episode1.7

 空虚な建物群と、植物達の織りなすなんとも言えない美しさを感じさせる場所から、少し自然の多く繁る場所へと歩みを進めていく。


碧色の髪を揺らし、薄い服だけを身に纏い、銀の眼でタウリーを見ながらルミナが話しかける。




「この辺りは自然が、他の場所よりも多いようですね」


「そうだね……熊以外にも、危ない野生動物は沢山いるから、辺りを警戒しながら歩こう」




 特に表情を変えることなくルミナが頷く。それにタウリーが付け足す。




「それと、僕たちには武器が無い……もし遭遇したら、下手に刺激しないようにしよう。ばあちゃんが言ってた」




 真剣な表情で、タウリーはルミナを見ながら言う。そこにホープも相槌を打つように吠えた。


ルミナは表情を変えずまた頷いたが、頷いた後、ほんの少し声音を上げたような声で言った。




「あの……可愛い動物も、いますか?」


「……え?」


「可愛かったら、少し、撫でても…‥問題、無いですか?」


「ふふ!……ルミナって、ちょっと抜けてるね。あと、可愛いもの好きだ」


「……抜けてる?……身体のどこも抜けてないです」


「あっははは!!!やっぱりなんか抜けてるというか……天然というか!」


「……?」




 頭にはてなを浮かべながら、よく分からない、と言いたそうな顔でタウリーを見つめるルミナと、ルミナの言動で気を引き締めるどころか緩めることになり、ルミナの抜け感を改めて感じたタウリー。


 茂みを掻き分けて、もう道とは呼べない道を行く。老人から教えてもらった湖へと行くには、幾分かの苦労がかかっていた。


辺りにはもう構造物と呼べる物はなく、ただひたすらに無造作に、緑と茶色の木々、澄み渡る空のみが二人と一匹を見守るだけである。




 そして、動物たち——




 タウリー一行が草木を少しずつ掻き分けていると、目に見える範囲にある茂みが音を立てて揺れる。近い。


その音に気付き、警戒する。万が一熊や他の危険とされる野生動物であった場合、対処方法が刺激しないということしかない。


だんだんと揺れる草木と音が近づき、その獣がタウリー一行の眼前に現れた。




 猫である。




 にゃあ、とだけ小さく鳴きながら現れた猫は、犬であるホープを意にも介さず

ルミナの足元へと駆け寄っていった。




「なんだ猫だったのか~良かったね、ルミ——」


「かわいい」


「……やっぱり、ルミナは可愛いもの好きだね」




 足元に来た猫を少しずつ触りながら、ルミナは表情こそあまり変えないもののその顔には、確かに喜びの意思が感じ取れる。


それを見て、タウリーは表情を崩しながら呟く。その側で、ホープは弱々しく鳴き声を上げながら、足元をすりすりとしながら甘えるだけであった。













        ◎◎◎













 他の野生動物のことなど気にもかけず、しばらく猫と戯れていると、急に猫がルミナに背を向けて歩き出した。


そして立ち止まって、タウリー一行の方を見る。暫くすると、また歩き出す。


ルミナは何かを感じ取ったようにタウリーに言う。




「ついてこい、ということでしょうか」


「多分そうだね。何処かに案内してくれるのかな」


「行きましょう」




 そう言うとタウリー一行は猫の後ろに付き、不思議な猫の案内にすこしワクワクしながらついていく。


草木が覆い繁る猫の道を歩いていくと、また廃墟群のような場所へと開けた。何の建物であったかは定かではないが、とにかくそれも緑と共存、もしくは取り込まれたような見窄らしさを纏っている。


先程よりも歩きやすくなった道と呼べる道を猫が歩いていく。そこにタウリー一行もついていく。


 草木を掻き分けて進んでいたためか、二人の衣服は既にボロボロに近い状態だった。しかし着替えがないため、それで進んでいくしかなかった。


 タウリーは身震いしながら歩いていたが、ルミナの外見に特に変化はない。




「ルミナ、少し寒くない?」


「特に寒くは感じていないです。アンドロイドだからでしょうか?」


「うーん……感じ方が違うのかな?まあ人それぞれ、感じ方は違うからね」


「人によって違うのですか?」


「え?」


「……?」




 猫の後を進みながら、そんな会話をする。ルミナは本当に知らなかったようだ。




「ワンッ!」


「ん、急にどうしたホープ——って猫、居なくなっちゃった」


「本当ですね」


「猫は気まぐれだって言うからね。集落に居た子もこんな感じでいつの間にか消えちゃうんだ。でも、ここまで初対面の人に懐く子は珍しい方だよ」


「そうなのですか?」


「うん、これも猫それぞれなんだよね」


「猫、それぞれ」


「おんなじように、人も人それぞれなんだ。だから、お爺さんのように親切な人だけとも限らない」


「人も動物も同じなのですね」


「そうだね」




 先程の会話にオチをつけ、お爺さんから教えてもらった湖の方位と自分たちのいる場所を確認して、また歩き出した。


景観こそあまり変わりはないものの、時間が経っていることもあって影が既に大きく伸び始めていた。暗闇と同化するのも時間の問題である。


そんなことを感じながらタウリー一行は進んでいた。すると、先程の猫がまた現れた。現れたと思うと、急に走り出してタウリー達よりも先の道に向かって行ってしまった。




「どうしたんだろう、あの猫」


「ついていってみましょう」




 そうルミナが言い、また猫の後をついていく。


すると、廃墟群と自然が織りなす景観が一変し、道の先には突然湖が湧いていた。


青々として、空を写し出した鏡面のように輝いた湖を背に、猫が小さくタウリー一行に鳴いた。




「うわぁ……!凄い」


「綺麗、ですね……綺麗って何でしょう」


「まさにこの湖みたいなもののことだよ!」




 そう言うと走り出して、湖に向かっていくタウリー。その後にホープが続く。


猫の横を通り過ぎ、湖の縁で立ち止まってその水を触ってはしゃいでいた。


 ルミナは歩いて、寝転んでいる猫に向かっていく。そして側でしゃがみ込んで猫の顔を覗きながら撫でた。




「ここに、連れて来たかったのですか」


「にゃあ」


「……ふふ」




 猫は満足気に返事をするように鳴き、ルミナの問いに答えた。




「おーいルミナ!今日はここで寝よう!湖だから、ここで体と服も洗っちゃおう」


「はい。……あなたも行きますか?」


「にゃ」




 そうルミナが問うと猫は小さく鳴き、目的は達成したと言わんばかりにルミナに背を向けて、もと来た道へと歩いて行ってしまった。

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