第45話 生きとったんかワレ!!

 狂獣・有仁子は予想外の事態に焦っていた。


 理由は3つ。


 ひとつはどさくさに紛れてゴールドメンバーズに俺を暗殺させようとしたが、猿飛の機転と行動により失敗したこと。


 だが、それはさしたる問題ではなかった。


 大きな要因は残りのふたつ。

 猿飛が予想以上に強かった事と、事にあった。


 俺が強敵之会会場に着いたのは恋子と別れておよそ10分後。

 その10分の間に事態は急変していた。



 ゴールドメンバーズは当初、遊び半分でこの仕事を引き受けたのだという。

 なにせ目的はたったひとりの女子高生の制圧。


 いかにだるまクンを下した実力者とは言え、である。


 例え地下の王者と誰もが認めただるまクンでも戦場リアルでは素人に過ぎず、事実ゴールドメンバーズは彼の事を擬似真剣勝負おままごとで虚勢を張る井の中の蛙と嘲笑していた。


 そんなゴールドメンバーズが猿飛を嘗めてかかるのは当然だったのだ。



 突入と同時に決着しなかったのは想定内だったが、すぐに片付くと誰もが思っていた。

 せいぜい10分もあれば向こうから降伏してくるだろうとゴールドメンバーズはたかを括っていたという。


 だから、彼らは10分間で仲間の大半を失うなんて想定どころか、想像もしなかったに違いない。



 強敵之会会場には何台ものモニターと音響装置が設置され、『ゴールドメンバーズVS猿飛愛子』の戦いが臨場感溢れる映像と演出で生中継されていた。


 メンバーズのゴーグルに装着されたカメラはまるで自分が戦場に立っているかのような迫力で戦闘を実況し、360°に展開されたスピーカーはここが地下の会場であることを忘れさせた。

 観客達は自分もゴールドメンバーズの一員となって猿飛を相手取って戦っている仮想戦闘に酔いしれていたのだ。


 そんな状況だからこそ、猿飛の強さが一層際立ったに違いない。


 突然視界に現れた猿飛は目にも止まらぬ速さでメンバーズを投げ飛ばし、絞め落とし、捕縛し、撃破していった。


 傍観者である観客ですら認識できない猿飛の挙動を、メンバーズはどこまで把握出来たのだろうか。


 ドミノのように仲間が倒されていくストレスは百戦錬磨の傭兵集団を苛立たせ、たったひとりの少女シロウトに大の大人プロが束になっても敵わない波乱は観客を沸かた。


 つい先程7人目のゴールドメンバーズが倒され、猿飛は8人目を追っている状況だった。



『な、なんなんだあのガキ……俺たち相手に楽しんでやがる……!』

 そこかしこに仕掛けられているマイクが、8人目の犠牲者メンバーズの声を拾った。


 その声は屈強な傭兵のものとは程遠く、掠れて痩せ細っていた。

 彼の声色からその不安が手に取るように伝わってくる。

 彼は猿飛に追い詰められ、文字通り逃げ場を失っていたのだ。

『滅茶苦茶だ……チャンやグレッグまでやられて……次々と仲間が……あんなガキに……こんなの、こんなの聞いてな……うぎゃああっ!』


 突然の断末魔。

 直後、そのメンバーズのカメラがノイズと共に倒れ、素早くその場を離脱する猿飛の背中を映した。


 またひとり、メンバーズが倒されたのだ。



 わずか10分の間にゴールドメンバーズ8名が戦闘不能。

 誰も想像し得ない事態だった。


 だから9人目のメンバーズには鬼気迫るものがあった。

 いくら強かろうと、たかが子供にプロフェッショナルとしてのプライドを踏みにじられた怒りと、仲間の無念を晴らすという義憤が彼を突き動かし、猿飛に対して一対一の決闘を挑むという観客好みの行動をとったのだ。



「……猿飛愛子。で勝負しないか」


 9人目の彼が物陰から猿飛に呼びかける。

 多国籍軍であるゴールドメンバーズだが、言葉からして彼は日本人だった。


「……」

 一寸の沈黙の後、猿飛も警戒しているのか物陰に潜んだまま返した。


「いいけど、ホントに一対一? ゴールドメンバーズって全部で10人なんでしょ? ここまで8人倒したから、あと2人……嘘ついてめる気ぃ?」

 その挑発的な口調から猿飛は恋子に入れ替わったままのようだ。

 だがそんな事を知る由もないは別段構うこともなく、ゆっくりと姿を現し、答えた。


「確かに10人だが、『隊長』はここにはいない。お前のような子供は俺たちで十分だと言われてな」

「ふーん、じゃあここにいるのは9人って事ね。つーかさぁ、その隊長さんに後でめっちゃ怒られるんじゃない? あたしひとりに全滅ってダサすぎだしぃ」


 そう挑発する恋子に対し、9人目の彼は全く動じる事もなく静かに答えた。

「全滅? まだ終わっていない。俺がいる」

「かぁっこいい~!」


 そして恋子も彼の前に姿を現した。


 決戦の場は猿飛家の庭だった。

 カメラとマイクが庭先に集中し、突然訪れた一対一の勝負に観客は沸いた。


 ついに恋子と対峙した彼は堂々とした態度で名乗った。

「ゴールドメンバーズ副隊長、熊谷くまがいだ」

 熊谷と名乗った男は装備品のマスクをとり、素顔を晒した。


 その印象から、歳で言えば30代後半か。

 無造作に伸ばした髪と、渋みのある掘りの深い顔。

 その屈強を絵に描いた様な眼光鋭い面構えから、彼が歴戦の勇士であることが見て取れる。


 一方、恋子は今日は最初から素顔なので素顔晒し対決とはならなかったが、その満面の笑みは状況からして見る者によっては仮面のように見えなくもなかったという。



 俺は会場に到着するなり有仁子が居るという関係者控室へ直行した。

 例え猿飛恋子がだるまクンを倒した強者とはいえ、ゴールドメンバーズをぶつけるだなんていくらなんでもやり過ぎだとあの馬鹿姉を叱るついでに適当な理由をこじつけて罵ってやりたかったし、状況の把握もしたい。


 だから俺は会場入りしてから脇目も振らずに有仁子のアホの居る司令室を目指したが、嫌でも視界に入る馬鹿でかいモニターに写し出された熊谷の顔に足を止め、彼の台詞に思考を一発で奪われてしまった。


だと? 今は熊谷おまえがゴールドメンバーズの隊長じゃないのか?)


 俺の記憶では熊谷かれがゴールドメンバーズを率いているはずだ。

 『現状』、というのもとある事情から3ヶ月ほど前から熊谷は臨時の隊長だった。


つまり、それより前は別の男があの戦闘集団を束ねていたということだ。


 その別の男。すなわち正規の隊長であるその男は、ある作戦中に敵側の罠に嵌まって原子力潜水艦に閉じ込められたまま日本海溝の奥底へと沈められてしまっていた。

 もちろん我々も手は尽くしたが、救出困難につき彼は死亡と断定されたという経緯がある。


 それ以来熊谷がゴールドメンバーズのトップとして最前線に立っていたのだが、熊谷かれはあくまでも自分は隊長代理であるという立場を主張し続けていた。


 熊谷は信じていたのだ。

『あの男』は必ず生還すると。


 そんな熊谷が隊長と呼ぶ人物は、この世にひとりしかいない。


(……まさか!)

 人生には3つの坂があるという。

 上り坂、下り坂、真逆まさかである。


 そして先程の熊谷の台詞。

『お前たちで十分だと……』


 言われた、という事はつまり……!


 猿飛と出会ってからというもの真逆まさかの連続で退屈しない。

 ただ、もう少し穏やかな坂であれば尚良いのだが。



 ようやく有仁子が居る司令室までやって来た俺は部屋の前で深く呼吸し、精神を落ち着けた。

 ドアの向こうには出来ることなら会いたくない奴が確実にいて、それは恐らく居るのだ。

 それなりの覚悟が必要だろう。


 確実に居るのは有仁子のクソアホだ。

 そして、俺の『まさか』が当たっているのなら、が居るはずだ。


「……有仁子!  総国だ!! 入るぞ!!」

 俺は意を決して司令室のドアを開け、案の定戦慄した。


 有仁子は今まで見たことが無いほど神妙な面持ちで、部屋の真ん中に置かれたソファーに腰を下ろしていた。


 それとは対照的に、悠然とした表情で有仁子の正面に腰を下ろす『あの男』がそこにいた。


 の、あの男だ。


 その男は痩せ細ったと表現しても差し支えの無い体つきでありながら、かなりの長身だった。

 加えて爬虫類を思わせる面持ちと、軍隊の将校そのものの服装。

 そしてそれを彩る数々の勲章。


 ……全く変わっていない。

 まるで蛇の様なその男は、これまでと何ひとつ変わってはいなかった。


「生きていたのか、蛇乃目じゃのめ隊長……」

 俺が呼び掛けると、その男は外見からは想像もできない穏やかな笑みと、見た目通りの細い声で応えた。

「お久しぶりですね、総国坊っちゃん」


 そう言って、その男……蛇乃目じゃのめ  ひょうは笑った。


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