第46話 スネーク……スネエエークッッ!!

 蛇乃目じゃのめ ひょう


 身長200cm、体重60kgという非常にアンバランスな体格は見る者を不安にさせる。


 肉体派とは程遠い病的な外見ゆえか、知略に長けた軍師といった印象を持たれがちな彼だが実際はその正反対だ。

 もちろん頭も切れるが、戦闘能力はさらに切れる。そのため間違った認識で彼に挑み、頭から喰われる者が後を立たなかった。


 まさに毒蛇の如き危険性を持つ男。それがこのゴールドメンバーズ隊長・蛇之目 兵だ。


 そんな背景もあり、蛇乃目には近寄りがたいオーラと言うか不気味ながあった。


 職業柄、立場上、意図的にそうしているのだろうが、いずれにしても俺はそれが非常に苦手だった。

 そもそも、俺はこの男の存在自体が苦手というか、普通に嫌いだった。



「……有仁子、お前は蛇乃目が生きていると知っていたのか? 」

 俺が掠れそうな声を絞り出すように訊くと、有仁子は苛立ちを隠そうともせずに吐き捨てた。

「ンなわけねーだろ。知ってたらゴールドメンバーズなんか呼ぶか阿呆」


 それを聞いて、蛇乃目はニヤリと口元を吊り上げた。

 相変わらず不気味な笑い方をする。


「褒め言葉と受け取っておきましょう。お嬢様」

 ククク、と声を漏らす蛇乃目。

 こんな奇妙な笑い方が許されるのは福本漫画の悪役か蛇乃目ぐらいのものだろう。

「ところで坊っちゃん。お嬢様もそうですが、私が生きているのがそんなに不思議ですか?」

 蛇乃目がニヤついたままで俺達に問う。

 挑発するような、嘲るような、極めて不愉快な表情だ。


 だから俺はその不愉快を隠すこと無く蛇之目に言い放った。

「原潜ごと海底に沈められたはずの男が目の前にいることに疑問を持たないほど俺は豪気じゃないんでね。しかし、よく生きていたな」

「ククク、本当に酷い目に遭いました……潜水艦からは沈められてすぐに脱出していましたが、それでも水深200メートルからの脱出でしたからね。久しぶりに肝を冷やしましたよ」


 そんな事を言いつつも、蛇之目は不気味に笑っている。

 それは余裕の表れだ。

 彼にとっては素潜り程度の出来事だったのだろう。


「……なぜ生きていることを黙っていた?」

「何かと仕事がしやすいと思いましてね。つまり、敵を欺くにはまず味方から。ただ、だけにはお伝えしてありましたがね」

「父にだけか。道理で父がメンバー補充をせず、お前の後釜に熊谷を据えたままにしていた訳だ。他のメンバーや熊谷にはいつ生存を報せたんだ?」

「つい3時間ほど前に。とはいえ、誰も私が死んだなどと信じている者はいませんでしたがね」

「……成程な、そういう事だったか……」


 俺は全てを悟った三国志最強の軍師・諸葛亮孔明の如く静かに目を閉じ、軽く頷きながらいかにも賢者を装っていたが本当はなにがなんだかどうしたものかさっぱり分からなかったし、許されるのならMMRのメンバーのように絶叫したい気分だった。

 そうしたらキバヤシが出てきて色々と詳しく解説してくれないかと期待したが、出てきたのは犬飼だった。

「総国様、少々よろしいですか?」


 どこからともなく現れた犬飼も有仁子同様、神妙な顔をしている。

「……何かあったのか?」

 場の空気が物語る、嫌な予感。

 犬飼が一瞬、蛇乃目の方向に目線を向けたので少なくともハッピーな話ではない事は確実だろう。

 犬飼は極力声のトーンを落として続けた。

「猿飛様の事なのですが……」


 犬飼が話し始めた直後だった。

「ところでお嬢様。先程の件ですがご了承いただけますね?」


 蛇乃目が一際大きな声を上げた。

 犬飼を威嚇し、制する様なタイミングは明らかに俺たちを意識している。実際、蛇乃目はその細い糸のような目を俺に向けていた。


 なんて不愉快な目をしているんだあの男は。

 俺が寒気すら感じていると、その視線の先に居る有仁子の様子がおかしい事に気が付き、胸がざわついた。

(……有仁子?)


 有仁子は普段の無遠慮なクズっぷりが嘘のように押し黙り、苦虫を噛み潰したような顔をしていたのだ。


 蛇乃目はククク、と笑みを浮かべ、

「何も仰らないという事は『了承の意思表示』と捉えますが、宜しいですか?」

 そんな事を言いつつ、彼はおもむろに胸ポケットから細い葉巻を取り出して火をつけた。


 本来なら一言断りを入れるのがマナーというものだが、誰も彼を注意しなかった。

 いや、できないのだ。

 その場の誰もが蛇乃目を恐れていた。


 この男に至っては危険度が桁違いであることを皆が認識している。俺も正直、蛇乃目とは関わり合いたくない。あの有仁子だってそうだろう。


 その有仁子は蛇乃目の質問に対して依然として沈黙したままだった。

 あの浅慮極まる馬鹿姉がだんまりとは、一体どういった内容の話なのだろうか……。


 俺は少しでも情報を得ようと目を凝らしたが、突如眼前に煙が立ち込めたので瞼を固く閉じた。

 しかし、その煙そのものまでは防ぐ事が出来ず、俺はむせ込んでしまった。


(くっ……! この匂いは……)


 そのバニラのような独特な甘い香りの煙は、蛇乃目の愛飲している葉巻のそれだ。

 蛇乃目はあろうことかこの俺に向かって葉巻の紫煙を吹きかけたのだ。

「ああそうだ。総国坊っちゃんも無関係ではありませんね。改めてご説明いたしましょう。私から、直接ね」


 近い将来確実に日本の実権を握って握って握りまくるこの俺様に対してこの無礼。

 例えそうでなくても人の顔に紫煙を吹きかけるなんて非常識にも程があるが、俺は自分の憤りよりも隣にいた犬飼が蛇乃目に食って掛かりそうなのを抑える事で精一杯だった。


(犬飼、気にするな)

 右手を添える様にして犬飼を制し、目配せをした。

 犬飼は不服そうだが、彼もまた蛇乃目の恐ろしさを知っている。

(……しかし!)

(命令だ)

(……了解致しました)


 犬飼から殺気が消えていくのを確認して俺はほっとした。

 今ここで騒ぎを起こす意味もなければ、血を流す必要もない。今は情報を得ることが最優先である。


「蛇乃目、説明とは何の事だ?」

 俺が促すと、蛇乃目は部屋のモニターに映し出された猿飛を指差して言った。

「彼女に償って頂く」

「……どういう意味だ?」

「我々に敵対するという事がどういう事か、その身をもって理解してもらおうかと」

「分かるように言え蛇乃目。何を考えている」


 俺の問いに、蛇乃目の薄気味悪い笑顔が一際不吉に歪んだ。

「この作戦、成功の折はあの娘を頂戴致します」

「……なに?」

「そして私が直々に調教を施し、立派な兵士に育て直すと言っているのですよ、


 そう言うと、その薄い唇を湿らす様に彼の長すぎる舌がべろりと顔を覗かせた。


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