我輩は猫になったのである。
物書きの隠れ家
第1話
人間は『 可愛い 』に弱き生き物である。
さほど外見を整えた女に鼻を伸ばす男は金を貢ぎ、仕事仲間とあれば甘やかす。
さほど生まれて間もない生命に、その愛くるしさから人生を捧げる。
しかしなれど、それは所詮自分とは違う『 人間 』という生命でしかない。極端に言えば他『 人 』なのだ。人生を捧げると心に誓った赤ん坊相手でさえ、時間が経てば幼いという武器は失われる。
ゆえに、『 人間 』のままでは私の理想になれぬ。
ゆえに、私は―――猫になったのだ。
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猫はいい。どんなに時を流れようが、その姿かたちが変わろうが、愛する者はいかんとして愛でることをやめぬ。
人間にとって『 可愛い 』とは常に掌に収まることにある。相手が自分より下にあると自覚したうえで支配関係にあるのだ。しかしながら身勝手な人間はそんなことには気が付かぬ。無意識に用意した心の檻に愛を閉じ込めて鑑賞していることなど知らず、自分はこの『 可愛い 』もののために行動しているのだとエゴを押し付ける。
大抵の場合、『 可愛い 』とレッテルを貼られたものにそのエゴは届かない。押しては返す波のように、愛を与えれば愛が返ることは必然とはいえ、そこに真にそのもののため『 だけ 』と問われれば形は変わる。
結局は『 人間 』は自分のために『 可愛い 』ものを手元に置いてあるに過ぎない。
私はそんな『 人間 』としてのエゴを持ちながら、『 猫 』になったのだ。いってしまえば無敵に近い。人間が求める『 可愛い 』を私は再現できるであろうし、何よりそれをするだけで私は私の求めた愛されるだけの人生を達成できるのである。
ああ、せっかく猫になったのだから『 我輩 』が相応しいだろう。
ああ、せっかく猫になったのだからあの名言を言わざる得ない。
「 我輩は猫である。 名前は――――― 」
……そこで言葉が詰まる。私にはかつての名前があり、それを自分として認識していいのか『 人間 』としての私が問いかける。
ごほん…いや、今は『 我輩 』なのだ。
我輩は猫だ。そして自由だ。ならばそれを決めるのは猫である我輩でなくてはならぬ。ならば潔く人間の我輩は死んだのだと思おう。されば猫である我輩には『 名前 』が存在しないことになる。ああ、今ならはっきり言葉を吐き出せるに違いない。
「 我輩は猫である。名前はまだない。どこで生まれたんか見当もつかぬ。 」
うむ、これでいい。これこそ猫である。我輩はそこで満足してかつての足元の高さで街を眺める。
「 生まれか… 」
流れゆく人間の波を眺めながら思いにふける。ああ、あまりにもくだらない人間であった。歯車の一部とは言われたものだが、私にはそれでいつづけるビジョンが見えない。愛の駆け引きを命を削りながらする人生など私にはまっぴらごめんだ。
…いや、我輩には、だ。
早く慣れなければ我輩はどこかで人間としての魅力を語り出すに違いない。我輩は猫だ、猫になったのだ。『 他 』を気にせず呑気に生きる猫でなければいけないのだ。その過程で愛を押し付けられるに過ぎない。それが我輩の理想、これからの人生。
さて、では住まいを探さねばならない。いい加減かつての我輩が残した食べ物が底をつく。そこそこの怠惰こそ謳歌したはいいものの、ここには我輩の求めるオアシスは存在しない。ゆるりと滅びゆく文明に残り続けるのは馬鹿だけだ。沈む泥船に乗り続けるものはいないだろう。それと同じことだ。
…いや待て、そもそも泥船に乗ること自体阿呆なのかもしれない。
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