第23話 地下室
足早に階段を下っていくと、やがて清潔な白い廊下に辿り着いた。
ところどころにある白い扉と白の光を放つ無機質な電灯はここが病院のようだと感じさせる。
廊下の両サイドの殆どは大きな窓ガラスで覆われていて、その奥にはこれまた無機質な部屋があった。
少なくとも、廃工場にありそうなものではない。
「ここは……設備から見て研究室のようだな」
心真が、たくさんある内の一つの部屋を見ながらそう言う。
窓から埃一つないツルツルな床を覗き見ると、腐敗臭こそするが、学園の研究室よりは綺麗ということが分かる。
「あ、あれは!」
その部屋を隅から隅まで念入りに見ていると、僕の目は部屋の中央にある机に置かれている見覚えのある特徴的な薬品が入ったフラスコに留まる。
その薬品とは能力を強化する効果を持つあの薬品だった。
「おい、迂闊に部屋に入るんじゃない……もしかしたら罠があるかも知れないだろ?」
僕の体は薬を手に入れようと無意識に動いて、その部屋に入ろうとしていた。
心真がそれを僕の服の襟を掴み、ギリギリで阻止する。
「すいません……でも、どうしてもあの薬が欲しいんです」
「何故だ? いや、何となく想像がつく……まぁ、あれを取るのは容易だ。僕の想像が間違っていようが合っていようが念の為、貰っておくことに越したことはないだろう」
心真は、先程の戦闘で使用した血のついたナイフを窓ガラスに突きつける。
そして、ナイフの持ち手の方をグッと押すと、ガラスは一瞬にして夜空に煌めく星のように自らを輝かせながら綺麗に散った。
力がナイフの切っ先一点に加わるため、いとも簡単に割れたのだ。
ただ、この大きい窓ガラスを割るにはこの方法を使ったとしても物凄い力が必要となるだろう。
つまり、心真はほぼフィジカルでこのガラスを割ったということだ。
弾丸を弾いた時もそうだが、無表情でそんな人間外れのことをやるのだから僕には恐ろしい以外の感想が思いつかない。
「ここは一応だが敵のアジトだ。正面から入るのはリスキー以外の何ものでもないだろう」
心真はそう言いながら、落ちていたガラスの破片を一つ拾い、部屋の中に投げ入れた。
当然、それは部屋の壁に当たり更に細かくなる。
心真は、そんな行動を何回か繰り返した。
「まぁ、罠はなさそうだな……じゃあ入るか……」
心真は最後の一投を投げると、そう言ってさっさと部屋に入り、さっさと薬を取って戻ってきた。
砕け散った窓ガラスの所為か、その様子は何処か泥棒を連想させる。
否、やっていることは間違いなく泥棒である。
「どうぞ」
心真はそのフラスコを僕に差し出す。
中に入っている奇妙な色をした液体が揺れる。
僕は『ありがとうございます』とだけ言い、それを受け取った。
ガラス製のフラスコは何故か冷たく、二つの意味でその儚さを表現している。
僕はそれを落とさないように懐に入れた。
「さて、僕の勘はどうやらこれを指していたみたいだし、一度さっきの場所に戻るか」
そう言って僕たちは踵を返した。
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僕たちはその場所に戻ってきていた。
先程より戦場は荒れており、そこかしこで戦闘が勃発している。
定期的に爆発音のような轟音が鳴り響き、鼓膜を激しく揺らす。
辺りは血の海に染まり、とにかく紅くなっていた。
「お、あれは……又谷先生だ。うむ……強そうな男と対峙してるな……加勢に行こう」
遠くを見ながらそう言い、すぐに駆け出す心真。
戦場では、一時の油断も命取りになり得るので常に気が張り詰めている。
その所為で、僕の中に着実に疲労が溜まっていっていた。
しかし、先生の元へ駆けつけないわけにはいかない僕は、心真に続いて戦場を疾走する。
「かかってこいよ」
会話が聞こえる範囲に入った直後に戦いの火蓋を切るような言葉が先生から放たれた。
刹那、両者の衝突による恐ろしい程のの爆風。
僕の体は抵抗することもできずに吹き飛ばされる。
一緒に飛んできた小石が顔の皮膚を切り裂く、そこからツーと真っ紅な血が垂れ、海と混じった。
「痛……」
呟いてもどうもならないがそう呟いてしまう。
痛みが和らぐなんてことはあり得ないのに。
僕は少しの間、先生と謎の男との戦いを呆然と眺めていた。
その戦いは、僕が加勢に行ったところで……そう考えてしまう次元のものだった。
不意に、懐にあるフラスコに手が当たる。
できれば温存しておきたい……
脳のそんな考えとは裏腹に、体がその蓋を開ける。
ワインを開けるようなポンッという音と共に周囲に広がる刺激臭。
僕はその奇妙な液体を一思いに飲み干した。
瞬間、心臓の鼓動が、聞こえる程に大きくなった。
思わず、空になったフラスコを地面に落とす。
初めて飲んだ時よりは症状がマシだがそれでもこの薬は苦手だ。
体が少しだけ痙攣を起こす。
しかし、ものの数秒でそれらは収まり、僕の体に力が湧いてきた。
今なら何でもできてしまう……そう慢心させるぐらいの力。
僕は昂る気分を何とかして抑えながら先生の元へ加勢に向かった。
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