第18話 ポーカーフェイス

 教室に戻る途中の階段で、キンコンカンコンと休み時間の終わり、及び一時限目の始まりを知らせるチャイムが鳴り響いた。

僕はそれを聞き、焦燥感に駆られる。

それ故の事故だった。

階段を下りた先の廊下の曲がり角で、ドンと誰かと肩をぶつける。

勢いがよかったためか、両者が軽く吹っ飛んだ。

僕はすぐに立って謝ろうと相手の顔を見た。


「!?」


僕は恐怖で飛び上がりそうになった。

それもその筈、相手の男の顔はありえないほどに無表情だったのだ。

普通は予測不可能な出来事に見舞われた際は無意識に表情を変えるものであるが、この人にはその変化が一切見られなかった。

曲がり角で人とぶつかるというのはカーブミラーが無い限りどう考えても予測することはできない。

別に能力を使っていたのならおかしくないが、それでも無表情なのは少しだけ気味が悪い。

しかし、ぶつかってしまったのは事実なので、僕は謝罪の言葉を発す。


「すいません、慌ててたもんで……」


「いや、これは僕にも非がある。すまない」


僕が謝ると、相手はその表情に合った抑揚の無い声でそう返す。

話すときも表情が変わらないのが更に不気味さをかさ増ししている。


「じゃあ、僕は急いでるんで……」


気まずくなったのか怖くなったのか、僕は教室に向かおうとしていた。


「いや、ちょっと待って……君に聞きたいことがある」


そう言われて、何故か引き止められる。

無視して行っても良かったが後が怖かった。

あの表情のまま追いかけられでもしたらたまったもんじゃない。

だが、この人は初対面の僕に一体何を聞きたいと言うのだろう。

そもそもとして、見た感じ生徒であるこの人が――人のことは言えないが――授業中にも関わらず、こんなところに居るのは何故だろうか……

何となく、これから良くないことが起こる気がする。


「君は何者なんだ?」


「? それはどういう意味ですか?」


本当に訳が分からない質問をされ、思わずそう尋ねてしまう。

だが、少なくともいい方向の質問ではないことは確かだ。


「いや、やっぱり何でもない……それより、君は噂の新しく1年1組に入ってきた人?」


あからさまに質問を無かったことにすると、新しい質問を繰り出した。


「そういうってことは貴方も1年1組の人なんですか?」


「あまり質問を質問で返さないで欲しい……けど君はクラスメイトということは分かった。だったら提案がある」


「提案?」


僕はそう訊き返す。

初対面の人にされる提案にはさほど良いイメージが湧かない。

というか、悪いイメージしかないと言っても決して大袈裟な回答ではない。

僕はどんなものが来てもいいように少しだけ身構えた。


「僕と友達にならないか?」


しかし、身構えたのは何の意味もなさなかった。

予想外過ぎる質問に思わずひっくり返りそうになる。

しかもそれを真顔のままで言うので冗談かそうでないかを見分けることもできず「はぁ?」という言葉を出すことさえもできなかった。

僕は唖然とするが、相手は気にせずに話を続ける。


「ほら、君に足りていないのは情報だ。君は1年1組についての情報を何も知らないだろう? だったら、断る理由は無いんじゃないか?」


僕は一度頭を振り、精神状態を立て直すと、冷静に思考を始めた。

相手の思惑が分からないとき程、不安になることはない。

それを探るため、僕はとある質問をする。


「貴方へのメリットが見当たらなくて怖いんですが?」


「メリット? 僕が君に興味を持ったからじゃ駄目か?」


人は興味というたった一つの心的状態で行動を起こせるのだろうか……

漫画家とかはアニメからか、好奇心で動いているイメージが強くあるが僕たちはただの学生で、漫画家ではない。

僕の頭の中で、断るという選択肢が大きくなる。

だが、自分一人でクラスメイトからの信頼を得て、情報を引き出すというのは中々に不可能なことだと思う。

だったら、この人と友達になった方がまだ目標を達成する希望があるのではないのだろうか。

相変わらず、不安感は拭えないが要は相手の思惑通りに動かないように警戒すればいいだけの話なのだ。

それはとても困難なことだと思うが、できないことはない。

そこまで考えると、僕の答えは決まったようなものだった。


「まぁ、いいですよ。僕たちにとって好都合なら、友達になっても……」


何となく、本心からではないと分かるような口調でそう伝えた。


「そうか。ありがとう。僕の名前は夜見田心真よみだしんまだ。これからよろしく」


「僕は清水皐月です。よろしくお願いします」


そうして、僕たちは軽く手を交わした。

一応、友達という関係性にはなったが、ポーカーフェイスの心真を相手に、僕の敬語はまだまだ抜けそうにない。


「さて、もうとっくに授業は始まっている。さっさと教室に戻ろう」


「そうですね。もう怒られるのは確定してますけど……」


僕たちはとある廊下の曲がり角で止まっていた足を再び動かし始めた。


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