第42話 気分はもう戦争

 この爆発に殺傷能力は無い。 

 俺は瞬間的にそれを察知し、そして理解していた。


 あの黒い物体が『閃光手榴弾せんこうしゅりゅうだん』であることを思い出したからだ。


 閃光手榴弾。

『フラッシュバン』とも呼ばれるそれは、凄まじい音と光で敵を無力化するである。


 これは戦場はもちろん対テロリストや暴徒鎮圧、凶悪犯確保など幅広く使用される『武器』だが、投げ込まれた物体はまさにそれで、爆発と同時に俺は視覚と聴覚の麻痺を余儀なくされた。


 だが、寸前でそれが閃光手榴弾だと認識できた事と父との厳しい市街戦を想定した戦闘訓練の経験があったので、俺はすぐさま防御態勢をとり、感覚の麻痺はごく軽微に抑えられ無力化は免れた。


 固く目を閉じ、耳を塞いでいてもかなりの衝撃だったが、意識もはっきりしているし損傷も無い。

 一体何が起きたかわからないが、今は猿飛の安否を確認せねば。

 しかし、防御していたとはいえ視覚は一時的な機能不全に陥っている。

 現状、目視は不可能と判断した俺は声を張った。


「おい! 無事か猿飛……っ!?」

 呼び掛けと同時に俺をめがけて小さな足が綺麗に揃えられてすっ飛んできた。

 なんでいきなりドロップキック??


「痛ったあああぅッ!?」

 問答無用で蹴り飛ばされた俺は背後の押し入れに一直線。襖をぶち破って押し入れの奥の壁に背中を強打した。


「な、何すんだいきなり!? つーかお前、大丈夫なのか――!?」

 すると、今度は座布団が三連続で飛んできた。

「ぶわっ!? …… なんなんだよさっきから!!」

 座布団に埋もれたまま押し入れから這い出ようとした、その瞬間だった。


「Freeze!」

「Don't move!」


 小銃を構えた特殊部隊の様な男が2名、部屋へと入ってきたのだ!


 依然として視界が悪いが、そんな状況でも男たちの装備が明らかに平時のものではない事は一目瞭然で、さっきのフラッシュバンも彼らが投げ込んだものと推察するには十分な出で立ちだ。


 俺は咄嗟に身を屈め、猿飛が投げつけた座布団に埋もれて息を潜めた。


 ……なんなんだあいつらは!? 外国人か?? 来る場所間違えてんじゃないのか?


 と、文句のひとつでも言ってやりたかったが、彼らの戦闘服の腕に見覚えのあるマークを見つけて吐きそうになった。

(あれは『ゴールドメンバーズ』の部隊章!?)


『ゴールドメンバーズ』。

 正式には『金沼家特殊執行強襲部隊』という。

 一言で言えば、ゴールドメンバーズは金沼家お抱えのであり、完全な『戦闘要員』である。


 世界各国から選りすぐられた凄腕10名で構成される彼らは金沼家繁栄のために暗躍し、ここでは言えない様な荒事もこなすだ。


 その恐るべき実力故に裏社会ではその名を口にするのも憚る者も少なくないと聞く。


 彼らの装備は金に糸目をつけない最新・最強のもので揃えられ、戦闘服の腕にあしらわれた部隊章は七福神の恵比寿と大黒天が金糸で刺繍され商売繁盛・財福招来と大変縁起が良い。


 しかしその圧倒的戦闘能力を知る者にとって、くだんの部隊章は幸福と真逆の意味とされ、いつしか彼らは畏怖と畏敬を込め、……『ゴールドメンバーズ』と呼ばれるようになったのだ。



 何故、奴らがここにいる!?


 俺は息を潜めて様々な可能性を検証するが、彼らの足元に転がっている花瓶を見てはっとした。

 その花瓶は男達が突入の際に散らかした物のひとつなのだが、花瓶の中から小型のCCDカメラが顔を覗かせていたのだ。


 まさかと思い辺りを注意深く見回して見ると……あった。

 天井に見慣れない物体があったのだ。

(監視カメラか……)


 猿飛家の年季の入った天井には似つかわしくない、半球形の監視カメラが設置されていた。

 ここからでは確認できないが、きっとマイクもあるだろう。


 つまりだ……って、おい。

 おいおい猿飛?


 その監視カメラの近くで、猿飛が天井から顔だけ出してゴールドメンバーズを見下ろしていた。


 彼女はいつのまにか天井裏に移動していたらしく、その天井の板を一部分だけ外して侵入者2名の動向を見つめていたのだ。


(あいつまさか、やる気か!?)


 そして予想通り、天井にぽっかり空いた穴からふわりと飛び降りた猿飛。


 突然音もなく、羽のように舞い降りた彼女にゴールドメンバーズは僅かに動揺したものの冷静に銃口を向け……る前に、ふたりのうちのひとりが猿飛の上段廻し蹴りで吹っ飛ばされ、もう一人は後ろ廻し蹴りで吹っ飛ばされた。


 強烈でいて流れるような二連撃。

 さすがは猿飛……だが、ゴールドメンバーズもさすがだった。


 蹴り飛ばされたもののすぐさま態勢を整え、銃を構えたのだ。

 それを見た猿飛は渋い顔で舌打ちし、

!! 」

 と意味のわからないことを叫んで俺の方に目をやった。

「総国くん!」


 猿飛は迷わず俺のところまで駆けつけ、座布団に埋もれた俺を引っ張り起こして叫んだ。

「行くよ!!」

「行くって、どこにだよ!?」

 次の瞬間、けたたましい銃声と共に一秒前まで俺が埋まっていた座布団が粉々に砕け散った。


 信じられないが……奴ら、撃ちやがった!!


「たあああっ!」

 気合一閃、猿飛は俺の手を一旦離すと、近くにいた方の男に飛びかかった。

 当然、男はそうはさせまいと銃を構えようとするが猿飛の方がずっと速く、鋭かった。


 あっという間に間合いを詰め、なんなく男に飛び付いた猿飛は両足を男の首に絡みつけ、そのままバク転するようにのけ反った。


 綺麗に完成した『フランケンシュタイナー』はしかも投げっぱなしで、男はぶん投げられた勢いで先程発砲した男に突っ込んだ。


「ぐわっ!?」


 鈍い唸り声と共にもつれあう屈強な男ふたり。

 それを見てガッツポーズを決めた猿飛は不敵な笑みを浮かべて俺に言った。

「さあ、行くよ総国くん!」

「だからどこに?!」

「ごめん間違えた! 逃げるの!!」


 猿飛は間髪入れずに俺の手を引き、再び走り出す。

 部屋を出るとやはりカメラと思われる見慣れない物体がそこかしこに取り付けられており、風防付きのガンマイクらしきものまであった。

(さっき感じた違和感の正体はこれか……!)


 会場から帰って来た時、それらにすぐに気がつかなかったのは余程上手く擬態させていたのか俺に余裕が無かったのか、とにかく不覚でしかない。



「いたぞ!!」

 背後から怒号が響く。

 先程とは別のゴールドメンバーズが俺達を発見し……迷わず発砲してきた!!


 ッッッ!!

 耳をつんざく銃声が鳴り響く!!


 つーか『実弾』なのか!?

 壁がビシビシ削れていく!!


「総国くん、目を閉じて!! 耳塞いで!!」

 何事かと猿飛の手元を見て驚いた。

 猿飛はすでにフラッシュバンのピンを抜いており、それをゴールドメンバーズに向けて投げつけたのだ。


 何でお前がそんな物持ってんだよ! ?

 まさかあのフランケンシュタイナーの時に掠め盗ったのか??

 足癖も手癖も悪い奴だ。


 !!!!!


 本日2度目の閃光と爆音!


 目を閉じているので今、何がどうなっているのかさっぱりだが、俺は猿飛に手を引かれてどこかにつれていかれている様だった。


(何でもいいが猿飛は耳とか目とか平気なのか? )

 そんな疑問もどうでもよくなるほど俺はなすがままされるがままで右へ行ったり左へ行ったり、しまいには思いっきりぶん投げられた。


「痛ってえ!!」

 まるで放り投げられた格好の俺。

 ゴロゴロと転がった感触は固く、屋外のそれであると推察するが真っ暗なのでなにも見えない。

(……ここはどこだ?)

 空気が妙にひんやりとした、静かな場所だった。


「ココならとりあえず安心だよ。それにしても、びっくりしたね」

 カチッという音がして、暗闇に猿飛の顔が照らし出された。

 彼女は懐中電灯でまず自分を照らしてにっこり笑い、次に辺りを照らした。


「ここは……地下室か?」

だよ。キッチンの床下収納を広げてあるんだ。いざというときのためにね。この先がトンネルになってて、外に繋がってるよ」

「トンネル? 一体何を想定しているんだ?」

「さぁ? むかーしお母さんから『災害の時の備え』だって聞いたことあるけど」

「災害? 核戦争の間違いじゃないのか?」

「そうだったかも。小学生の時の話だからよく覚えてないけど、今がまさにそのじゃない?」


 そんな事を言いつつ、この暗闇の中でも猿飛の笑顔は明るかった。

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