似合っていたから贈って後悔はしてない

浅賀ソルト

似合っていたから贈って後悔はしてない

婚活で出会った女はまだ若く、すごい美人だった。

俺はとにかく彼女を笑わせることに集中し、その勝負に勝った。次に会う約束ができた。とはいえ婚活市場において不自然な存在だったので何かあるんだろうなとは思っていた。

二人きりで食事をしたとき、事情を聞きたいが聞けない探り合いがあった。

しかし結局、彼女からは何も聞けなかった。ただ好印象ではあった。自分ももちろん夢中になっていたが、彼女の方もこちらを嫌な気分にはさせなかった。

俺はできるだけ冗談を言って笑わせることに集中した。

次の約束もできた。共通の興味としてイベントの展示会に行き、そこで話して簡単にランチを取った。

「豊田さんは面白いですね」彼女は上品に笑った。

「そうですか。ありがとうございます。私も楽しいです」彼女との会話では俺と言わずに私と言っていた。

展示会の感想を言いつつ、ギャグを挟んで相手を笑わせ、さらになんとかうまく笑顔を作った。

相手を笑わせるのはいいけど、知ったかやトリビアを披露するのはよくない。そうなんですかとか知らなかったですとかを相手が言うのを待っても話は進まない。容姿を褒めるのも同様である。

結局、笑わせるしかない。半分パクりの笑い話もいくつか出した。自分が道化になるのも大事である。ドヤって失敗したエピソードは多めくらいでちょうどいい。

彼女は陽気に笑っていた。「あー、楽しい」

「ははは」

もちろんまだ個人的な連絡先は知らない。婚活ではそういうのはきっちり保護されている。

話の流れから次に行くところも決まり、俺はますます彼女に惹かれていった。美人であるのもそうだが、性格というか対人関係のスキルがかなり高かった。相手を嫌な気分にさせない——気にすると風俗や接客業のようでもあったが——技術がすごかった。これを当然と受け取らないようにしないとこっちが勘違いしそうだ。

俺はそれじゃあまたと言ってお別れしようと思った。

「もうちょっとどこかで話しません?」

「え? あ、はい」思わずキョドってしまった。

カフェバーに移動してまた話をした。まだ酒の時間ではなかったのでコーヒーを頼んだ。カフェラテが1500円だったが、これが本当にうまいカフェラテだった。注文してから出てくるまでに15分はかかった(値段や味の話は本筋とは関係ない)。

「結婚しようと思ったきっかけはなんですか? いや、私もそうですが、職場や身近の出会いが嫌なのでマッチングアップリを使っているんですが」

「うーん、やっぱり一人が寂しいからですね。一人は寂しいです」彼女はそう言って憂いのある笑みを見せた。

「私もです」俺は言った。「独り言が増えちゃいますよ」

彼女は頷いた。

なんだこれは。誘われてるとかそういう……美人だとどんな仕草も形になるとかそういう奴だろうか?

しかし、いい匂いもするというのに自分の股間はビビり上げてて何の反応もしていなかった。浄化されていた。

緊張しすぎて趣味にしている高級革靴の話を気がつけば一気に話していた。世間で認知されているスニーカーと違って革靴の趣味って本当にまだまだで誰もやってない上にコミュニティがネットにしかないんですよ。ユーズドとかもあってそういうところに行くと本当に顔見知りが多くて、わあああああ。ちゃんとオフラインもありました。ええ。どちらかというとネットの方が少ないです。革靴の趣味ってなんかハイソすぎるというかネットで公開すると無駄に敵が増えるんですよ、ええ。ただ好きなだけなんですけどね。趣味が高級品だと本当に困りものです。どんなに好きでも数が揃わないんだから。

「へー、そうなんですか。けど、いつも素敵な靴を履いていると思っていました」

「そうです。まあ、靴はこう、見られてもいいようにと思って自分のコレクションから頑張って選んできてました」

「その靴はなんていう靴なんですか?」

「これですか? これは」というところで俺は口を閉じた。初日こそ30万の靴だったが今日はチーニーの10万のブーツだ。とはいえ、彼女が靴に興味がないまま聞いてきたのはさすがに分かる。「まあ、ちょっとしたブランドですよ。あはは」

そしてどんな美人だろうと本当にお気に入りの一足は履いてきてないというのがバレる流れである。この手の会話ですぐ自分が持っている最高級品のことを話してしまうのはよくない。それを履いてきたことはないという事実と共に、よくない。

「それじゃあ、私の靴は分かりますか? 豊田さんに合わせて靴は見られてもいいものを履いてきたんですよ」

「ああ、ええ、そうですね。いい靴です」いい調子で会話をしていたのに、ここだけ本音が漏れてしまった。俺はその靴をいいとは思っていなかった。正確には、いい靴だが、明らかに彼女の趣味ではない贈り物だった。それが分かる点に彼女の無神経さが見えていた。

「ええ、そうでしょう。お気に入りなんです」

「そうですね」俺はテーブルの下を覗いて彼女の足と靴を確認した。「いいと思います。どのあたりが気に入っているんですか?」

おっと、いかん。絶対に気に入っているのは値段だけだろという自分の決め付けが声に出てしまって、完全に喧嘩腰になってしまった。論争を仕掛けるドラマの悪役弁護士みたいになっていた。

ここは自分で撤退しなくては。「いや、すいません。どのあたりが気に入ってるとか、ちょっと試すことを言ってしまいました。すいません。忘れてください。今のは感じ悪かったです。村上さんが何を言っても説教するモードになってました。『お前は靴を分かってない』とか。アホですわ。本当、駄目です。すいません。靴の話はやめましょう」

「好きになったきっかけはなんだったんですか?」彼女は俺の顔を覗き込んで聞いてきた。

「うーん。普通にアルティオリとかサントーニとかから始まったんですけど」

あー、駄目だ。ここに来て結局、彼女の接待トークにいいように乗せられてしまった。

しかし、この分野での説明を中途半端に終わらせることはできない。どこで間違えたのか。俺は靴の話を続けた。

彼女は適当に相槌を打つだけでよかった。それどころか、打たなくてもよかった。

俺が一方的に喋るだけだったからだ。

「私に似合う靴といったらどれでしょう?」

最後に彼女は言った。

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似合っていたから贈って後悔はしてない 浅賀ソルト @asaga-salt

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