第16話 朝方
「……うーん……」
夕食を取っていない故の空腹により、僕はうなされ、果てには目を覚ましてしまった。
彼女曰く、人間は夕食がなくても生きていけるから抜いているらしい。
郷に入っては郷に従えと言うように、この家のルールにとやかく言うつもりはないがそれでも、夕食は欲しかった。
僕は耐えきれなくなり、ベットから飛び降りる。
「朝方か? 日の光が見える気がする」
窓から差し込む微量の日光を頼りに、僕は部屋のドアを開ける。
先程まで動物さえも眠っていたためか、それの軋む音がより鮮明に耳に届いた。
「取り敢えず、リビングに行くか……二度寝できそうにないしな……」
何処に廊下のスイッチがあるか分からない僕は電気の付いていない薄暗い廊下をゆっくりと歩き出した。
昼間の雰囲気とはガラリと変わり、だだっ広いことも相まってか壁の装飾までもが気味悪く感じる。
今まで、死より怖いものはあんまりないと思っていたがこれはもしかするとあんまりの部分に入るかも知れない。
僕は寒さではなく、怖さに少し震えながらも、リビングまでの道を記憶を探りつつ歩く。
一歩一歩をしっかり踏みしめ、昨日のような突然の落下にも備える。
やがて、リビングのドアの前まで辿り着くと、僕はそれの隙間から明かりが漏れていることに気付いた。
一刻も速く電気の温かみを感じたかったのか、僕は少し焦り気味にドアを開ける。
刹那、視界いっぱいに照明の光が広がった。
「お、今日は早いな……おはよう」
リビングの椅子に腰を掛け、片手に本を持ち朝のコーヒーを優雅に嗜んでいた彼女がそう言った。
多少の恐怖から解放された僕は安堵感に包まれながら「おはよう」と返す。
「なんだ? 眠れなかったか?」
彼女は、読んでいた本に栞を挟み、少し心配そうに尋ねる。
「いや、少し空腹がな……」
「そうか、昨日は大丈夫だったのにな……」
「昨日、ちょっと忙し過ぎて昼食を食べるのを逃したんだ。それ故だと思う」
「今日は様子を見に行けないがあまり無理はすんなよ」
彼女は、そう言ってカップに口を付ける。
コーヒーは大分冷めているようで、難なく飲んでいた。
「皐月も何かいるか?」
「それじゃあ、貰おうかな……」
こうして、優雅な朝の一時は、瞬く間に過ぎていった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「今日も頑張れよ!」
学園への登校はものの数秒で終わり、僕は近くの人目のつかない場所に置いていかれた。
これから、波瀾万丈な一日が始まるのか、穏やかな一日が始まるのかは今後の僕の行動によって変わってくると言っても過言ではないだろう。
僕は軽く伸びをし、学園の門まで歩き始めた。
気の所為か、昨日より門に吸い込まれていく生徒たちの喧騒が大きい。
それに、心做しか周囲から数多の視線を感じる。
僕は何処となく嫌な予感を覚えていた。
「おはよう! 皐月!」
不意に背後から声を掛けられ、僕は思わず飛び上がりそうになる。
「びっくりしたぁ……おはよう」
「ねぇねぇ、いきなりだけどさ、1年1組になるってホント?」
「あぁ、本当だが……まさか、もう情報が出回ってんのか?!」
「この学園の生徒を侮っちゃいけないよ? 空間を切り離さない限り、何処にもプライベート空間なんてないんだから」
「うーむ……気を付けるよ……それでどうにかなる問題だとは到底思えないが……」
情報が出回ってたから見られてるのか……
つまり、気の所為ではなかったわけだ。
「っていうか、昨日大丈夫だったの? 急に保健室を飛び出して行ったけど……」
「先生に仮病がバレたからな、焦ってた」
適当に自分に分が悪い質問を流す。
歩きながら、僕たちはまだ会話を続けた。
「思いっ切り又谷先生に殴られてたけど?」
「演技だよ、演技。あれぐらい痛くも痒くもなかったさ」
殴られた時は悶絶するほど痛かったが……
先生の調節のお陰で今僕は喋れている。
「皐月って、強かったの?」
「まあな、だから1年1組に入ることになった。面倒臭いから隠していたんだがな……バレちまった」
よくもまぁこんな嘘がべらべらと口から出てくるものだ。
僕は自分で驚いていた。
「へぇーそうなんだ」
早耶香が人の言うことをすぐに信じてしまう性格なのだろうか、疑うこと無く僕の嘘を信じた。
早耶香の親じゃないが将来が不安だ。
「お別れになるのかな……」
「まぁ、言っても同学年だし、世界が終わることさえなければ会えるだろ。多分」
「あはは、何それ!」
靴箱で靴を履き替えながら、そんな会話をする。
「僕はこっち側に行かなきゃいけないのか……」
昨日は左に行った道も、クラスが変わったため、右を行かなくてはならない。
「じゃあな」
「またね」
そう軽く交わすと、僕たちはそれぞれ反対の道を歩き始めた。
今日も波瀾万丈になりそうだなぁ……
そう考えると、思わず溜め息が溢れた。
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