第2話

『 我輩は猫である。名前はまだない。 』


 コンビニの前で集る群衆に媚びを売り、対価として獲物とぬくもりを与えてもらいながら我輩は夏目漱石のその一節を思い出していた。


 考えてみればいつしかの偉人といえども所詮は『 人間 』ではないか。我輩は『 猫 』だ。どうして人間が考えた造語などに縛られなくてはならないのだ。


「 にゃー 」


 去りゆく愚かな人間に呼びかけてみるが足を止めることなく遠ざかっていく。まあ別に他の人間がまたすぐに来るだろう。少しばかり人間との触れ合いを堪能したら『 住居 』を得るために我輩はここを離れる。それまでの気ままな『 娯楽 』だ。


 我輩は猫。名前は―――。


 思い返せば『 人間 』の我輩は読書は嫌いであった。読まずともその有名なフレーズのそれだけを頭で繰り返し、そこから先の物語は知らぬときたものだから、適当に「 にゃー 」と鳴いてはそのフレーズだけを繰り返す。


「 見て見て、可愛い猫ちゃん 」


 我輩は猫だが人間の『 言葉 』が分かるようだ。聴覚は変われど記憶は残り続けるからだろうか。いや、『 今 』はまだ残っているからか。縮小されてしまったこの脳にいつまで『 かつて 』が残るのかは知りようがないのだ。


 人間に持たされた武器は『 知識 』だ。それを失う前に我輩はオアシスに辿り着く必要がある。


 そのための考えがある。よって我輩は先の心配などしない。


「 飽きた 」


 撫でられるのは心地いい。しかしその緩急が耐えがたい。高級な車のシートでうたた寝をしていたかと思えば、クッション性皆無の椅子に長時間座らされているような、そんな感覚を行ったり来たりする。


 撫でるならずっとでなくては。せめて我輩が撫でて欲しい時のみ。『 人間 』の都合で止め時を決めるな。人間のくせに。


「 ねえ、今この子…喋った? 」

「 ははは、うっそマジで。あんたそんなこというキャラじゃないでしょ 」

「 いやホントだって! 」


 いかん。『 言葉 』が分かるとその『 発音 』まで出来るのか。寝床を見つけたときにそのかつての片鱗が出ないように気を付けなければいけぬ。


「 あ、どっかいっちゃう 」


 ああ、どっかに行くさ。そんな顔されても我輩は応じぬ。もうここには用はないのだ。


「 にゃー 」


 …しかし、また無条件の『 愛 』ならぬ『 エゴ 』を感じたくなったらまたここに来るだろう。

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