第22話 アジト

 テレポートは、何度か経験したことがあるが、機械でのそれはなんとも表現し難い感覚だった。

少なくとも、気持ちの良いものではなかった。


「ここは……?」


ジットリとした嫌な空気と一緒に、何かの腐敗臭が周囲に漂っている。

研究室も大概だったが、それ以上に気持ちの悪い雰囲気だった。

僕は田代先生が言っていたミニキューブを拾い、辺りを見渡す。


「この廃工場みたいなところが反社のアジトね……いいわね。久しぶりに腕がなるわ」


確か彼方だったか……彼女は言いながら軽く指を鳴らす。

それを見た先生が『慢心だけはすんなよ』と忠告をする。

だけで挑んではいけない任務だと思うが、他の生徒はどうにかなるだろうという思考に至っているようだった。

まぁ、先生が居れば案外なんとかなるのかも知れないが、それでも僕は痛いのが嫌なのでこうしている今でも細心の注意を払う。


「分かってるわ」


先生に対して彼方がそう返答するが、その言葉は『行けたら行く』という言葉と同等なレベルで信用できないものだった。


「まぁ何かあったらすぐにそのキューブを壊せよ。すぐに帰れるらしいからな」


先生のその言葉に、一同が頷く。

なんやかんやで1年1組にもチームワークというやつが芽生えてきているのかも知れない。


「じゃあ、これから潜入を開始するが、二人づつに分けようと思う。集団で動くと、どうしてもバレる確率が高まる」


「バレても大丈夫じゃない。全員ぶちのめせば済む話だわ」


「お前なぁ、そういうのはこのアジトの親玉を見つけて先に始末してからするもんだ。そっちのほうがリスクが低いからな。勝手に死なれちゃあ困るんだよ」


一見、他人を心配しているように見えるが、先生のことだ。

恐らくクラスの中で死亡者が出た場合の全責任を負わされているのだろう。


「では、気を取り直して……チームを分ける」


少し前から思っていたのだが、敵のアジトのすぐ近くで、こんなに悠長にしていて大丈夫なのだろうか。

誰かに見つかったり……

刹那、銃声が鳴り響いた。

鉛玉が一人の生徒の頬を掠める。

それと同時に、彼方が動く。

銃を撃った人間は、素早く放たれた手刀で腹を貫かれ、一瞬にして息絶えた。


「……やっぱり慣れねぇーな……派手に動くのは家系上苦手なんだがな……バレちまったら仕方がないか……みんな! 彼方の案を採用するッ! 敵を全力で翻弄しろ!」


先生の叫びに近い声を合図に、僕を含めた生徒全員が一斉に動き出した。

騒ぎを聞きつけ、外に出てきていた敵を彼方がいっぺんに殺す。

警備も誰も居なくなったアジトには、難なく侵入できた。

そこで、僕たちはバラバラに解散する。

僕は薬を飲まない限り、最弱の能力のため、心真に付いていくことにした。

本当は先生に付いていきたかったが、生憎ともう姿が見えない。


「右から来る」


不意に、心真がそう呟く。

その数秒後、右の角から二人の敵が姿を現す。

心真は、自分の能力で敵を察知し、伝えてくれた。

僕にはフィジカル以外の攻撃手段がないため、そいつらに渾身のパンチをお見舞いする。

瞬間、鈍い音が響く。

二人の内、一人が僕のそれによって倒れた。


「テメェら! 次に動いたらこれで風穴開けてやるからな!」


もう一人が懐から銃を取り出した。

武器に頼っているということは、自分が戦闘向きの能力者ではないことを表している。

だが、僕は銃を何とかする手段を持ち合わせていなかった。


「来いよ」


銃を向けられているにも関わらず、心真が一歩そいつに近づき撃てるものなら撃ってみろと捉えられる言葉を投げる。

その瞬間の出来事だった。

そいつの銃が火を吹き、耳が張り裂けるような音を響かせる。

心真に迫りくる弾丸は音速を越え、無慈悲にもその心臓を貫く。

と思われた。

しかし、心真は懐からナイフを取り出し、いとも容易くその弾丸をそれで弾くという桁外れな技を見せた。


「護身用のナイフ……持っといて良かった」


敵は驚きの声を上げる間もなく、ナイフで刺され、一発で絶命した。

僕は、何が起こったのか暫く理解できないでいた。

ただ発砲音がし、その後にキンッと甲高い音がして、気が付けば敵は死んでいたのだ。

簡単に理解できる筈もない。


「さぁ、行こうか……」


「あ、あぁ」


僕は気を取り直して再び動き出した。

分からないことは考えない。それが僕の座右の銘だ。


「僕の勘だと、こっちに何かがある」


心真は、一度立ち止まり左を向いて言った。

僕も同じように左を向く。

そこに広がっていたのは下りの階段だった。

このアジトは、聞いた話によると、廃工場を勝手に使っているらしい。

故に、おかしいのだ。

廃工場に地下があるということが……

それが表していたのは、地下に何かがあるということ。

それ以上でもそれ以下でもない。


「行こうか」


心真の言う通りに、僕はその階段を下り始めた。

周囲は薄暗く、腐敗臭が漂っている。

どうやら最初に嗅いだ臭いはここから流れてきているようだ。

だが、僕たちが歩みを止めることはなかった。

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