episode2.9

「あれはいつだったか……その日も今日のように、厚い雲に覆われて雨が多く降った、薄暗い日だった……」




 長はそう言うと、寂しくなった頭を少し掻きながら眉を顰めて続けた。




「集落の者が、何者かに殺害される事件が起きた。疑いのある者は出てきた。出てきたのだが……明らかに、違うのだ」


「……何が違うってんだい」


「あれはそう……まるで無数の玉に貫かれたような、そんな傷だったのだ。まるで銃で何発も撃たれたような傷だ。この集落では、銃を使うような獣が出ることもなく需要のない物だ」


「需要がなくても、万が一ってことで持っている人もいるんじゃ……」




 タウリーがそう言うと、長はゆっくりと頷きながらも、しかしな、と言って続けた。




「その可能性も十分あるからな。集落全域を隈なく探したのだ。家の中も、ある者の隠し部屋も……しかし、どうにも見つからない。そうこうしているうちに、また雨が降った。そして——」


「また事件が起こったのですね」


「ああ。しかも今度は、銃どころの話ではなかったのだ。まるで……丸太でそのまま腹を貫いたかのような……そんな外傷であった」


「……ソイツは本当に人なのかい?」




 そんなクラウドの問いに長は、さあ……分からん、とだけ答えた。




「それから集落では厳戒体制を敷いた。人々には、なるべく二人以上で行動すること。不要普及の外出。そして特に、女は雨の日にはこの地下室に避難するように、と。しかし昨日……三人目の被害者が出てしまったのだ」


「それでこんなに警戒されていたのですね……」


「どおりであの質問ばっかするヤツらが少なかったわけだ……」


「一体、どんなヤツなんだろう……」




 一通り集落の長が話し終えると、それぞれがそう呟き、クラウドが長に質問する。




「さっき女だけ雨の日は地下に避難するって言ってたな?やられちまった奴らみんな女だったのか?」


「そうだ。全て女だ。何故女なのかは、分からずじまいだがな……アンタは襲われないだろうがな」


「おい、おめぇはアタシが女に見えねぇのか?まだバリバリ現役じゃい!!」


「そんな訳ないだろう……別に、アンタが女だってことぐらい分かるさ。そうじゃないんだ、全て"若い女"なんだ」


「若い、女……タウリー、若いとはどのような……?」


「ルミナみたいな人のことだよ。……と言っても、ルミナが何歳かなんて分からないけど……」


「そうだ、まさに君のような娘が被害にあっているのだ。その君が力になる、と言ってくれたのはとてもありがたい話なんだがな……犯人を捕まえてくれ、と言いたいところではあるんだが——」


「なら、私達が捕まえます。これ以上この集落の人達を殺させる訳にはいきません」


「なっ、しかし君は——」


「大丈夫です。私は、アンドロイドです」




 そうルミナが言うと、長は口を開けたまま腰掛けていた椅子から立ち上がり、後退りをした。上から家鳴りが聞こえてるほど、静寂に包まれた。


その後、長はまたゆっくりと椅子に座り直し、一度俯きそしてもう一度ルミナに向き合った。手が小刻みに震えている。




「まさか、実在していたとは……」


「なので大丈夫です。私達が、犯人を捕まえます」


「……信用しよう、頼むぞ。恐らくだが今日の夜、この集落に犯人が来る、もしくは現れて事件を起こそうとするだろう。警備を頼む。集落の警備にあたっている男達にも伝えておこう」


「任せてください……!」


「(ルミナ、あの戦いからちょっと変わった……?)」


「(あのジジイ……なーんか隠してやがるなぁ~?)」


「タウリー、クラウド。絶対捕まえましょう!」


「うん。僕とホープに任せてよ!」


「ワン!」


「フン……アタシゃそんなに気は乗らないが、試したい物もあるし丁度良いかもねぇ……」




 その後地下室に集められた男達とルミナ達は合流。ある作戦を立てたクラウドが、その作戦を説明した。その作戦に伴い、それぞれ数班に分けられて集落を巡回することになった。


その時に長からルミナがアンドロイドであるということが伝えられ、ある者は頭にハテナを浮かべ、ある者は畏怖するように、そしてある者は大笑いした。


しかし、十数人いる男達の中でただ一人、何の反応も示さない男が居た。その男は、終始表情を変えることなく話を聞いていた。













         ◎◎◎













 夜になり、作戦通り二人一組で集落を巡回することとなった。


改めて長の家の前にて、作戦の確認をする。雨が降っていたが、今はそれどころではない。




「野郎ども、良いかい最終確認だ。二人一組、さっき決めた奴同士で巡回しろ。怪しい奴見つけたら、さっき配った信号拳銃で信号弾を上げろ。アタシが特別に改造したやつだ、感謝しな。そしたら、全員信号弾の元まで行け。逃がすな。戦闘はこのルミナがやる。以上だ、分かったかい!!」


「「「「「うおおおぉぉぉ!!!」」」」」




 集落の男達が雄叫びを上げる。その声にクラウドはうんざりしていた。




「全く男ってのは、何でこうも吠えたがるんだか……うるさくてかなわんよ」


「え~良いじゃん。こうした方がホラ、なんだか気合い入るし……うおぉぉー!!」


「ワン!」


「はあぁ~、何でこうもうるさいんだか……」


「私も叫んでみたいです——……?あなたは皆さんのように叫ばないのですか?」




 ルミナ達の近くに、他の男達とは離れた場所で腕を組みながら建物に静かに寄りかかっている男が居た。


そこにルミナが声を掛けた。それに男が静かに答える。




「……俺はあんな風に馬鹿騒ぎするやつは嫌いだ。それに、この集落にはあまり執着がないのでな。……確かアンタはアンドロイド、だったか?アンタが犯人を捕らえるんだろ?」


「そうです——」


「ははっ。……いくら長が信用したからって、アンタが本当に力になるようには見えないが?」


「……確かにそうは見えないかも知れませんね。むしろ私は……そう見えていない方が良いのです。それでは、お互い頑張りましょう」


「……そうだな」




 ルミナの言葉に少し詰まりながら返事をする物静かな男。その後方から、男と巡回をする者がやって来る。




「おいどこ行ってたんだ。行くぞ」


「……ああ」




 それをルミナは見送り、同行するタウリーの側へと近寄る。




「私達も行きましょう、タウリー」


「うん!行くよ、ホープ」


「ワンワン」




 そこにクラウドが声をかける。




「ルミナがいれば大丈夫だと思うが……二人とも、気をつけな。この事件は何かあるよ……」


「?何か、とは?」


「いや、ただの感さ。……さ、とっととお行き!!」


「では、行ってきます」


「クラウドの武器、使わせてもらうよ~!!」




 雨降る夜の、巡回が始まった——。

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