第86話 だるまクン、再び

【金持ちのボンボンVS世界地下格闘(元)王者】


 ……対戦カードとしてはさぞや面白かろう。


 しかし、そんなカードを組まれた方の身にもなってみろと言うのだ。

 それもいきなりだぞ。


 会場は盛り上がったが、俺のテンションは下がった。超下がった。

 だが、当のだるまクンはバッチバチにアガッていた。

 というか、怒り狂っていたのだ。


「てめぇクソガキ! 話が違うだろてめぇクソが!!」

 真っ赤な顔をさらに赤くして乱子に怒りをぶつけるだるまクン。


 それをまともに受けても乱子はヘラヘラと半笑いで、怒り心頭のだるまクンをたしなめた。

「騙されるお前が間抜けなんだよ。あんなそそのかされるなんて……プッ」


 ほら話?


 嫌な予感しかしないキーワードに、俺はいかにも怪訝な顔をしていたのだろう。

 それに気付いた乱子が可笑しそうに笑いをこらえつつ説明してくれた。


「今夜の試合は私とだるまの因縁の対決……つまり『雪辱戦リベンジマッチ』をやるから是非来てくれとこの間抜けだるまに嘘を吐いて誘い出したのよ。そうしたらなんの疑いもなくホイホイ出て来よってマジウケる〜」

 乱子は堪えきれずに笑いだしてしまった。


「はっはっは! 真剣勝負に二度目などあるか阿呆。悔しい気持ちはわかるがそれならそれでもっと精進せい。仮に再戦したところでお前なんぞでは私には逆立ちしても勝てんよ。それどころか、この金沼総国ボンボンにすら敵うまい」


 乱子が俺を指差す。

 力強く指差す。

 度重なる罵詈雑言にだるまクンの目は完全に据わり、もはや人間のそれではなかった。

 まさに獣………哭きの竜も真っ青な三白眼が俺に向けられていた。


「だるまよ。私とヤりたいか? 私は逃げも隠れもせん。今すぐこの場でもう一度遊んでやっても構わん。だがひとつ条件がある。それは……」

「そこのガキぶっ殺せばいいんだろ」

 だるまクンが俺を睨み付けたまま、低く呻くように言った。


「もうわかったから挑発すんなメスガキ。そこのガキぶち殺せばお前とヤれるんだろ。わかったから喚くな。うるせぇんだよ」

「間抜けな割には話が早いな」


 乱子のしつこい罵倒がだるまクンへの挑発であることは俺もわかっていた。

 そして彼女がで楽しんでいることもひしひしと伝わってきていた。


「首尾は上々だ、感謝するぞ……」

 乱子がよく分からない事を呟き、満面の笑みを浮かべた。

 こいつがこういう顔をする時は間違いなくろくでも無い事を考えている時なのだがもう遅い。

 彼女は俺の嫌な予感を吹き飛ばす様に右手を高々と振り上げた。

 ピンと指先まで揃えられたそれは何かの合図……と勘繰ったその時だった。


 ガラガラガラッッ!


 会場が妙な轟音で揺れた。歯車が回るような音の発信源は天井。

 観客達が顔を上げたと同時に、真っ暗な天井から何か巨大なものが勢いよく落下してきたのだ。


 がががッ!

 ガシャンッッ!!!


 ダンプカー同士の衝突事故さながらの衝撃音だった。


 落下してきたのは『金網』だった。

 かつて猿飛とだるまクンがこの場で戦った時と同じ様な金網が、しかも今日の特設リングにぴったりのサイズで降ってきたのだ。



 会場を包む困惑と混乱のどよめき。

「さあて、凛子。邪魔者は去るとしよう」

 乱子が鳥山婦長に手を差し伸べた。そして俺を見てニヤリと笑んだ。

「さっさと上がってこい、総国」

「……え、ちょ、ま」


 戸惑う俺を無視し、どこからともなく現れた有仁子の下僕数人が俺を取り囲んだ。

「お、おい、何をする気だお前ら……!」

「失礼しますッ!!」

 屈強な男達は米俵でも担ぐ様に俺を軽々と持ち上げ、あっという間にリングへと移動。

 俺は抵抗する暇もなく金網の中へと放り込まれてしまった。


 そんな俺を助けようとしたのか、鳥山婦長が立ち上がったがそれを乱子がそっと手をかざして優しく制した。

「乱子……あなたは一体何をしようと言うの?」

 鳥山婦長の問い掛けに、乱子は微笑んで答えた。

「愛子を救うのさ」


 思い当たる事があるのか、婦長はぐっと息を飲んだ。しかし、その迷いは表情からして明らかだ。

「……総国様を危険な目に合わせる訳にはいかないわ」

「危険な目? 本当にそう思うか?」

「だからと言って、総国様の――」


 婦長の言葉を待たず、俺は立ち上がった。

 婦長の視線は俺に向き、俺も婦長を見詰めた。

 その視線に何かを感じ取った婦長は何事かを言いかけたが、俺はそれを待たなかった。

「もういいんだ。ありがとう、鳥山婦長」


 俺は呼吸を整え、乱子の前に立った。

「腹をくくった様だな、総国。良い顔だ」

 満足そうな乱子。俺は檻の中で凄まじい殺気を放つだるまクンをちらりと見やって言った。


「……猿飛おまえに倒された後、だるまクンは収容先の病院を抜け出して行方を眩ました。俺は犬飼にだるまクンの行方を探らせたが結局分からずじまいだった。どうやって彼の居所を割り出したんだ? 乱子」

「ああ、だるまはラスベガスに居たよ。あの後すぐに旧知の裏家業のでラスベガスに渡り、現地のここによく似た地下闘技場で私に復讐するべく雑魚相手に経験値を稼いでいたそうだ」


 俺は一呼吸置き、金網に視線を投げた。

「……この金網は何だ? お前の合図で降ってきたぞ。しかも今日のリングのサイズでた。有仁子は知っていたのか?」


 俺の問いに、乱子は視線を逸らせた。その先には有仁子が居た。

「……あたしも知らねぇよ。金網は要らねーって言っといた筈だ。どういうこったよ、愛子……いや、乱子ちゃん」


 有仁子の顔が真剣だった。

 というより、真剣にならざるを得ないのだ。

 それは俺も同じだった。

 有仁子もいたのだ。

 しかし乱子は涼しい顔だった。


「私の古くからの友人に世界規模の大富豪が居てな。そいつときたら喧嘩も強い上に気前も良い。かつて拳と拳で語り合った仲なんだよ。そいつに相談したらだるまもすぐに見つけてくれたし、金網も用意してくれた。この仕掛けも全ての御膳立てなんだよ。本当に持つべきものは友だよなぁ」



 有仁子の顔が青い。

 俺も同じように血の気が引く思いだったが、この事態を予想しなかった訳ではない。


 尤も、その予想にたどり着いたのはほんの1分ほど前なのだが。


「その、大富豪の友人とは……」

 あまりの緊張で続く言葉が喉につっかえたが、もう俺に逃げ場は無い。

 だから俺は覚悟と共にを口にした。

「父だな」


 その答えに乱子は口角を吊り上げた。

 心底愉快そうな、乱子らしい笑顔だった。

「いかにも。泣く子も黙る御大尽・『金沼超越郎』だよ」


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