第20話 昔ばなし

 「少し前の話だが、僕はあの大事件に巻き込まれたことがある。……そう、一つの町がたった一日で消し飛んだあの事件だ」


それを聞き、僕の心拍数が一気に高まった。

これが心真が無表情になったこととどう関係があるかは予想もつかないが、あの事件の情報を得られる数少ない機会だ。

僕はそれを絶対に聞き逃すまいと聴力に体中の意識を集中させる。


「僕の実家はあの町の中心部らへんなんだが、事件が起こった時、僕は一人で散歩をしていた。本当に一瞬だった。僕の目の前の建物、いや、全てが吹っ飛んだのは……」


ニュースでは、町は中心部に行く程、見ることもできないぐらいの有り様になったと聞いた。

そんなところで、心真はどう生き残ったというのだろうか……

僕は静かにその話を聞き続ける。


「幸いにも、建物が盾になって後遺症も残らないぐらいの軽症で済んだのだがそこからがヤバかった。辺り一面に誰かの血が広がり、誰かの手足がそこら辺に転がっている。まさに地獄だった。まぁ、そのあまりの惨状に、感情が壊れて無になったってわけだ」


この話を聞くと、自分がどれだけ幸運だったのか思い知らされる。


「それを話して本当に大丈夫なのか? 精神状態が不安定なっているんじゃないか?」


言わせた本人が言うことではないだろうが、心配なものは心配なのでそう尋ねる。


「いや、何故かは分からないが君に話す時は大丈夫なんだ。心配はいらない。それと、これはあくまでも憶測だが、君は僕の感情を取り戻してくれる気がする」


「そうですか。まぁ過度にそれを信じないことです。更に症状が悪化する可能性がありますからね」


何かしら根拠があるのかどうかは知らないが、精神が完全に崩壊して情報を訊けなくなると困るため、僕はそう言う。

今の自分を俯瞰してみると、自分のメリットの為だけに他人を心配している情の欠片もない人間に見える。

僕の心が僅かに傷んだ。


「ところでですが、夜見田さんはどうやって生き残ったんですか? 話を聞く限り、かなり絶望的な状況に思えたのですが……」


「……それがだな……記憶にないんだよ……次に目を開けたら病院だったからな……」


「そうだったんですか……」


心真は町の中心部に居たと聞いたのでもしかするとあの事件の黒幕なんかが分かるかも知れないと心中で少し期待していたが、それは残念ながら闇の中にあるままだった。


「因みにですけど、感情が壊れてこれまで、大変でしたか?」


愚問だとは思いながらも、訊かなければ急に静寂が訪れ、気まずくなりそうだったので僕はそう尋ねた。


「いや……ただ気味悪がられただけで言うほど大変じゃなかったな。それに、感情が壊れて少し得をしたこともあった」


「得? 誰もできないような体験をしたとかですか……?」


心真ならそれを得と言ってもおかしくはないと思い、僕はそう言った。


「確かにそれもあるにはあるが違うな……得っていうのはで能力が使えるようになったことだ」


「? それはどういう……」


「能力が使えるようになったではちょっと語弊があるか……正確には、前の能力がなくなった代わりに新たな能力が使えるようになった……だ」


心真が今、五体満足でここに居るのは、その情報を誰にも言ってこなかったからだろう。

もし言ったりなんかしたら研究の対象内にされることが容易に想像できる。

研究なんかされたら腕一本ぐらいは無くなりそうだ。


「それを僕に言って大丈夫なんですか?」


不意に、過程を吹っ飛ばす高レベルな質問をしてしまう。

自分の頭の中で考えたことは相手にも分かっているだろうと思い込んでしまった故のものだった。

僕も気付かない内にだんだんとこの最高クラスに染まってきているのかも知れない。


「問題はない。どうやらこの教室は今、完全なるプライベート空間になっているらしいからな……」


「どういう意味ですか?」


急に心真が又谷先生みたいなことを言い出して、困惑した僕はそう訊くことしかできなかった。


「いや、又谷先生が心のなかでそう思っていたのを思い出して言っただけだ。僕の新たな能力っていうのが『心を読む』能力だからな」


突然の能力の公開に、僕は困惑の色を濃くする。


「それも言っていいんですか?」


「避けようがないからな言おうが言わまいが関係ない。寧ろ言った方が有利なまである」


「そうですか……」


僕はそう答えることしかできなかった。

それにしても、心を無にしたら悟りを開ける的な話を聞いたことがあるがあながち間違いじゃないのかも知れないな……

心真は擬似的にそれを体験しているような感じか……


「少し巻き戻るが、君は僕の感情を取り戻してくれる気がすると言っただろ? 実はな、そう思った根拠というのはなんだが理由があるんだ。それが、君の心は僕には読めなかったことだ。僕はそこに何かしらの運命を感じたから君と友達になった」


「そんなことを考えてたんですね……」


出てくる台詞が、その一言しかない。

最初はただの頭がおかしい奴と思っていたのが、実はめちゃくちゃ考えて動いているという事実に僕は静かに驚いていた。


「さて、そろそろ二時限目が始まる。席に戻ったほうがいい」


「ありがとうございました。質問に答えてくれて……」


僕は最後にそう礼を言うと、自分の席へ足早に戻った。

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