第35話 いや、同棲とかじゃないッスよォ〜いやマジでッ☆
その後の話を少し。
例の高額配当金を持ち逃げした犬飼を何とか追い詰めた俺は勝ち金全額寄越せと訴えたが、犬飼は断固拒否の構えを決して崩さなかった。それどころか、
「そもそも私がお貸ししたお金です総国様は私がお金を工面して差し上げなければ猿飛様に賭けることは出来なかったはずですしそもそもこのお金は
などと屁理屈を抜かし、頑として首を縦に振らなかった。
お互い一歩も譲らない激烈な交渉の結果、俺は元の賭け金である3万円を受けとる事で手打ちとなった。
もう本当に本ッ当に納得の行かない結果だが、立会人として召喚した猿飛の「もうやめなよ、みっともない」の一言で俺の心はぶち折れ、涙を飲む結末となったのであった。
有仁子はあの後だるまクンに一億円の支払い無効を告げに病院へ向かったが、そこにだるまクンの姿は無かったという。
やはり地下の王者のプライドがそうさせたのか、何処かに姿を眩ませたのでは……と犬飼は言うが、あんな危険人物を野放しにして良いものだろうか。
だが、更に危険人物な有仁子は厄介な話をしなくて済んだと上機嫌らしいので、結果オーライなのかもしれない。
そして猿飛だが、翌日からあの死闘が嘘のように普段通りの生活をしていた。
普通に家事をこなし、学校へ行き、夜は受験勉強……俺は全く信じられなかった。
あいつの体力というか精神力というか……良くわからないパワフルさに、こっちが心配になってしまう。
「……猿飛の奴、毎晩遅くまで勉強をしているようだ。あんな調子で大丈夫だろうか」
木曜の夕方、次回の対戦日時を知らせに来た犬飼に相談してみた。
ちなみに次回対戦は土曜の午後6時だそうだ。
また土曜か。しかも少し時間を早めて来やがった。
有仁子め、出来るだけ間を空けさせないつもりだな。それとも焦っているのか?
てゆーか、猿飛はホントに大丈夫なのか……。
物思いに耽っていると、犬飼は手にしていた湯呑みを見つめながら言った。
「それほどに猿飛様がタフであられるのでしょう。今や猿飛様は誰もが認める超一流のファイターです。総国様がご心配なさるお気持ちも分かりますが、或いはそれもお節介なのかも知れませんよ」
こういう事には殊更客観的な視点の犬飼。
「……かもな」
俺は犬飼自身も超一流のファイターだと認めている。
その犬飼が言うのだから説得力のある意見だと納得していると、犬飼は「ところで」と、改めて俺に向き直った。
「総国様の受験勉強の進捗具合は如何なのですか?」
忘れがちだが、彼は俺の世話役でもある。謹慎中とはいえ、時間が止まっているわけではないのだ。
「ま、まあ、ぼちぼちだよ」
「謹慎中という状況が状況ですし、私も小うるさく言いたくありませんが、ご自分が受験生であるという事を
「わかった、わかってるよ犬飼」
彼が老婆心でそう言ってくれている事は痛いほど分かっている。
自分でも真面目に考えなければいけないことだとも十分に分かってはいるのだが……。
「しかし、よく降るなぁ」
俺は窓際に立ち、一向に降り止まない雨を見て言った。
受験の話を逸らすため、俺は天気の話を振る事で話題転換を試みてしまったのだった。
だって、嫌なものはイヤなんだもん!!
犬飼はやれやれと言った風に肩を落としたが、それ以上受験の話をする事は無かった。とりあえず、俺の気持ちを汲んでくれたようだ。
「……もう一杯、いただきます」
犬飼はちゃぶ台の上の急須に手を伸ばして湯呑みに二杯目のお茶を淹れ、それを静かに啜った。
……窓際? ちゃぶ台? 総国ってテント住まいじゃなかったっけ?
と、お思いの諸兄。
説明が遅れたが、俺は三日前から猿飛の厚意で彼女の家に居候をさせてもらっているのだ。
というのも、日曜の未明から降り続く雨によって猿飛家の庭がぬかるみ、テントの設営が困難になってしまったのだ。
おまけにテント内も浸水し、生活用具が全てダメになってしまった。
そんなこんなで文字通り家なき子になってしまった俺を見かねて、猿飛は救いの手を差し伸べてくれたのだ。
「しかし総国様、私としては高校生の男女が保護者不在のひとつ屋根の下で生活するのは如何なものかと」
犬飼は言いにくそうにしているが、何の心配をしているんだか。
「お前の期待しているようなことは有り得ないから安心しろ。俺は黒髪ロングストレート巨乳派だからな」
「派閥など本能の前には無意味です。くれぐれも女性を泣かせるような事は」
「ねーって言ってんだろ! もう帰れお前!」
「金沼家の歴史に
こいつはこうなったらもうダメだ。
俺は犬飼を無理矢理玄関まで押しやり、そのまま外へ押し出そうとしていると犬飼は何やら小さな紙袋を取り出した。
「お待ちください! せめてこれだけでも! 御守りだと思って!!」
「は? 何だこれは?」
袋の中を覗いてみると、【0.01】とか、【まるで装着していないような】とか、やたらと薄さを強調するアレが何箱も入っていた。
「……いらん! 出て行け!!」
犬飼を蹴り出し、紙袋を投げつけ、俺は塩を大量に撒いて扉を閉めて鍵を掛けた。
「アホかあいつは! いつからあんなキャラになったんだ?」
毒づきながら居間へ戻ろうとすると、玄関から猿飛の声がした。
「ただいまー……ってなにこれ、お塩?」
夕飯の買い物から帰った猿飛は足下に散らばった塩をじゃりじゃりと靴底で鳴らした。
「ああ、ちょっとお清めをな」
「お清めぇ? ……なんでもいいけど、お塩無駄にしないでね」
内弁慶なところがある猿飛はコミュニケーションを深めていくにつれてこの俺様にも無遠慮に命令や反論をするようになってきた。
……が、今や彼女は俺の恩人であり命綱。
そんな御人に逆らったり反抗したりなんて滅相もないので俺は素直に、
「御意」
と、猿飛嬢に付き従うのだった。
「ところで、さっき犬飼さんとすれ違ったんだけど、『これ』をお持ちくださいって」
そう言って猿飛は例の紙袋を差し出してきたので心臓が止まるかと思った。
「金沼くんに渡してって言われたけど、何が入ってるの? 開けてもいい?」
「ダメダメダメあああああ開けなくていいっ! 」
俺は彼女から紙袋をぶんどり、中を絶対に見られまいと小脇に抱えたりした。
「そ、そ、そんな事より猿飛、お前体調とか大丈夫なのか?」
「体調? 別に?」
なんて言ってはいるが、連日連夜の受験勉強でお疲れの様子は見てわかる。
だが、彼女は俺の心配を「大丈夫だよー」と軽く受け流した。
(目の下にくまができていたな。本人はああ言っているが、本当に平気なのだろうか……)
俺は台所へと向かう猿飛の小さな背中に一抹の不安を感じた。
そして、その不安は間違っていなかった。
翌日、猿飛は授業中に突然意識を失ったのだ。
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