第87話 俺が相手だ!! ……え!? ちょ、マジで!?

 点と点が繋がるとはまさにこの事だ。


 俺はこの時までずっと違和感を抱いていた事があった。

 それは父と猿飛が初めて対面した時だ。


 父は肉声(といっても合成音声だが)で彼女と挨拶を交わした。

 それは通常あり得ない事で、声帯を失った父が自分の声で話をするのは俺達肉親か、一部の主要な使用人、それ以外は国内外の首脳クラスの人物に限られるのだ。


 ましてや俺の友人とはいえ一般人に肉声で声をかけることはまず考えられない。


 つまり、父にとって『猿飛愛子』は初めからであったという事だ。



「父は……という事か」

 俺の脳裏を行ったり来たりする様々な憶測。それらを見透かすように、乱子は不敵な笑みを浮かべていた。

「愛子の事か? 勿論だとも。凛子の娘だぞ?」

乱子おまえの事も………」

「錬成道場で話した通り。旧知の仲さ」


 そうだ。俺は錬成道場で父と婦長のを聞いていた。

 それなのに何でに考えが至らなかったのか……。


 ① だるまクンも会場の仕掛けも父のお膳立て。

 ② 秘密裏に進められたを有仁子は知らなかった。


 それが何を意味するか……。


 それがわからない程、俺も有仁子も鈍感じゃない。


 有仁子はその悪すぎる目付きを更に邪悪なものへと変貌させていた。

「やべぇな総国。まさかお父様が裏で糸を引いてっとはな……あたしとした事がはしゃぎすぎた。万事休すだ」


 俺も同感だった。

 既に詰みなのだ。

 要するに、俺達に選択の余地は無い。


 俺は戦って勝つ。

 有仁子はそれに全てを託す。

 敗北は許されない。

 それ以外、無い。


 さもなければ、俺は謹慎から勘当へとランクアップし、路頭をさ迷う羽目になる。

 有仁子は……別にどうなろうと構わないが、こいつは生活の為なら盗みだろうが何だろうが迷わず実行するだろう。

 一応、こんなのでも実の姉なので親族が警察の御厄介になるような事は俺としても避けたい。


 それが理解できていたからこそ、却って覚悟が出来たのかもしれない。

 腹が決まれば気持ちも軽くなる。

 むしろ、高揚すら感じる。


 俺はこういう局面でお約束の、を思い出していた。


 そう……父・金沼超越郎いわく!



【強くなりたくば喰らえッ!】



 ……何を? とは決して許されぬ質問。


 初めて聞いた時はマジで何言ってんのかなこの人と思ったが、今なら分かる。


 いや、正直に言うと言葉の意味はよく分からない。しかし、とにかく凄い自信はひしひしと伝わってくる。


 流石は我が父だ。

 地上最強の富豪という二つ名に違わぬ金言。

 それをほんの少しだけでも理解できた俺は、多少なりとも父のいる次元ステージに近付けたと言う事なのかもしれない。


 そう感じた途端、俺の全身に力がみなぎった。



「……観客を煽れ有仁子。俺はあいつとやる」

 俺の指し示した先には当然だるまクンがいた。

「マジか? 総国……」

「やるしかないだろう。そして、勝つしかない」

「お前まさか、使のか? 」



 使か否か。

 蛇乃目と戦う直前にも有仁子から同じ問い掛けがあった。


 その時、俺は首を横に振った。

 使う必要がないと判断したからだ。

 だが、今は違う。

 使っても差し支えのない状況だ。

 何せ、父は知っているのだ。

 俺がだるまクンと対峙することも、それに勝利すれば、そのあとで猿飛と対峙することも。


 そしてその猿飛……乱子と恋子と愛子には『使わなくては勝てない』ということも、父は全てお見通しだろう。

 ならば、出し惜しみをする必要は無い。


 むしろ、父に見せてやろう。


 俺の……金沼家当主の『金山きんざん』を!!



「使う。だから煽れ有仁子。そしてそこの一千万を俺に賭けろ……いや、ありったけだ。かき集められるだけかき集めて、俺に突っ込め。一千万どころではない。を、あの人の前に積んでやる」


 その言葉を聞いた有仁子の顔に、みるみると精気が甦った。

 そしていつもの邪悪極まる禍々しい笑顔がその顔面に張り付くまでに大した時間はかからなかった。


「ククク……いいぜ総国。全力でいくぜ。そのかわり勝てよ。絶対勝てよ!」

「俺が負けるとでも?」

「ちげーよ馬鹿。愛子ちゃんにだよ。だるまの心配なんかするか馬鹿。さっさと済ませて愛子ちゃんの相手してやンな」


 有仁子は本当に悪い顔で笑う。

 嫌な顔だが、人をムカつかせるには最高の笑顔だ。

 まさに火に油を注ぐが如くだるまクンは、深く静かに燃えていた。


「ぐちゃぐちゃうるせーよお前ら。ぶち殺してやるから早くここから出せクソが!」

 苛立ちを爆発させ、だるまクンが檻を蹴った。


『ッッッ!!!』


 激しい衝突音と共に鉄製の檻がビリビリと震えた。

 凄まじいキック力だ。


 有仁子はそれを一瞥し、ニヤリと笑んだ。

 今まで見たあいつの顔のなかで最悪の笑顔だった。

 そんな醜悪過ぎる表情かおを隠そうともせず、有仁子は観客に向かって叫んだ。

「おらおらオメーら! ショータイムだ!」


 ドスの利いた大絶叫で観客全員の視線を独り占めする有仁子。

「オウオウ! オメーら! 金持ちになりたくねぇか!? 成功者になりたくねぇか!? なりたきゃ勝負しろ! あたしがチャンスをくれてやらあああ!!」


 突如始まった有仁子の盛大な煽りは一流ラッパーのそれで、よくもまあそんなに他人を煽動するような文言がポンポン出てくるものだと感心してしまうほどに射幸心を煽る言葉の連続でこの鉄火場の熱気を高めてゆく。


「総国が勝つか! だるまクンが勝つか! 2つに1つだ! ビビってねーで、勝負しろオラァ!!」


 有仁子の扇動アジテーションによりギャンブル熱にうかされた観客達が次々に金を賭けてゆくのが目に見えずとも伝わってくる。

 同時に会場が熱気を取り戻し、活気に溢れかえって来た。

 その様子に、俺は妙な高揚感を覚えていた。


 だるまクンは獲物を目の前にした猛獣のような顔をしたまま、呼吸を荒げている。

 油断をしたら直ぐに噛み殺されそうだ。


 俺はそれを実に良い顔だと感心した。

 こいつなら、観客達も納得してくれるだろう、と。


 準備は整った。

 俺が乱子に目配せをすると、彼女は俺の言いたいことを理解してくれていた。

「出してやれ」

 乱子は檻の側に居た有仁子の下僕にそう指示を出したのだ。


 出す、というのは言うまでもなくだるまクンだ。


「し、しかし……」

 有仁子の下僕は唸り声を上げるだるまクンにビビりまくっていたが、乱子はフン、と鼻を鳴らした。

「その間抜けだるまは間抜けなくせにプライドだけは一丁前だからな。私とヤる為に総国を倒すと自分で言ったからには後には引けまい。なぁ? だるま?」


 乱子は金網の出入り口を開け、有仁子の下僕から鍵を掠め取って檻のバカでかい南京錠を外した。


 ややあって、ゆっくりとだるまクンが檻の中から姿を現し、すれ違いざまに乱子を睨みつけた。

「すぐにお前も殺してやンよ」


 凄まじい眼光だ。小動物ならそれだけで絶命しかねない殺気だが、乱子の笑顔は変わらなかった。

「おお、その意気や良し。そんなにときめく台詞は何年ぶりかな?」


 乱子の言う通り、だるまクンが暴れる様子は無かった。ただ、殺気というか殺意は思った以上の激しさだ。


 だるまクンの体には無数の生傷が痛々しく刻まれており、ラスベガスでの武者修行がいかに苛烈なものであるかを物語っていた。


 あれから2週間ほどしか経っていないのに、なんか前よりも逞しく、荒々しくなっている様な気もする……。

 その身体から彼の猿飛乱子に対する屈辱と、それを必ず晴らすという確たる意志がはっきりと目に見えるようだった。



「……そういうわけだ、乱子、婦長。出てくれ」

 俺がふたりを促すと、婦長は俺の意思を汲んでくれたのか、目礼して一言。

「御武運を」

 そう言い残してリングを降りた。


 乱子はニヤニヤしながら婦長の後を追って金網の外に出た。

「お前も好きだな総国。鏡でその顔を見せてやりたいよ」

 金網の扉を閉めながら、彼女は言った。

 ……自分がどんな顔をしているのか、だいたいの検討はつく。

「お前ほどではないよ」

 俺が言うと、乱子は愉快そうに笑った。


「今も昔も喧嘩ははなだな。その華の美しさを知るには狂っていなければならない。浮かされていなければならない。てられていなければならんのだ」

「……何が言いたい?」

「お前も立派な戦闘中毒者バトルジャンキーだということさ」


 満面の笑みでそう言うと、乱子は金網の扉に鍵を掛けて可愛らしくウインクをしてみせた。


「さぁ、愛子に格好の良いところを見せてやれ! 総国!!」

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