episode3.2




         ○○○













 何故俺は前に出てしまったのか。そんなことしなくても、別にこの集落がどうなろうと、ましてや旅をしていてたまたま会っただけの人間——いや、アンドロイドのために、なぜ……


今も足が震えて仕方がない。その震えが伝達して、さっきの声すら震えていた。


全身の穴という穴が引き締まっているのを感じる。今からでも遅くない。引き下がって隠れてしまえば、楽、なのに——




「……ありが、とう、ございます」


「!!」




 微かに聞こえた彼女、アンドロイドの声に、いやルミナの声に。全身が何かから救われたような感覚を覚える。


その声に、嬉しさを感じてしまう。




「〝ヾ、……ジョ……」


「!!」




 しかし、ヤツの声に、ヤツが動き出す音に再び現実へと引き戻される。


ヤツは俺へと標的を変え、こちらへと向かって歩き出していた。




恐怖で、足がすくむ。




——ありが、とう、ございます——




「っ!そうだ、こっちだ!!」




 彼女の声の力か、今まで支配していた恐怖が和らいだ。足も、動く…!


ヤツは銃口をこちらに向ける。俺は咄嗟に建物の陰へと走り出す。走り出した途端、ほんの少し前にいた場所に銃声と穴が出来上がる。


走る最中、何発か放たれた銃弾。髪にかすめた感覚を持つ。それでも、走り抜ける。


 なんとか建物の陰へと身を隠すことには成功した。ここから、どうする?




「おじさん、これ!!」




 その建物の屋根部分で身を隠していたタウリーが、何やら武器を投げた。




「アイツに向かって撃つんだ!まだ試作段階らしいから、一発勝負……頼むよ!」


「ああ、任せろ!」




 見たところただの銃ではないらしい。そして、一発勝負——。


建物の陰へと迫る影。暗闇の中でもはっきりと見える恐怖。近づく。ゆっくりと確かでありながら、不気味に、近づく。


 意を決して銃を構えながら陰から飛び出す。不意をつかれたのか、こちらに銃口も切先も向いていない。今だ——!




「食らいやがれぇ!!」




 銃弾と銃声が放たれる——一瞬の静寂を経て、モノに命中した。


命中した途端、ヤツの動きが止まった。いや、鈍ったに近い。どうやらこの銃弾には相手を麻痺させる効果があるようだ。




「よし……!今だ、ルミナ!」




 思わず叫び、建物であった瓦礫の方を見る。いない……?




「後は、任せてください……!」




 声のする方を見ると、よろけながらヤツの背後から狙う、ルミナがいた。




「スゥ——……行きますっ!」




 そう彼女が言うと、何やら彼女の関節部分から緑色の発光粒子が出始めた。そして、走り出す——刹那、既に彼女の拳は、ヤツの胸部分を貫いていた。


ヤツは動きを止め、奇妙な呟きを発することもなくなった。




「……終わり、ました」


「「「「うおぉぉぉー!!!」」」」


「やったね、ルミナ!大丈夫?怪我してない?」




 各々が雄叫びを上げ、喜びを分かち合う。夜だというのに、まるで昼間のような賑わいだ。




「……終わった、のか?」




 全身の力が抜ける。今まで意識にあった恐怖が消えていく。気づけば俺は、地面にへたり込んでいた。


震えはおさまった。なのに立てないでいた俺の元に、誰かが近づいて来た。




「ルミナ……あ、いやすまない。勝手に名前を呼んでしまっていた」


「……良いんです。あなたのお陰で、あのロボットを止めることが出来ました。恐らくですが、アレが今回の事件の犯人だと思います」


「……そう、か」


「立てますか?」


「あ、いや……大丈夫だ。立てるよ」


「……本当に、あなたのおかげです。……えっと——」


「"ヘール・クレス"、だ。こちらこそ、ありがとう」


「どういたしまして、です。クレス」




 手を取り合い、少し屈んだルミナと握手する。あの化け物を貫いた手とは思えないほど、柔らかく、まるで本物の人間のような暖かさが、そこにはあった。


 依然として暗闇。しかしそこにはもう、雨は降っていなかった。













         ◎◎◎













 あの事件から数週間が経ち、集落には平和が訪れていた。晴れ渡る空の下に、人々の活気が蘇る。


あの雨の日以降、雨が降った夜に事件が起こることは無くなった。そして——




「ルミナ!こっち来てよー!」


「あ、ずるいぞ!僕がルミナと遊ぶんだ!」


「大丈夫です。みんなで、遊びましょう」




 すっかり集落に解けこんだルミナやタウリー、クラウドは、集落の英雄として語られていた。


特にルミナは子供達にも人気なようで、決して多くない集落の子供達に引っ張りだこであった。




「あ、おじさん!おじさんも遊びたいの?」




 建物の陰からルミナ達を見ていたクレスが、少女に見つかった。




「いや、俺は——」


「クレスも、遊びたいのですか?」


「ッ!いや俺はそんなんじゃ——」




 少女がクレスの手を取り引っ張る。




「ほら行こ!おじさん!」


「……はぁ~……全くだ」




 手を引かれ、渋々了承するクレスを見て、ルミナは静かに微笑んでいた。


そんな平和な集落の中、タウリーとクラウドは長の家へと訪れていた——。






「まさかロボットが犯人だったとは……」


「そうさね。アタシもまさかとは思ったが、こりゃ思いがけない収穫だよ。調べがいがあるってもんだ」


「他にもこの周辺で、ロボットを見た、っていう情報とかありませんか?」




 タウリーが長へ尋ねるも、首を横に振るだけであった。




「しかし何処から湧いたのか……またなんで若い女達に強く執着したのか……皆目検討もつかんよ」


「ふぅ~ん……ま、アタシとしては研究材料が増えることは良いことだからね」




 そうクラウドが言うと、長が再び口を開く。




「クラウドさん。アンタがこの集落の英雄ってのは少し不服だが……それでも救ってくれたことには感謝している。本当にありがとう。この集落で聞きたいことがあれば、遠慮なく聞いてくれ。旅に必要な物資も揃えよう」




 そう長が言うとクラウドは怪しく笑い、一言だけ、長に言った。




「アンタ、武器か何か隠してるだろ?それを出しな」




 不敵に笑みを浮かべるシワ顔を、目を見開いて捉えた長であった。

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