第12話 学園長

 「転入初日から二回もここに来るなんて異常だな。まぁ、一回目はともかく……な」


そんな声が聞こえ、昏倒していた僕は意識を覚醒させた。

見慣れた天井、壁は他に類を見ない雰囲気を醸し出している。

ほのかに香る薬品の匂い……僕は保健室で再び横になっていた。


「やっと目を覚ましたか……俺が作った薬を飲ませたが君は死んでも違和感ない程の重傷だったからね。良かったよ」


そんな二度と聞けない筈の声を聞いた瞬間、僕は驚愕した。


「もしかして、幽霊だったりしますか?」


驚愕の果てに出たのがこの馬鹿みたいな疑問だった。


「まさか……でもそう思うのも無理ないか……あまり深くは言えないんだけど……俺の能力のお陰だ」


「そうですか……ちょっと安心しました」


「……それよりも、又谷またや先生……貴方、ここでタバコを吸いましたよね」


白衣の先生は僕に少し微笑むと、又谷先生の方を向き、明らかに怒りが込められたであろう声を発した。

っていうか、先生の名前……又谷だったんだな。


「いやぁ、何のことですか? 田代たじろ先生……」


そう言ってすっとぼける又谷先生。

よーく見れば目がかなり泳いでいる。

その所為か、更に怒りの度合いを上げる田代先生。

僕は初出の名前を整理するのに必死で、仲裁に入ることができない。

まぁ、元より、入ろうとは思っていないが……


「はぁ……何回も言いましたけど……俺の名前は田代たよです!! たじろと書いてたよと読むんですよ!!」


急な名前の変更に、僕は混乱に陥った。

たよか……珍しい読み方だな……


「いいじゃないか。たじろで……そっちの方が呼びやすい」


「はぁ……もういいです。又谷先生とは合わない……清水だったっけ……も大丈夫そうなので失礼します」


これ以上争っても何も得られるものはないと悟ったのか、田代先生はさっさと帰っていった。


「これだからなぁ……理系の先生は……」


「理系じゃなくても同じ反応をすると思うが……」


「そうか? まぁその話は置いておいて、侵入者の件、良くやったな。やり過ぎかも知れないが……」


「あ、殺しちゃってましたか?」


「あぁ、あの後、死亡が確認された。さぞ激しい戦闘だったんだな……」


溜め息に近い深い息と共に先生は、僕が横になっているベットの端の方に腰を下ろした。


「現場を見たんですか……」


僕は気にせずに話を続ける。


「ガラスが至る所に散らばっていてちょっとビックリしたよ」


あの又谷先生を驚かせる程の惨状というとどうしても髑髏と死体と血の三種を思い浮かべてしまうがそこまでではなかった筈だ。

半ば暴走状態だったためかしっかりは覚えていないが……


「そうか、実験室は当分の間、使えそうにないな……」


「あ……そう言えば、皐月……実験室の地下とか見たか?」


「あぁ、そこに居たからな、侵入者は……何故そんなことを聞くんだ?」


突然の話題の転換に振り落とされそうになるが何とか食らいつく。


「それなんだが……あの実験室はだな……いや、いいや。どうせ聞くことになる」


「どういう意味だ?」


「非常に言いにくいんだがな……学園長が呼んでいる」


「は?!」


予測すらさせてくれない出来事に、素っ頓狂な声を出してしまった。


「が、学園長?!」


「まぁそういうことだから……後は自分で何とかしてくれ。学園長室は向こうの方だから、じゃあな!」


躱すことができる面倒事には関わりたくないのか先生は早口で言い終わると同時に消滅してしまった。


「そんな……無責任な……」


侵入者を始末した栄光を称えて学園長に呼ばれたのならまだしも、又谷先生の反応を見る限り、そんなことはありえないだろう。


「クソッ! 今日は運がないのか?!」


ただ一人残された保険室内でそんな悲痛な叫びが木霊した。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 「はぁ? 学園長室なんてないが?」


激しい疲れと、少しの怒りが込められた独り言を放つ。

それもその筈、重い足取りで先生が指した道を進んで行き、辿り着いたのは壁だったのだ。

それも、装飾もなければ窓もない、本当に何も無い一般的な壁である。


「マジで、転入初日からヤバすぎるよなぁ……」


現実からの逃避をしたかったのか自然と今日の出来事を回想していた。

今思えばとんでもない頻度で不運な出来事に遭遇してしまっている。

まるで、運命に操られているように……


「はぁ……もう一回先生に聞くか……」


考えれば考えるほど足が重くなっていくので、僕は一旦職員室へ行こうと踵を返す。

しかしその時、僕の隣で何かが開くような轟音が響いた。


「……そういうことね……」


音がした方向を見ると、僕は何かを察したかのようにそう洩らした。


「流石に、見つかるような場所に自らの体を置かないよな……」


僕の隣の壁は、いつの間にか螺旋階段になっていて、そこから何処か禍々しい風が吹いていた。

僕は三連続で溜息を吐き、鉛の足を動かす。

両サイドにはこれまた禍々しい色の松明が置かれている。

この雰囲気を例えるならばボスの前のセーブゾーンが一番的確だろう。

生温かい風が僕の頬を撫でる。

その度に、全身に鳥肌が立つ。

僕はもう一度溜め息を吐くと、歩を進めるスピードを速くした。





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