第88話 現場から猿飛乱子がお届け致し候
えー……こほん。(←カワイイ咳払い)
ご機嫌如何か、読者諸兄。
私は『甲賀流忍法猿飛派』宗家の……ええと、今は『猿飛乱子』と名乗っている。
どうぞ
いつもなら総国の独白で物語を綴っているが、今回からしばらくはその総国が取り込み中の為、僭越ながら私が語り部として皆様のお目にかかる事と相成った。
………と、固い挨拶はこれくらいにして話を進めよう。
それにしても有仁子さんの煽動は見事なもので、白け始めた会場の空気をいつもの鉄火場以上の活況へと変貌させた。
皆もだるまの強さをよく知っているので賭けの倍率は明らかにだるまが優勢。
総国に賭ける者も散見されるものの、やはり手堅くだるまに賭ける者が大多数だ。
リングではだるまの檻が撤去され、金網の中は闘うふたりきりという緊迫した光景だ。
だるまは以前よりも更に逞しくなっているように見受けられた。
私に敗北したのが余程堪えたのだろうな。頑張っているようで大変よろしい。
試合開始を今か今かと待ち構えるその身体からは闘気が漲り、精神・肉体共に
一方、我らが総国はいまだになんの準備もしていない。
あいつは家を追い出されて以来、簡単な部屋着と学校指定の制服以外の着替えを持っていないからこんなときでも学校と同じ格好をしているので、安っぽいカッターシャツと学生ズボンのままだった。
「……そのままやるのか? 総国」
金網から出て、座席に着こうと思った矢先。
いつも通りの姿の彼が気になった私が問うと、彼は『着替えるものがない』と答えた。
「それに着替えの時間を取れば有仁子の煽りの効果が減る。折角暖まってきたからな。俺は別にこのままでも………」
「破れたら面倒だぞ。それこそ替えがないだろう」
総国は一着の制服を洗っては乾かし、洗っては乾かしと大富豪とはかけ離れた慎ましやかな生活をしていた。
ちなみに寝巻きは犬飼さんが差し入れた激安店で購入した激安店特有の不可思議なセンスのパジャマだった。
(総国は『嫌がらせだ』だとか『こんなもの着るくらいなら全裸の方がマシ』だとか、なんだかんだと言いながらもそれを着て寝ていた)
そんな大金持ちとはかけ離れたビジュアルに何度吹き出しそうになった事か。
「脱げよ総国。投げ対策にもそれがいい。第一、だるまの怪力ならカッターシャツなどひとたまりもないぞ」
私の助言に彼は難色を示した。
「人前であまり脱ぎたくはないんだがな……」
「生娘のような事を言うなよ。さっさと脱げ総国。その方が盛り上がるぞ」
「……」
総国は小さなため息をつくと、観念したようにカッターシャツを脱いだ。
ざわっ………!
総国がシャツを脱いで素肌をさらした途端、会場がざわついた。
観客達は唐突に
「ははは、思った以上だ。良く鍛え込んでいる。素晴らしいぞ総国」
決して大きくないが、非常に密度の高い高度な筋肉……私の予想を超える出来だ。流石は超越郎の仕込みである。
「着痩せするタイプなんだな、総国。もっと見せていけば良いものを」
「無闇に肌を晒したくないんだよ」
「ほう、能ある鷹は爪を隠すか」
「隠すような爪なんて無いよ」
いや、そんなことはない。
私には分かっていた。
総国の淡白な顔からは想像もできない、引き締まった肉体。
無駄の無い、必要性を追求した筋肉は着衣の状態では察する事すら出来まいが、私には分かっていた。
否、知っていたと言うべきか。
彼がこれまでに相当な鍛練を積んできたことを。
「
そう。分かっているのだ。
知っているのだ。
彼が武を追求する
否、分かってしまうのだ。
「……使用するのは何度目だ? 総国」
私の問いに、彼は視線をだるまに向けたままで答えた。
「父に禁じられていた。みだりに見せるなと。だから、人前で使うのは初めてだ」
「ほう、そうなのか。ではだるまは初めての犠牲者と言うわけか。可哀想に」
「……というか乱子、お前はなんで知っている?」
「『金山』の事か?
そう私が笑うと、総国はふぅ、と短いため息をついた。
「何でもお見通しか」
「……なぁ総国。何を選ぶつもりだ?」
私の意味深な問い掛けに、総国は不敵な笑みを浮かべ、期待通りの反応で返してきた。
「お見通しなんだろ? 当ててみろよ」
「……ふふっ」
思わず笑い声が漏れてしまった。
本当に面白い男だ。
恋子が惚れる訳だ。
会場の空気は元通り以上の活気を取り戻し、試合の準備も整った。
賭けの倍率は圧倒的にだるまが優勢。
だが、今やそんなものはどうでもいい数字なのである。
だるまはいつでも飛び出せるぞと言わんばかりに殺気をこちらに向けている。
私はどうとも思わないが、並の人間なら嫌でも目を逸らしたくなるだろう。
総国はどうかといえば、やはり何とも思ってないようだ。
安心した。
「愛子のためにもようく暖めておけよ」
言いつつ、金網越しに私は総国の『熱』を感じていた。
……私の忠告など釈迦に説法か。
ふとみれば、有仁子さんがこちらにやって来ていた。
観客を散々煽りまくって息が上がっていたが、実に清々しい表情をしていた。
「おら総国、約束通り盛り上げたぞ。金も用意しておまえにぶっ込んだ。別に心配してねーけど、『使う』からには
有仁子さんの檄を総国はその隆々とした背中で受け止め、小さく頷いた。
間もなく試合開始の鐘が鳴る。
「さあ、いよいよだぞ総国」
場の空気、緊張感が引き絞られる様に高まってゆく。
「おらァ総国ィ! ブッ飛ばしてやれや!!」
有仁子さんが吠えるとリング内の両者が互いを意識して顔を上げた。
ゴングを叩くための木槌が降り上がったのだ。
次の瞬間、会場を支配する興奮が伝播したのか、私は柄にもなく大きな声を張ってしまっていた。
「さぁ、見せてくれ総国! お前の『
そして、甲高い鐘の音が会場内に響き渡った!
試合開始だ!!
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