第43話 俺はお前の事が

 俺と猿飛は狭いトンネルをゆっくりと進む。彼女の話では公園の前の道路辺りに出るそうだ。


「……なあ猿飛」

「恋子だよ」

「……」


 口調が違う。表情が違う。雰囲気が違う。

 猿飛が事には気がついていた。


「……お前が恋子だとして、なんで入れ替わった?」

「愛子が思いっきり蹴っ飛ばしたのにあの人たち平気だったもん。クリーンヒットしてたからKO出来たと思ったけどダメだったから、あたしが出たの。愛子は投げ技とか関節技とか苦手だからね」


 猿飛……いや、『恋子』は苦笑いでそう言う。

 その表情かおも、話し方も声の質さえも違って聞こえる。

 やはり猿飛は二重人格なのか……?



「……わかった、恋子。お前は恋子だ」

「ん? ようやく信じてくれた?」

「とりあえずだ。とりあえず信じる」

「それでもいいよ。嬉しいな」

 頭から鵜呑みには出来ないが、俺の中で猿飛と恋子の違いは確かなモノになりつつある。だが、俺は医者じゃないし考えても答えなんて出そうにない。今は自分の直感を信じよう。


「ところで総国くん、これって有仁子さんの仕業だよね」

 暗がりの中、恋子が耳元で囁く。

「うわっ!? お前、近いっ!」

「あはは、いい反応〜! そくぞくっとしたぁ?」

 ケラケラと楽しそうな恋子。

 緊張感の全くないこの様子は余裕なのか何なのか、彼女の思考がよくわからない。


「……有仁子の仕業? なんでそう思う?」

「なんとなく。勘だけど」

「良い勘だよ。というより、有仁子以外には考えられない」

「どういう事?」

「今夜の対戦相手がインフルエンザだのなんだのというのは全部有仁子の嘘だ。あいつは俺とお前が会場にいる間にこの家に忍び込みんで隠しカメラやマイクを仕込んだんだよ。このカメラが証拠だ。花瓶の中にセットされていた」


 俺は逃げる途中に花瓶の中から飛び出ていたCCDカメラを拾っていたのだ。

 それを恋子に見せると、恋子はぷっと吹き出した。


「なんで? なんでそんな事するの?」

「強敵之会会場にお前の家の中の様子を生中継するためだ。今夜の相手は最初からあのだったってことだよ」

「えぇ〜? 根拠はあるの?」

「あの連中は『ゴールドメンバーズ』と呼ばれる金沼家お抱えの傭兵部隊なんだよ。それに突入の際に奴等は目眩ましは使ったが催涙ガスや煙幕の類いは使わなかった。それは中継を見ている観客への配慮に違いない。何も見えない状況では生中継の意味がないからな。有仁子は馬鹿の癖に神経質だから、そういう所には気が回るんだ」

「あはは、傭兵部隊? さすがに冗談でしょ?」


 恋子は可笑しそうに笑っているが、俺はとても笑っていられる気分ではなかった。 


「冗談なものか。さっきのふたりに猿飛おまえの蹴りが効かなかったのは奴等そのものの強さもあるが、装備の力も大きい。あいつらの装備は武器も防具も超一流品で固められているんだ。日頃の訓練だって半端じゃない。奴等は本物の職業軍人なんだよ」


 俺は真剣にゴールドメンバーズの恐ろしさを説明したつもりだったが、説明すればするほど恋子は腹を抱えて笑っていた。

 俺はもうとことん呆れた。


「笑い事か。とんでもないことに巻き込まれたんだぞ。お前は……」

「あはは、だってすごくない? あたしひとりに10人の特殊部隊ってマンガみたいじゃん」

「お前の存在自体がマンガみたいなもんだろ」

「でも、それ言うなら総国くんもだよ」

「……返す言葉もないな」


 そうこうしているうちにトンネルは行き止まりに到着した。

 その壁には梯子はしごがかかっていて、かなり上まで延びている。

 恋子の話によると、この梯子を上っていけば公園の真ん前に出るそうだ。


「よし、じゃあさっさと行こう」

 俺が梯子を指差しそう言うと、恋子はぶんぶんと首を横に振った。

「うーん、あたしはいいや」



 は?



 俺は我が耳を疑った。


「い、いいやって……お前なぁ。まさか戻ってあいつらとやりあうのか?」

 予想していた事だが、だからと言って看過もできまい。

 何せ今回ばかりは相手が相手だ。


 しかし、恋子は全く怯む様子もなく、むしろ目を輝かせていた。


「うん。だってこんなチャンス2度とないよ。10人の傭兵部隊と戦うなんて、面白すぎだよ」

「面白くもなんともない。あいつらは金で雇われたプロだぞ。しかもそれを動かしているのは有仁子だ。もしもの時は怪我じゃすまないぞ?」

「いいもん。総国くんがなんと言おうとあたし、やるからね」

「……俺はお前の強さをよくわかっているつもりだ。だるまクンを倒したのもまぐれや奇跡ではなく、お前の実力だと思っている」

「ならいいじゃん。あたしは負けないよ。多分勝てるし」

「そうじゃない! 俺はそんな事を言っているんじゃない!!」


 思わず大きな声が出てしまった。

 自分でも何故大声を張ったのかわからないが、自分が妙に昂っている実感ははっきりとあった。

 俺はなんだかばつが悪くて、思わず口ごもってしまった。


「か、勝つとか負けるとかじゃない……」

 狭い空間の割りに今の大声は大して響かなかったが、恋子を苛立たせるには十分だった。

「じゃあなんなの?」

「なにと言われても……自分でもよくわからない」

「はあ? なにそれ。うざっ」


 恋子は不愉快そうに吐き捨てた。

 ならしないような顔で、恋子は俺をなじり始めた。


「だいたい総国くんはいつも勝手なんだよ。だるまクンの時だってやるなやるな言っといて、最後は『勝って良かったねめでたしめでたし』だったじゃんか。それなのに今更勝ち負け関係ないとか矛盾してない?  言っとくけどあたしも愛子も別に総国くんの謹慎とかどうでもいいんだよ。強い人とバトれればそれでいいの。だからホントもう黙っててくんないかな」


 恋子はずいずいと俺に詰め寄り、なにも言い返せない俺はずりずりと後退。

 自分よりずっと小さな恋子に後ろへ後ろへと追いやられ、気がついたら例の梯子が背中にぶつかるまで押し切られていた。


 そんな俺を情けないと思ったのだろう。

 恋子は小さな溜め息を吐き、これでとどめだと言わんばかりに呟いた。

「……なんか言うことないの?」


 恋子が俺に言ったことは全て正しく、つまり俺は只の身勝手な男である。

 自分でも感じていた矛盾を当の本人になじられた俺はガラスのハートを滅多打ちにされたせいで完全に戦意を喪失。

 お陰様でノーガードとなった俺の心は自らの心のうちを隠すこともなく吐露したのであった。


「俺は、お前の事が好きなんだと思う」



「……はぁ!?」



 不意を突かれたのか、恋子の間の抜けた声がトンネル内に弱々しく反響していた。


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