第14話 帰宅
冬の昼はとても短く、太陽は忙しそうに高速で動いている。
あっという間に昼は暮れ、寒い冬の夜が訪れた。
そんな中、僕は学園の近くの公園のベンチに腰を下ろし、彼女を待っていた。
というのも、ここから家までの距離が異様に離れているためだ。
彼女に送迎をしてもらう以外に学園に通う手段がないのである。
「寒いなぁ……速く来てくれ……」
防寒具の一つも無い状態で真冬の夜に一人きりなのだ。そう溢さずにはいられない。
その時、上方から白色の塊がヒラヒラと舞い降りてきているのに気付いた。
それは決して春の訪れを感じさせるようなものではなく、僕ははぁ……と白い溜め息を吐く。
「悪い、持たせたな……」
絶望に染まろうとしていた僕にそんな声が掛けられた。
僕は自然と俯いていた顔を上げ、そちらを見る。
そこには、彼女が居た――
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「やっぱり速いなぁ……再認識したよ……」
僕たちは一瞬にして家に着いていた。
瞬間に香るこの家独特の匂い。
この家は何故かは知らないが自分の実家よりも落ち着ける。
「寒かっただろう? 外は……本当にご苦労さまだな……」
「僕は別に何もしていないがな……」
「いや、十分にしてくれたさ」
彼女はそう言って僕に微笑みかける。
「さてと、ここに座れ、労いのお茶でも淹れてやろう」
「なんか、腑に落ちないな……」
僕はそう呟きながらもその席に座る。
それと同時に、ここら一帯が春のような気温のためか、桜の花の香りが鼻腔をくすぐった気がした。
「どうぞ、桜茶だ。お洒落だろう? ここらには毎日咲き誇っている桜の木があるからな。作り放題ってもんだ」
どうやら気の所為ではなかったようだ。
彼女は、桜の花弁が浮かんだお茶を出してくれた。
「いいね、真冬ながら春を感じるよ」
僕はそう言って慎重に一口飲む。
味は普通のお茶のはずだが心做しか春の味がした。
「学園はどうだ?」
「今日は波瀾万丈だったが、まぁいい方に転がっていると思う……」
「それは良かったな。あ、忘れてたが姿を元に戻してやろうか? そのままがいいならそれでいいが……」
「どうせ明日もだからな……このままでいいよ。魔法は解けないんだろう?」
「まぁな」
徐々に、花弁がコップの底に近付いていき、やがて底に付いてしまった。
それは、まるで春が終わってしまったかのような寂しさを感じさせる。
「そろそろ風呂にでも入ってきたらどうだ? 湯は入れてある」
「そうだな……そうするよ」
「場所は分かるよな」
「あぁ、昨日も入ったし流石にな……」
僕は少し息を吐くと、椅子から立ち上がった。
そして、その方向に体を向け、歩き出した。
一見迷宮のようなこの家だが一度場所を覚えてしまえば簡単に攻略できる。
「えっと……ここを右に曲がるんだよな……」
持ち前の空間把握能力で覚えてはいるのだが、不安感を掻き消すために自問自答を繰り返す。
歩くごとに流れていく洋風の壁はどこも同じような装飾が施されており、訪問者を迷わせる造りになっている。
この家の設計者は誰なのだろうか……余程の心配性であることは分かるが……
「あぁここだここ! 良かったぁ……間違ってなかった!」
自分の記憶が正しかったということに多少の喜びを覚えながらも、僕はその扉を開けた。
最初に広がるのは脱衣所で、その奥に浴室がある。
僕は昨日、ここを見て少し驚いた。
「ここだけ、和風の造りになっているんだよなぁ……僕は和風派だが設計者はマジでどっちなんだろうな……」
和と洋の混合というのは、対称的な二つだからこそ出せる雰囲気というものがある。
僕はそういうのが本当に好きだ。
「さて、服も脱いだし入るか……」
僕は浴室の扉を開けると、熱い湯気を顔に受けながら、そこに入った。
縦三十メートル、横五十メートル程度の広さを有するこの場所は、大浴場と言っても差し支えない。
それに加え、露天風呂まで付いているのだ。
昨日は恐れ多くて入れなかったが今日こそは入って見ようと思っている。
「まずは体を洗うか……」
僕は広すぎる故の寂しさを紛らわすためにそんな独り言を溢し、シャワーまで向かった。
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