第33話 その時歴史は動いた?

 『強敵之会』の歴史に残る名勝負となった【猿飛愛子VSだるまクン】の一戦。


 その伝説の試合を最前列付近から観戦していたブヒ山ブヒ夫さん(仮名・35歳)は、その時の感動をこのように語る。


「アイコちゃんですか? 可愛いですよねぇ小っちゃくって愛くるしくって。あと妙な色気って言うかエロさも感じるって言うか、そこがまたなんともブヒヒッ……え? 訊きたいのはそういうことじゃなくて試合の事? ああ、あれも驚きましたよ~ええもちろんアイコちゃんにです。 まるで僕の大好きなアニメの主人公ですよ! あのだるまクンを子供扱いですからねぇ……本ッ当にアイコちゃんはスゴいッスよ! 可愛くて強くてカッコ良くてハァハァッ! 彼女はこれから大ブレイクしますよマジで! ブヒブヒィッ!! 」


 以上のように、ピザばっかり食ってそうな十中八九ロリコンの彼は鼻息荒くその感激を語ってくれた。



 後の検証であの『飯綱落とし』が決まった時点でだるまクンは失神し、戦闘不能状態だった事が分かった。


 だから、本来ならはあり得ない事なのだが、敢えて仮説を立てるのであれば【猿飛に対する敵意のみで肉体を動かしていた】としか説明が出来ないのだという。

 不発に終わったとはいえ、驚くべき闘争心とプライドの高さだ。



 その後だるまクンはそのまま病院行きとなり、猿飛も極度の疲労からか糸が切れたように眠ってしまったため、彼女は試合後の検査も兼ねて医務室へ運ばれた。


 猿飛には鳥山婦長が付き添ってくれるという事なので、猿飛の処置が済むまで俺と犬飼は別室で待機……という流れになったのだった。



「猿飛様の正体が白日の元に晒されてしまいましたが……」

 犬飼は猿飛が自ら素顔を晒し、尚且つ勝ち名乗りまで上げた事に困惑している様子だった。


 俺もあの行動は意外だったが、いつまでも仮面ファイターで通せるとは思っていなかったので、個人的にはむしろ良い機会だったと思っていた。


「まぁ、その辺りは問題ないさ。強敵之会は『口外無用の秘密厳守』が鉄の掟だからな。したからといって、強敵之会が原因で猿飛の日常が壊れてしまう様な事はないだろう。あの闘技場へ出入りしたい客なら『秘密』を守るだろうし、これまでもそうだった。そうでない客には追い込みをかけて力尽くでも言う事を聞かせるよ。それもまた、今まで通りさ。だから、大丈夫だよ」


 正直、猿飛が何故あんな大胆な行動に出たのかはわからない。

 彼女の性格からしてそんな事はしなさそうなものだが……事実は事実。結果は結果だ。

 いずれにしても受け入れなければいけないという事は、俺も犬飼も理解していた。


「……そうですね。そうなるように、我々も最大限のサポートをいたしましょう」

「ああ」

「……」 

「どうした、犬飼」

「いえ、なんというか……つくづく凄まじい試合だったと思いまして……未だに気持ちの整理がつきません」

「俺もだよ……」


 大金星の余韻に浸っても良い状況なのだろうが、俺も犬飼も浮かれる気分にはならなかった。

 それは猿飛が心配なのもあるが、それよりも試合の内容があまりにも予想外で予想以上の連続だったからに他ならない。


「……お楽しそうでした」

 犬飼は呟くように言った。

「私と戦った時よりも、ずっといいお顔をしていらっしゃいました」 

「……そうかもな」


 犬飼は気落ちしていたのだろう。

 俺の見立てでも、今日の猿飛には犬飼でも勝てないと見る。

 だが、それは仕方のないことだ。

 猿飛あいつはやはり、普通じゃない。

 色々な意味で……。


「それにしてもだるまクンの執念は鬼気迫るものがあったな。まぁ、あんな技を喰らって死なないだけでも異常なんだが」

 湿っぽい雰囲気をなんとかしたくて俺がおどけ気味にそう言うと、犬飼は神妙な面持ちで俺を見た。

「その事ですが」


 犬飼は声のトーンを落として続けた。

「猿飛様の最後の攻撃……あれは何かしらの武術の技なのでしょうか」

「ああ、か……まさか、あの技を実際にこの目で見るとは思わなかったな」

「え? 総国様はあの技をご存知なのですか?」


 犬飼は目を丸くしていた……が、真面目に答える質問でも無いのだが。


「あの技はとある忍者漫画の主人公が使う『飯綱落とし』という架空の技だよ。とはいえ、既にではなくなってしまったがな」

「架空の技……とてもそうは思えない、完成された技でしたね」

「技そのものよりも、の方が気になるがな……」 

「と、仰いますと?」

「うむ、例えば……」


 その時、不意にドアをノックする音が響いた。


『失礼いたします』

 と、ドアの向こうから品の良い女性の声が。鳥山婦長だった。

「どうぞ」

 俺がそう応えると、婦長はドアを開けて深く一礼した。

「総国様。犬飼さんをよろしくて?」

 婦長のご指名は犬飼だった。

「犬飼? 構わないが」

 俺が頷くと、犬飼は婦長に招かれるまま一旦退室。

 ややあって、婦長だけが部屋に戻ってきた。


「どうした鳥山婦長。犬飼は?」

「急用との事で、大急ぎでお帰りになりました」

「急用? 何の断りも無しにか?? 有仁子に呼ばれでもしたのか……?」

「はて、そこまでは存じません」

「……まぁ、いいけど」


 急用なら仕方がないし、咎めるつもりも毛頭無いが、何があったのかは気になる。

 もし有仁子絡みなら犬飼がちょっとだけ心配だ。


「……ところで婦長。猿飛は?」

「先程目を覚まされました。お着替えをなさってからこちらへいらっしゃるそうです」

「そうか……猿飛は自力で歩けるのか?」

「ええ。お医者様の診察結果も軽い打撲と擦過傷程度で、骨折などはありません。内臓も至って無事だそうです」

「え、まさか? あれだけボコボコにされて、軽い打撲と擦り傷だけだというのか? そんな事があるのか??」


 思わず素っ頓狂な声が出てしまったが、婦長は謎を解き明かす探偵のように静かに語った。


「あくまで憶測ですが、彼女は攻撃される都度、打点をずらしてダメージを散らしていたのでしょう。事実目立った損傷は無かったことですし、わたくしにはそう見えました」

「そ、そんな漫画に出てくる武道の達人みたいなことが出来るものなのか?」

「不可能では無いかと」


 にわかには信じ難いが、事実怪我が無いならそうなのかもしれない。

 鳥山婦長が言うのなら尚の事……。


(まあ、考えても仕方無いか。トランス状態の猿飛ならあらゆる打撃を無効化するという中国拳法高等技・消力シャオリーすらやりかねん……が、何にしても無事ならそれでいいのかもな)


 兎にも角にも、俺にできる事はここで猿飛を待つことしかない。

 鳥山婦長がお茶を淹れ始めたので、俺はソファに深く体を預けることにした。


「ところで婦長、訊きたい事があるんだが」

「はい、なんでしょう?」

 そう言いながら、婦長は俺の前に湯呑みを置いて微笑んだ。

「試合の直前、あなたは『俺には最後まで見届ける義務がある』と言って試合を止めさせなかったが、何故だ?」


 鳥山婦長は、ほんの少しだけ驚いた顔で小首を傾げた。

「おかしいですか? 」

「おかしくはないが、何故そんな事をいうのかな、と思って」

「わたくしは犬飼さん同様、総国様のお世話係でもあります故。道徳の一環として具申させて頂いたまでです」


 婦長は一礼して俺の正面のソファに腰を下ろし、続けた。


「……付け加えるならば、総国様にあるのは義務ではなくと言った方が適切だったのかも知れません。総国様には自分が何をなさっておられるかを明確にご自覚なさる必要がおありだと思い、その確認も兼ねて差し出がましい事は承知の上で進言させて頂いたまでです」

「それは分かる。納得も出来る。だがあの局面、あなたなら猿飛が無事では済まないと考えて、むしろ俺を止めるのが道理ではないだろうかと思うんだが」

「あれがのなら、或いは。ですが、わたくしは猿飛さんがお勝ちになると信じておりました」

「確信があったんだな。……信じるに値するがあなたにはあった。そういう事か?」

「何故そのようなことをお訊きになるのです?」


 婦長は真顔で俺を見詰めていた。

 見慣れた顔だが、やはり人に見つめられると緊張する。特に相手が女性でつ美人なら腋汗わきあせは5割増しで滴り落ちる。


「……何か隠してないか、鳥山婦長」

 俺は全汗腺を緊急閉鎖しながら、絶対目をそらすまいと決死の覚悟で鳥山婦長の目を見返した。


「……」

「……」

 無言で見つめ会うこと十秒。

 俺には十年にも感じられる緊張だったが、鳥山婦長が突然微笑んだことでその拮抗が崩れ、俺は解放された。

「総国様には敵いませんわね」


 さっきまでの緊張感が嘘のように微笑む婦長に面喰らって何も言葉が出てこなかったが、婦長は「すべてをお話しします」と言って姿勢を正した。


「わたくしは、猿飛さんに賭けたのです」

「……」

 俺は婦長の言葉を一瞬理解できなかった。


 賭ける?

 何を?

 『希望』とか、そういう話しなのか?


 虚を突かれた俺は、思わず婦長にその答えを求めていた。

「賭けたって、何を?」

 すると婦長はニッコリと微笑んで言った。


「当然、お金ですわ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る