第7話炎華の塔へ

(なにか……"指輪の魔女"として利用するよりも、実体を持たせたほうが都合の良い理由があるのかしら)


「……ああ、もうすぐですね」


 リアンレイヴの呟きに、炎華の塔はまだ先では? と疑問の目を向けると、


「ここに村があるんです。一度、休憩させてもらいましょう」


「そう……わかったわ」


 二百年前は村などなかったから、丁度いい川辺を探して休息を取っていた。

 村があれば馬が獣に襲われないよう見張りをつける必要もないし、不足した物資は補給できるし、ありがたいものね、と目を閉じる。

 ……なのに。


(変ね、どうしてまだ戻らないのかしら)


 不思議に思いながらもその時を待っていると、


「あ、あの、エベリナ様……? これはつまり、口づけの許可をいただけたと確信しても構わないと……?」


「ちっっっがうわよ!! 村に立ち寄るのでしょう!? 私を指輪に戻すだろうから待っていたの! だいたい私には触れられないのに、どうしてそんな考えを……っ」


「愛があれば直接は触れられずとも、口づけを交わすことは可能ですから。俺は全然、大歓迎です」


「大真面目な顔で言うような内容じゃないのよ……。念のために伝えておくけれど、私はまったく、あなたに愛などないわ」


「それは要するに、これからエベリナ様が俺を愛してくださった際にはどのようなお顔をされるのか想像の余地があるということなので、それはそれで」


「……本当、あなたのその前向きさは賞賛に値するわね」


 その時、ぎ、と軋んだ音をたてて馬車が停止した。

「着いたようですね」とリアンレイヴは窓の外を確認してから、


「エベリナ様を指輪に戻すつもりはありませんでした。お望みでしたら、お戻ししますが」


「……本気なの? 皇帝の指に指輪があって側に私がいては、すぐに"呪われた指輪"だと気付かれるわ。小さな村なのでしょうから、皇帝相手に奪い来るとは思えないけれど、"呪いの指輪"への嫌悪と畏怖から出立を急かされたり――」


「その時はその時で構いません。……確かに現在のエベリナ様は"指輪の魔女"ですが、俺にとってはもう"エベリナ・カッセル"という一個人たる存在なのです。人間はそう軽々しく消えたり、現れたりなど出来ません。ですのでエベリナ様がお望みにならない限りは、指輪に戻さず、同じ時を過ごしたいと考えています」


「あなたは……やっぱり、変な人だわ」


 馬車の扉が開かれた。「着きましたよー」とアッシュが顔を覗かせる。

 リアンレイヴが降り立ってから、私も続いた。モノに触れることは出来ないのに、地に立ったり、馬車に座ったり出来るのはなぜなのか、未だに分からない。


 途端、「エベリナ様!」とマーティが駆けてきた。

 息をきらしながら両手を胸前で組むと、


「お疲れになられましたでしょう? 道中、妙な話題に付き合わされたりはされておりませんか? ああ、指輪の貸与が可能でしたら、わたくしがより快適にお連れすることも叶いましたのに……!」


 世話の必要などない身だというのに、マーティは常に私を気にかけてくれる。

 暑くはないか、寒くはないか。喉は乾かないか、食事に触れる方法はないのか。


 近頃はよく、「なんとかエベリナ様を着飾る方法はありませんの!?」と宙に向かって叫んでいる。

 その勢いある分かりやすい好意とかいがいしさに絆されてしまい、彼女相手には誠実でありたく思ってしまう。


「その気持ちだけで充分嬉しいわ。マーティこそ、積み荷と押し込まれて窮屈だったでしょう? しっかり休んで」


「なんってお優しいお言葉ですの……っ! ますますわたくしが指輪の主になれなかったことが悔やまれますわ!」


 途端、リアンレイヴはおろおろと視線を彷徨わせながら、


「あの、エベリナ様? 俺相手の時と比べると少々対応に差を感じるのですが、つまりそれはそれだけ俺に特別な感情をお持ちだということですね?」


「本当、どんな時でも都合よく考えられるのね。感心するわ」


 その時だった。


「――ようこそ、ここヤッハの村にお立ちよりくださいました」


 低くしゃがれた声に視線を遣る。

 彼が村長なのだろう。杖をつく白髪の老人を先頭に、その後方には五名ほどの男たちが横一列に並んでいる。


 多少の差異はあれど、五人とも働き盛りの歳だ。

 彼らは敬意を示すようにして、片膝を地について頭を垂れた。

 村長が言葉を続ける。


「最も尊き帝国が太陽にこうしてご挨拶が叶いましたことを、心より感謝いたします。"炎華の塔"まではまだ馬車が必要になります。つかの間ではありますが、どうぞごゆるりとお休みくださいませ」

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