話下手と別名の話(一年・南川)

 一年の南川みなみかわです。班とか特にない、ヒラのサークル員です。

 なんか風呂上がってから廊下でぼーっとしてたら綾田先輩に連れてこられたんですけど、何ですか、怖い話すればいいんですか? できなくはないですけど、いいんですか三番手が俺で。

 俺そもそも話がそんなに上手じゃないんですよね。いいですか、その辺。ブーイングとかしないでくださいね……されません? 応援演説とかスピーチとか下手だと、観客から野次られるじゃないですか。俺の高校そういうのよくあったんですよ。なんかあるじゃないですか、老舗が伝統ってことでバンカラ拗らせてよく分かんなくなっちゃった、みたいな。地方で歴史だけ長く続いてる感じの公立ですよね。ガラも治安も悪くないけど、なんだろう、行儀が悪いんですよ。嫌ですね。


 じゃあ、何話すかったら……あのですね、俺の話をします。もっとちゃんと言うと、俺に関係するけど俺のせいじゃない話です。

 みんなして首傾げましたね。すみません。聞けばきっと言いたいこと分かると思うんで、ちょっと我慢して聞いてください。


 俺小さい頃から結構緊張しいで、人前に出てなんかやるっていうのがめちゃくちゃ苦手なんですよね。幼稚園のお遊戯会も緊張しすぎて台詞全部忘れてお辞儀だけして舞台下りたのを未だに盆暮れ正月のたびに親戚中に笑われるし、小学校のときもピアノの発表会で完全に上がってリピートの箇所三回繰り返したし、中学もテストでいっぱいいっぱいになり過ぎて名前書いたら出席番号思い出せなくって白紙で出して担任に呼び出されたり、色々やったんです。


 で、あんまり駄目だなって困ったんで、どうにかできないかなってのを色々調べたんです。そしたら、自己暗示みたいなのがいいんじゃないかなって……そういう感じの結論に、辿り着いたんです。


 そこまで本格的なやつじゃないです。つうか、自己暗示ってのも正直違うと思うんですよ。

 そうだなあ……まず俺、何で自分が緊張するのかってとこから、考えたんですよね。

 よく緊張しない人が『練習は裏切らない』とか『自分を信じれば結果はついてくる』みたいな感じのこと、言うじゃないですか。あれ、まず俺みたいなのって自分や自分のやってきたことってのが全部信じられないんですよね。自分に対しての信頼が全然ない。できるできないより先にそこなんですよ。

 どれだけ積み上げても慣らしても、不安? みたいな感じがあるんですよ。で、ちゃんと失敗する。ちゃんと失敗ってのも、変な話ですけどね。


 じゃあ、問題点は分かるじゃないですか。ですよね。だったら、そこを対策すればいいなって。


 だから、そういうとき用の人を作ったんです。

 人前に出るのは自分じゃない、身体は俺のだけど、使うやつが違う。名義は俺だけど、実行するのは佐原さはらさん。こっから先は佐原さんがやるから、何がどうなっても俺のせいじゃないから全然しんどくないみたいな。

 佐原さんってのは適当に付けました。由来、家に兄貴が置いてった漫画があるんで、そっから取った気がします。そんくらい適当です。

 イソラじゃんってのは何ですか綾田先輩。……あ、ホラー小説。よく分かんないですけど、俺そんな感じのことしてるんですか? 別にそんな大それたことじゃない、普通だと思いますよ。小さい子とかよくやるじゃないですか、友達叩いたけど叩いたのは手であって僕じゃない、みたいなやつ。あれと主張の方針は近いと思うんですよ。


 結論から言うと、めちゃくちゃ上手くいったんですよね、佐原さん技法。


 そういう緊張する場面のあれこれを、全部佐原さんに任せたわけです。それだけで、全部よくなりました。部活でやってた剣道の昇段試験も上がらなかったから型忘れなかったし、放送委員長に立候補した友達に頼まれた応援演説もすらすら読めたし、漢文の音読も同じ行三回読んだりしなくなりましたし。最高でしたね。

 まあ、当たり前ですけどやってるのは俺の体なんで、基本的な能力不足で失敗することはありましたよ。緊張とか全然関係なしに普通に元素記号覚えてなかったから化学の試験で赤点取りましたし。ただ、そういう風に間違ったときも佐原さんのせいだって思うとつらくなかったのもありますね。濡れ衣ですけど、そもそも佐原さん自体がそれ用の人ですし。

 だからこう、不安で眠れないとか失敗を思い返してごろごろするみたいなのが全然なくなったし、失敗したことにリトライすんのもつらくなくなったんですよね。駄目だったら佐原さんのせい、ちゃんとできたら俺の手柄。マジで佐原さん様々だったんですよ。


 ただ、まあ、揺り返しっていうか。ツケが回ってきたっていうか。

 三年生の春頃でしたね。ちょっと変なことが起き始めちゃったんですよ。


 最初は先生だったんですよね。数学の問題で、その先生出席番号順で当てるんですよ。俺出席番号二十八番だったんですけど、一つ前の問題に二十七番の真鍋まなべが当たってたんで、じゃあ俺だなって覚悟してたんです。

 先生が問題板書して、こっち振り返ってから、


「次の問題、出席番号二十八番の田村たむら


 田村って言ったんですよね。たむら。

 訳分かんないですよね。言い間違いにしても、俺の名前に全然掠ってない。でも出席番号は俺のだし、順番的にもきっと俺なんですよ。つうかそもそも俺のクラスに田村いなかったんですよね。田沢はいましたけど。

 真鍋がめちゃくちゃ俺の方見て困ってて、俺も聞き違いなのか言い間違いなのか悩んで、周りもざわざわしてました。

 先生、しばらく俺のことと教室中睨んでから、はっとした顔して呼び直しました。南川、って。俺、起立して黒板の前行きました。普通に公式間違えて、しっかりしてくれよ佐原さんって思いました。


 それからですね、色んな人が俺のこと呼び間違えるようになったの。

 高良とか山田とか長間とか、葉原とか。よくそんなに間違えられるな、ってぐらいにバリエーションが豊富でした。名字の種類って色々あるんだなとか思ったりしましたけど、ちょっと尋常じゃなかった。

 俺南川、みなみかわなんですよ。字数が違う。間違えたやつらもすぐ気づいて何でだ? って顔するんですけどね。


 で、そうやって学校とかで知り合い相手に間違われてる分には良かったんですけど。予防接種に行った病院で佐原さんって呼ばれて、あっこれヤベえなって思ったんですよね。

 だって友達とかなら俺の名前雑に覚えてても問題ないですけど、病院はそういうのきちっとやるじゃないですか。保険証とか薬とか、命に係わるし。あと、お金のやりとりも発生するし。


 あとは、まあ……あれですよね、『佐原さん』って間違えられたのが、ヤバい感じでしたよね。関係ない適当な名字じゃなくて、俺の身体を使ってる、俺じゃない人の名前ですから。


 そんで家帰ってからその話、兄貴にしたんですよ。

 兄貴、ちゃんと俺の話聞いてから「そうだよなあ、お前の名字は佐原だもんな。南川なわけないよな」ってめちゃくちゃ慰める顔で言うんですよね。で、俺も一瞬それ受け入れそうになって、本格的に駄目だなって思いました。兄貴もしばらくしてから俺何言った? っておろおろしてはくれたんで、どうにかセーフってことにしたんですけど。

 心臓、すごい音してましたね。隠しといた失敗がバレそうなときみたいな不安感、みたいなやつがすごくって。その夜、寝られませんでした。


 それ以来、佐原さん使うの辞めました。そしたらまあ、直りましたね。半年くらいで間違われることもなくなって、ちゃんとファミレスのお名前でも眼科の呼出しでも南川って呼んでもらえてます。たまにナガワって呼ぶ人もいますけど、それはほら、日本語の豊かさみたいな方向の話じゃないですか。

 たまにね、こうやって人前で話すときとか、佐原さんのせいにするかどうかは迷ったりはします。

ただまあ、我慢してますね。兄貴に佐原って呼ばれたの、一番きつかったんで。身近な人間、兄弟って最後の砦みたいなとこあるじゃないですか。そこにおかしくなられるの、めちゃくちゃ怖いですよ。やっぱり。


 最近はあれです、納井先輩に南滝みなみたきって呼ばれたくらいですかね。これはほら、違うやつだなって分かるんで怖くないんですけど。何ですか、俺んこと方角と水気で覚えてるんですかねあの人。怒るっていうか、わけわかんないなって思ってます。

 とりあえず、俺の話はそんな感じです。どうですかね、ちゃんと上手くできてましたかね、俺。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る