後に教室行って座ってたんですよ。途中で週番が来たんで、事情を説明して昇降口閉まるまでには帰るよって話したら、お前ら馬鹿なんだろって顔をされましたけど見逃してもらえました。不服でしたね。俺まで一緒にされるのが。
そんで最初の三十分ぐらいは普通に待ってたんですよ。ソシャゲで協力ステージ消化したり、二人で適当に雑談してたり。先生全然出ないなとか言いながら、ガチャ外れてがっかりしたりしてました。
ただまあ、飽きますよね。あと腹が減った。時計見たら五時ちょっと過ぎてたんで、そろそろいいかなって思ったんです。義理は果たしたっていうか。
もう帰ろうぜ五時台の電車もあるし、って俺が言った途端、
があんってすごい音が教室の後ろから聞こえて、揃って振り返りました。
音源はすぐ分かったんですよ。掃除用具入れの金属ロッカー。そこの戸が全開になって、きいきい揺れてました。内側から蹴り開けられたらこんな風になるかな、みたいな想像をしましたね。
想像ですよ。だって、俺には何にも見えなかったんで。ロッカーがすごい音立てて開いたってのは見ましたけど、先生も何も見えませんでした。
これは判定どうだろうな、心霊現象枠になんのかなって、友達の方を見ました。
すごい顔、してました。目なんかぐわって開いちゃって、口元ぶるぶる震えてて、寒い日に水ぶっかけられて外に出されたみたいな真っ白い顔になってた。
どうしたんだって声掛けようとしたら、友達がひゅっと息を飲んで。
ぱしんって音がして、そいつの顔がすごい勢いで横向きました。
ひっぱたかれたんだ、ってすぐ分かりました。
叩いた手も相手も俺には見えないけど、平手の勢いで逸れたそいつの顔と、音聞いちゃってますから。無理じゃないですか、誤魔化すの。
友達、逃げました。当たり前ですね。俺はあいつが教室出てってから、やっぱ何も見えないなってその辺見て確認して、あいつが蹴倒した机直してちゃんと教室の戸閉じて出ました。
その後結構探したんですけど、友達、体育館の前で座り込んでました。教室から玄関ホール抜けて連絡廊下なんで、結構な距離を逃げてました。上履きで。
「満足した?」
そう聞いたら、がくんと頷いたんで、じゃあ良かったなって帰りました。正面玄関開いてたんで、週番との約束も守れましたね。五時台の電車は遅れました。一時間、駅前のスタバで友達と時間潰ししてました。勿論あいつの奢りです。
友達が何を見たのかっての、知らないんですよ。
当然聞きましたよ。けど、教えてくんないんですよね。一回問い詰めたらガチでしくしく泣き始めたんで、聞けてないです。だから俺としては、お化けを見て怯える人間をずっと見てた、って経験なんですよね、これ。
怖いかどうか、ったら怖かったですよ。友達、本当に怯えてましたし。ロッカーが勝手に開いてからぶん殴られるのも見てますからね──いや、ぶん殴られたっぽい動きを、ですね。ぶん殴ったっての、俺の推測ですし。話してくれないんですよ、あいつ。
どっか安心しましたけどね。だってこう、間接的じゃないですか。俺、当事者じゃないんだなって感じで。一番大事なところは見られなかった、見せてもらえなかったんだなって。そう理解してます。
一視聴者みたいな立場ですよね。隣で体張ったネタ番組やってるけど、俺は眺めてるだけみたいな。善良ではないですけど、無関係な第三者ですよ。だからまあ、青春の思い出ぐらいの扱いでいいと思ってます。俺は怖くなかったんで。馬鹿が馬鹿やってるのを見てただけの、そういう思い出です。
で、
昨日なんか大学の先輩と心霊スポット行ってくるって連絡よこしたんで、また祟られてるんじゃないですかね。俺には関係ないんで、別にいいですけど。趣味なんだから仕方がない。そうですよね?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます