episode1.6

 ルミナが老人にそう言うと、老人は幾ばくかの沈黙をもって、それに口を開く。




「……お主がわしの話したロボットやアンドロイドと呼ばれるものとは別だ、ということは分かった。暴れたりせんからな。……じゃが、やはり疑ってしまうのは、人間の駄目な所かもしれんな……」


「……」


「それに、わしが知っていることと言えば、さっき話したことぐらいじゃ。すまんの、頼りになれんで……」




 そう言うと老人は、また皿を片付け始めた。


ルミナは何か言いたそうだったが、何も言うことはなく、開いていた口を閉じた。


これを見兼ねたのか、老人がルミナに再び話しかける。




「……集落全体で、お主の正体を明かすことは危険じゃろうが……その集落のはずれに住んでいる者の家に尋ねると良い。アイツはわしとは昔からの仲じゃ。きっと分かってくれる。それに、集落には昔からいたはずじゃ。その、ロボットやアンドロイドについてわしよりも情報を持ってるやもしれん。どれ、手紙でも書くとするかの」


「おじいさん……」


「……良かったね、ルミナ」


「……はい」




 そう言うと老人は、せっせと紙と鉛筆を取り出し、手紙を書き始めた。


タウリーも、ルミナが心なしか嬉しそうにしているのを見て、安堵した。













        ◎◎◎













 夜が深まり、それぞれが寝つこうとしていた。


老人の住処は二人の想像より広く、老人とは別の部屋で寝かせてもらえることになった。何より、老人は元から一人の方が寝やすいようで、二人が別室の方が良いそうだ。


タウリーの側にはホープが丸くなって寝ていた。よく寝る犬である。


その横に、ルミナが寝つこうとしていた。




「ねぇ、ルミナ。ひとつ聞いても良いかな?」


「……なんでしょう?」


「どうしてルミナは、おじいさんにロボットのこと、聞こうとしたの?」




 横になりながら、背中越しにタウリーが問いかける。




「……どうしてでしょう。前にタウリーから聞かせてもらった話を、他の人にも聞きたかったから、でしょうか……」




 止まりながらも、自分の不明瞭な心の内を言葉にしていく。




「私はアンドロイドです。ロボットとは違います。でも、似たようなものだと思うのです。あまり分かりませんが……でも、自分が何者なのか、知りたいと、そう思ったのです」


「……ふ~ん。なんだか難しいね」


「はい、難しいです」


「じゃあさ、ルミナは何者だったら良いの?」


「……どういう意味でしょうか?」


「ん~っとね、僕もよく分かってないんだけど、ルミナはさ、アンドロイドではあると思うんだけど、僕からしてみれば人間と変わらないと思うんだ。ルミナは人間だと思われて、嬉しい?」


「……よく、分かりません」


「じゃあ、アンドロイドだ、って言われて嬉しい?」


「……それも、よく、分からないです」


「人間はね、もちろん人間だ、って言われることが当たり前なんだ。だけど、たまに、お前は人間じゃない、って言われちゃう人も居るんだ。それって凄く悲しいことで、まんまり良いことじゃないんだ。僕の集落にもそんな子がいて、でもその子はまるで気にせず、むしろ人と違うことを喜んでたんだ」


「……」


「そして、今ルミナもその瀬戸際にいると思うんだ。だから、自分を限定しちゃわない程度に限定してあげることって、大切だと思う。僕は人間だけど、それでも自分が何者なのか、分からない時があるから、とっても難しいことだとは思うんだけどね」


「……タウリーも、自分が何者か、分からないのですか?」




 ルミナがタウリーの方を向く。それに気づいて、タウリーもルミナの方を向く。


お互い見つめ合うような体制になる。お互いの表情が、よく見える。少し照れ笑いをしながら、タウリーが答える。




「うん、たまに分からなくなるよ。なんで旅してるんだろう?、とか。何がしたいんだろう、とか。でも、それでも自分がしたいと思って始めたものだって思うと、自分はこういう人間だ、タウリーだ、って思える。だから、ルミナも感情を理解しながら、段々自分のことも理解していけると良いね。それで、自分が何者かを決めてあげるのも、旅の目標だね」


「……はい」




 そうタウリーに向かって返事をするルミナは、少し微笑んだ。


それを見てタウリーも微笑み返す。




「さあ、明日からまた旅の再開だ。お休み、ルミナ」


「はい、お休みなさい」




 そう言うとまた、それぞれが背中合わせの状態へと戻り、それぞれの夢の世界へと入っていった。













        ◎◎◎













「ワン!!ワン!!」




 ホープが吠える。いつも通りの朝。


その声でルミナが起きる。




「ん……おはようございます、ホープ」


「ワンッ!」


「タウリーも起こしましょう」




 タウリーが起きるまで体を揺する。


起きたタウリーは目を擦りながらボーッとしていた。


しばらくすると、老人が部屋へと入り、タウリー達に声をかけた。




「お主ら、もう起きたかね。どれ、朝食を出してやろう」


「わあ……!ありがとうございます」


「おじいさん、ありがとうございます」


「ワンッ!!」




 また、新しい一日が始まろうとしていた。













        ◎◎◎













「本当にお世話になりました」


「ありがとうございました」


「ワン」


「いやいや、礼を言うのはわしの方じゃよ。久方ぶりに人と話せて、楽しかったわい」




 そう言う老人は、にこやかな表情でそう言った。




「それと、薪もありがとうな。お陰で当分困らなさそうじゃわい」


「いえいえ、お役に立てて良かったです」


「この先も、動物達が出ることがあるやもしれん。気をつけてな」




 タウリー達の心配をしながら、ああそれと、と言い老人が話す。




「お主ら、集落に行く前に湖に寄って行きなさい。わしは良いが、少し汚れているからの。あと、ルミナ。お主はこの手紙を持って行きなさい」


「おじいさん……ありがとう、ございます」


「何から何まで、本当に助かります」




 そして、別れの時。




「お主ら、気をつけて行くんじゃぞ~」


「はい!おじいさんも元気で!」


「ワンワン」




 手を振りながら、前へと進む。おじいさんの姿が見えなくなるまで、それぞれが手を振っていた。













         O













「さて、行ってしまったのぅ」




 少しだけ賑やかな時間も、あっという間に過ぎてしまった。


彼らは未来へと向かっていく、希望のある者達じゃ。




「わしは……」




 家族の絵が描かれた紙を手に取る。懐かしい顔ぶれじゃ。


あれ?なんだか……目頭が熱くなってきてしまった。いかんな、年老いると、こうも涙もろくなっては……


また、来て、くれるだろうか——。

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