第6話皇帝の魔力量

 その昔、トルメキア帝国は三つの国に別れていて、三国は争いが絶えなかった。


 長きに渡る戦いは、確実に三国それぞれの人も土地をも疲弊させていき。

 更には疫病や飢餓がそれぞれの国を蝕みだしたある夜、とある魔導師の呼びかけによって、三国の王が集められた。


 すでに始まりの戦いを始めた王たちはこの世にいない。

 とっくに争いの意義など見失っていた王たちは、魔導師のもと今後は帝国として運命を共にし、手をとりあうことを誓った。


 魔術師は帝国となった三国それぞれに誓いの塔を建て、制約の術をかけた。

 誓いを破り、他国だった地に攻めいることがあれば、侵攻を始めた地には封印した疫病が解き放たれるという。


(トルメキアの帝都には魔塔の他に、制約の塔である"炎華の塔"があるのよね)


 それぞれの塔は統治者から任命された魔導士が管理していて、トルメキア帝国の皇帝だけが鍵を持つ秘められた部屋があるというのは有名な話。


(大魔導師だった私でも、"炎華の塔"の秘められた部屋は見つけられなかったのが懐かしいわね)


 炎華の塔は三つの塔の中で唯一、皇帝ではなく魔塔の長が任命した魔導士による管理とされている。

 だから以前、魔塔の長だった時に何度も秘められた部屋を探しにいったものだけれど。


 かつての魔導士が関わっているだけあってというべきか、塔に残る魔力の気配が強すぎて、結局、最後まで知ることはできなかった。

 指輪に収められている間は外の世界を知ることは出来ないから、歴代の皇帝のだれかが炎華の塔に赴いていたかどうかすら、よくわからない。


(私が呼ばれるのは、争いの最中ばかりだったものね)


 というのも、私を指輪から呼び出すには、契約によって常時吸い取られている魔力よりも多くの魔力を要するから。


 まあ、それでも必要な魔力はそこまで多くはないし、呼び出してしまえば大魔導師と呼ばれるほどに魔力も多く、魔術にも長けた私の力を使うことが出来るのだから、まさに夢のような指輪には違いないのだけれど。


 ともかく、私はほとんどを指輪の中で過ごしていた。

 だというのに。


「ねえ、どうして私を指輪に戻さないの?」


 ガラガラと車輪の音を鳴らして走る馬車の中。

 対面に座するリアンレイヴが、涼しい顔でにこりと笑む。


「せっかくの機会ですからデートも兼ねて、と思ったのですが、馬車はお嫌いでしたか?」


「デッ!? ……あなたねえ、私を指輪から呼び出しているだけで、魔力を奪われているでしょう? 皇帝の外出だというのに、騎士もろくに連れてきていないようだし」


 馬車は二台。私達の乗るこの馬車と、後ろの馬車には必要物資とマーティが乗り込んでいる。

 馬に乗る護衛はアッシュだけで、残りはそれぞれの御者がひとりずつなんて。


「これで襲われでもしたら、魔力不足で応戦出来なくなるわよ。炎華の塔に入るのだって、魔力が必要だし……」


「エベリナ様……俺のことをそんなにも心配してくださっているなんて……! 心臓が打ち抜かれました! 結婚しましょう! 抱きしめさせてください!」


「結婚はしないし、私には触れられないでしょ! もう、余計なことを言ったわ」


(別に、心配したわけじゃないわ)


 両手を広げてきらきらと瞳を輝かせるリアンレイヴから視線を切り、馬車の外へと目を向ける。

 流れていくのどかな緑の景色は随分と久しぶりで、記憶とはまったく一致しない。


(馬車の中から景色を見たのなんて、いつぶりかしら)


 炎華の塔は皇宮から馬車で数時間ほど離れた、緑と花の溢れた森の中にある。

 けれどもただの"森の中"ではなく、熱されたガスが吹き出る岩地に建っているものだから、対策の取れない者は近づくことすら出来ない。


 その対策というのが、魔道具を使用するのが常だから。

 せっかく着いても、魔力不足で塔に入れませんでは困るもの。

 ……それだけよ。


「うう、エベリナ様が今日も愛らしすぎる……」


(まだ何か言っているし)


 呆れた心地になるも、視線は窓の外へ向けたままに。反応したら負けのような気がするから。

 すると、リアンレイヴは穏やかな声で「問題ありません」と告げ、


「エベリナ様には及びませんが、俺も元とはいえ魔塔の長です。この程度の魔力でしたら、エベリナ様を一日中呼び出していたとて余分に残りますよ」


(……私の手記を見つけて全て読んでしまうほどだものね)


 あの手記には、今やどこにも存在しないであろう重要事項が多く記されている。

 私を指輪から解放する方法だって。きっともう、あの手記にしか残っていないだろう。


 貴重な情報とみなすか、危険な書物とみなすか。

 少なくとも、あの手記を見つけたのがラシートだったのなら、即座に焼かれていたに違いない。

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