第41話 きょう何食べたい?

 鍵は掛けられていなかったのか?

 施錠は俺の見間違いか?


「……なあ猿飛。玄関の鍵、掛けたよな」

「は? なんで?」

「開いていた」

「ちゃんと掛けたよ」

「いや、しかし……」

「掛けたってば」


 ヤバい、早速イラつかせてしまった。


 思い違いや勘違いなど誰にでもあるだろう。そんなつまらない事を注意して状況を悪化させるなんて俺の馬鹿馬鹿っ!


「だ、だよな。掛けたよな、開いてたのは気のせいだなハハハ」

 乾いた笑いで誤魔化したものの、とにかく少しでも状況改善を図らねば。

 とりあえずコーヒーブレイク等で流れを整えるべく、俺ははやる心を抑えつつ家の中へと入った。


(……?)


 家に上がった瞬間、なんだか妙な感じがした。

 俺が歩みを止めると、背後から猿飛の冷たい声が背中を小突いた。

「早く上がってよ」

 吐き捨てるように急かす猿飛。

 急に立ち止まって物思いに耽っていた俺に大層イラついているご様子だ。

 腋汗がどんどん冷えていく。


「し、失礼」

 俺はかぶりを振った。

 とりあえず今は他のすべてを差し置いてもこの窮地を乗り越えねば!


(……???)

 それにしても、何か変な感じだ。

 ふと足元を見ると、玄関マットの向きがいつもと逆だった。

 格子柄なので分かりにくいが……まさか。

(空き巣でも入ったか?)


 であれば鍵が掛かっていなかった(開錠されていた?)事も説明がつく。


 だが、根本的な事だが外観からも分かるようにこの家に金目のものなど皆無だ。なので空き巣に入る意味がない。

 ……なにも盗らずに逃げたかのか?


 それとも、どこかに盗人が潜んでいるのか?


「……」

 しかし、人の気配は無い。


 だが、それとはまた別の違和感を感じる。

 なんというか、誰かに見られているような……。

(不気味だな。誰もいないのに、誰かいるような気がする)


「さっきから何? 金沼くん。なんかあんの? 」

 猿飛が突き刺すような声色で言う。本当に刺されたのかと思うほどだ。

「い、いいえなんでもありません猿飛さん。それよりお飲物でもいかがですか? アイスコーヒーでもお持ちしましょうか??」

「うん、お願い」

「御意ッ!」


 俺は速やかに台所へと向かい、トップスピードでアイスコーヒーを用意。

 そして居間におわす猿飛様のところへと急いだ。

 その時、既に俺は金沼家の嫡男というプライドを捨てていた。


「お待たせしました猿飛さん!」

「お腹減った」

「……え?」

「お腹減ったの!」


 猿飛はアイスコーヒーを一気飲みし、もう一度言った。

「お腹減った! なんか食べたい!!」


 お、お、お、お、女ってこうなのか?

 こんな感じなのか??


 噂には聞いていたが……不機嫌なら何をしても良いというわけではなかろう?


 数年後には株価操作なんて鼻ホジで余裕なこの俺をパシリ扱いとは良い度胸だ。世界の半分をやるから俺の部下にならないか?


「な、なんか食べたいって言われても……いきなりそんな――」

 困り果てる俺だったがその瞬間、脳裏に稲妻のような閃きがあった。


 以前、学校でとある男子愚民数名が『女子が好きなファーストフードランキング』とかなんとか言いながらはしゃいでいたのを思い出した。


 その時はなんと下らない会話であることかと憐れみすら覚えたが、実は有益な情報なのではないかと思い直した。

 というか、俺は普段外食なんてほとんどしない上にファーストフードの類は食べたこともない。俺にとっては殆ど未知の世界だ。


それに今の今まで女子の趣味嗜好なんて意識したことも無かったし、その必要性も無かった。

そんな俺にとっては先述のランキングに頼る以外、このピンチを切り抜ける手立てがないのだ。


「ぴ、ピザとか?」

 とりあえず言ってみた。

 確かピザはランキングの上位だったはずだが……。


 猿飛はピザ、と聞いて一瞬鋭く俺の目を見たので選択を間違えたかと肋骨の一本程度は覚悟したが、

「ピザ? うん、いいね」

 と、満更でもない様子で頷いたので本当に安堵した。


 これはまたとない好機である。

 ここで決めねばいつ決めるのだ!


「そうだ、フライド……チキン? とかもどうだ?」

 ポテトか否かで迷ったが、多分チキンで合っているだろう。


 俺が記憶の糸を手繰りながらランキングトップファイブに食い込んでいたフライドチキンという単語を絞り出すと、猿飛は少しだけ頬を緩ませた。

「それイイね。久しぶりにケンタ食べたいな」

健太ケンタ? ……ああ、健太か! うんうん、それは良いな!」


 なんだ健太って。

 鶏肉の品種だろうか。それとも鶏料理専門店か、その店主の名前であろうか。

「で、ではその『健太』にしよう!」

「うん、お願いね」


 やばい。言いだしっぺは俺なのに、この先どうしていいのか全くわからない。

 ピザも健太もどこに店があるのかすらわからない。

 そもそも今から食事に出かけるのか?

 歩いていけるのか?

 電車か?

 タクシーか??


「……金沼くん、どうしたの? はやく注文してよ」

「ち、注文?」

「ケンタってネットで注文できるでしょ?」

「健太をネットで注文??」


 なに!? 

 ネット注文ってなんだ??

 まさか自宅まで料理人健太を呼ぶつもりなのか? 

 しかもインターネットで!?

(インターネットはスマートフォンでなんとかなりそうだが、料理人はさすがに……)


 父は来客相手にそういった事をよくやっていたが、今の俺にそんな贅沢は無理だ!!


「す、すまん猿飛、生憎持ち合わせが無くてな……この前犬飼から3万円しか取り返せなかったんだ。だからそれ以内で出来ることを」

「3万円!? 十分でしょ?? どんだけ食べる気なの?」


 い、意味がわからん!!

 俺と猿飛の基準が決定的に違う!

 でもどこが違うのかが全く分からない!


「あ、あ、あぅあ……」

 俺は軽いパニック状態に陥り、思わずゾンビの様な声が出てしまった。

 絶対絶命の中の絶体絶命。

 最早潔く腹を切るしかないかと思いかけたその時だった。


 パリン。


 窓ガラスが間抜けな音と共に割れ、同時に何かが室内に投げ込まれた。


 突然の事に俺も猿飛も呆然とその投げ込まれたモノを見る事しかできなかったが、あれはなんだ?


 その黒色の小さな円筒形の物体。

 小さいながらも異様な存在感を放つ異質なそのフォルム。

(いや待てよ、どこかで見た事が…………まさか!?)


「さると」

 一瞬という時間すらなかった。


 そんな数ミリ秒後。俺の言葉をかき消すようにその物体は凄まじい破裂音とともに光の塊となった。

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