第63話 なぁ……ウチら3人のうち、誰を選ぶん?(注・関西訛で甘ったるく脳内再生して下さい)
猿飛愛子の
人懐っこくて奔放な恋子。
尊大で荒唐無稽な乱子。
地味で引っ込み思案だが芯の強い、俺のよく知る愛子。
本当の猿飛はどれなんだ。
本当の猿飛は誰なんだ?
本物の猿飛は……。
「愛子だよ。愛子に決まってんじゃん 」
馬鹿でかいパフェをもりもりと頬張りながら恋子は言った。
「猿飛愛子は猿飛愛子だけのもの。
恋子は俺の心を見透かしたかのようにそう言うのだ。
軽く状況説明をしておこう。
ここは強敵之会会場内にあるVIPフロアのレストランだ。
百万円単位で賭けをする超上客のみが案内されるこのVIPフロアは試合の観戦や投票はもちろん、フロア内のレストランで食事もできるしバーで酒を飲むこともできる。
天然温泉も完備なので汗を流すことだってマッサージだって垢擦りだってできる。まさにVIPを絵に描いたような場所なのである。
ここが『有仁子ランド』に飲み込まれていなかったのはまさに不幸中の幸いだった。
そのVIPレストランの一角に集合した俺、有仁子、犬飼、鳥山婦長、そして猿飛。
ここに来たのは猿飛の『甘いものが食べたい』というリクエストを受けての事なのだが、もう一つ大事な目的があった。
『猿飛愛子の真相』について、猿飛本人(とはいえ恋子だが)がそれを打ち明けるというからだった。
「……ま、勘繰りたくなる気持ちも分かるよ。でもあたしも乱子も愛子の別人格だけど、言ってみれば愛子の一部に過ぎないのよね。だから別に愛子に成り代わろうとか思ってないし、むしろ愛子を応援してるんだよ。ちなみにあたし達はみんなそれぞれ別個だけど、それぞれを意識してるよ。3人でルームシェアしてる感じかな。だから基本入れ替わりも自由に出来るんだ」
恋子の解説にその場の全員が理解に苦しんでいるようで、誰も何も言わなかった。
唯一俺は「実に興味深い」といかにも賢者のような事を言ってみたがそれは単にこんな時こそ寄生獣のミギーっぽい台詞を言ってみたかっただけであって、恋子の話の内容は全くもって理解不能だった。
「……簡単に言うとね、愛子は自分の強さと喧嘩好きがコンプレックスなんだよ。自己嫌悪といっても良いくらいにね」
恋子の台詞に皆が驚いた。
特に自己嫌悪だなんて、俺は
「愛子はね、本当に純粋に戦うことが好きなのよ。登山家が敢えて険しい山に登るみたいに、自分を試したいとか挑戦したいって気持ちで戦ってる。部活の試合でさ、勝ちたいって気持ちあるじゃん? あんな感じだよ」
俺は万年帰宅部なのでその気持ちに思いが至らないが、学生時代はかなりのリア充だったと伝え聞く犬飼は同感するように何度も頷いていた。が、一寸間を置いて彼は不可思議そうに言った。
「しかし猿飛様。その純粋なお気持ちが何故自己嫌悪やコンプレックスといったネガティブな感情に結びつくのでしょうか」
犬飼の質問に、恋子はおかわりのチョコサンデーを注文してから続けた。
「それは愛子の性格のせいだね。愛子は『普通の女の子』でありたいのよ。普通にお洒落したり普通に友達と遊んだり普通に勉強したりして……でも、普通の女の子は地下闘技場で戦ってハイになったりしないでしょ。その理想と現実のギャップはあの子なりに重かったみたいで、その精神的苦痛から逃げ出すために
恋子がひとしきり話終えると皆が黙ってしまった。
なんと言うか、思ったよりヘビーな内容だったのだ。
猿飛が単なる
皆が黙っていたのはその話の内容もさることながら、猿飛の事を慮っていたからにほかならないだろう。
このまま多重人格を抱えていたとしたら猿飛愛子はどうなってしまうのか……少なくともハッピーな結末にはなり得ない。そんな不安を皆が感じていたのだ。
暫しの沈黙。その沈黙を破ったのは意外にも鳥山婦長だった。
「恋子さん。あなたの存在は理解できなくもありません。愛子さんの戦闘欲求の代償としての代替人格が貴女というのであれば……しかしそうであればこそ、乱子さんの存在に説明がつきません。というより、乱子さんの必要性を感じないのですが」
何処と無く険のある言い方だった。
婦長らしくないと感じたのは俺だけではなかったようで、犬飼も有仁子までもが表情を固くしていた。
恋子もスプーンを止めて婦長を見つめていた。
「……かもね。その辺のことは乱子が直接話したほうがいいと思う。そもそも、愛子のケンカ好きも乱子が原因っちゃあ原因だから」
乱子が原因?
俺はその一言が引っ掛かったが、それを察した恋子は右手を俺に軽くかざして言った。
「乱子が『私に話をさせろ』ってさ」
次の瞬間、空気が変わった。
なんと言うか……別の人間が突然現れたような、明らかな変化があったのだ。
その変化の発信源は間違い無く恋子だった。一見すると変わっていないが、目付きや表情がやや引き締まって見える。
既に、そこに居るのは愛子でも恋子でもなかった。
「……なかなか辛辣な物言いだな。『鳥山さん』」
声色も違う。口調も違う。
これは『乱子』だと、俺は直感した。
ここまで明らかな人格切替を目の当たりにした犬飼と有仁子は信じられない様子で、有仁子に至っては信じられなさすぎて半笑いだったが、鳥山婦長は真剣な表情を崩さず乱子を正視したままだった。
「……『乱子さん』、ですね」
鳥山婦長の問い掛けに乱子は小さく頷いた。
「……
乱子は再びスプーンを動かしチョコサンデーを頬張り始めたが、恋子の所作よりも格段に上品だった。
「確かに、鳥山さんが言うように恋子が愛子の
「自覚がおありなのですね。それなのに何故、貴女はここにいるのですか?」
鳥山婦長の語気が荒いというか、冷たい。
(なんでこんなに冷たい物言いをするんだ? 婦長らしくない……)
そのせいでなんだか居づらい雰囲気だが、ここで席を立つわけにはいくまい。
それでも乱子は涼しい顔でチョコサンデーをその小さな口に運んでいた。
「それでも私は愛子の一部だからな。欠けるわけにはいくまいよ」
「一部? それは本当に欠くべからざる一部なのですか?」
妙な
「そうだな。
「愛子さんの記憶? ……どのような?」
「大きく別けてふたつある。ひとつは大いなる記憶だ」
「……大いなる記憶?」
「そうだ。しかし、これは説明が難しい。聡明な鳥山さんはいざ知らず、今ここで長々と説明をしても理解するのは難しいだろう。だからそこは省きたいが……良いか? 総国」
そう言って乱子は俺を見た。つーか俺を見んな。
こちとらお前の『鳥山婦長をなんか小馬鹿にしてるっぽい言い回しに』肝が冷え冷えなのだ。
「あ、ああ。俺は構わないが……」
徐々に目が
(なんでこのふたりはこんなにも剣呑なんだ??)
俺だけではなく有仁子も犬飼もその空気を肌で感じているようで表情が固い。
そんな事はお構い無しに、乱子は続けた。
「では話を戻すが、先程の話の『もうひとつの記憶』……それは彼女自身が抑圧し、封印をしたある種のトラウマだ」
「トラウマ?」と、俺は思わず口を挟んでしまった。予想し得なかった言葉だったのだ。
「……すまん、続けてくれ」
俺が詫びると、乱子は頷き再び語り出す。
「だからわたしは普段、前へは出ない。出ないようにしている。だが時として強制的に叩き出されることもある。愛子の意識に混ざることもある。これが最も彼女に影響しているのだろう。……わたしはそういうモノなのだ」
そう話を結んだ乱子だったが、誰ひとり理解している者は居なかっただろう。
俺はチラチラと有仁子と犬飼の様子を伺い、ふたりとも「???」という表情をしていたので『よかったぁ〜俺だけじゃなかったぁ〜』と胸を撫で下ろしたが、鳥山婦長は違った。
婦長は眼光をさらに鋭くし、乱子に噛み付くように言い放った。
「乱子さん。何を仰っているのか意味が分かりません。よもや、わざと難解な話をして私の質問を曖昧にしようとしていませんか?」
婦長の物言いは刺々しくて、聞いているこっちが心配になってくるほどだった。
喧嘩になりでもしたらどうしよう……そんな俺の心配をよそに、乱子はやはり全く意に介さない様子だった。
「まさかまさか。そんなつもりは毛頭無い。単にわたしの説明が下手なだけさ」
「では、簡単で結構です。一言でも構いません。あなたは一体何なのですか?」
「一言で、か……」
それはそれで余計難しくない? と思ったが、乱子は『うむ』と唸って数秒間思案するような仕草を見せてから答えた。
「……『思い出』、かな」
「……」
鳥山婦長は何も言わなかった。
そして、不意に沈黙が訪れた。
それはとてもとても居心地の悪い沈黙だった。
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