第7話 自業自得

 ダラダラと時間だけが過ぎていく。

今日は一限目から三限目まで、誰でも知っているような能力の使い方の説明ばかり聞く予定になっている。

そんなつまらない授業――しかもあの先生の――をこの教室で眠らずにできるかと言われると僕は不可能だと答えるだろう。

現在、二限目が始まったばかりだが、既に睡魔が僕を襲っている。

いよいよ耐えきれなくなった僕は意識を手放してしまった。


◆❖◆❖◆❖◆❖◆❖◆❖◆❖◆❖◆❖◆


 「おいおい、授業中に寝るなよ。何のために学園に行ってるんだ?」


そんな声を聞き、僕は目を開ける。

いや、意識を覚醒させたわけではない。

僕は夢の中で目を覚ました。


「ん? ここ……は?」


目の前には、優――彼女の姿があった。

理解不能な出来事に僕は思わず困惑する。


「ここは、皐月の潜在意識の中だ。本当は隠れて様子を見ようと思ってたんだがな……どっかの誰かさんが居眠りをしていたから夢の中に侵入したんだ」


彼女が、呆れたような声でそう言う。

僕は状況をあらかた理解した。


「心配性だな……僕は大丈夫だっていうのに……」


「まぁな、心配性じゃなきゃこの世界では生きていけない。――それよりも、学園はどうだ?」


一呼吸間をおいて、彼女は話題を切り替えた。


「まぁまぁだな……良くもないし悪くもない。ただ、先生にはもう少しやる気を出してほしいがな」


僕はその問いに溜め息混じりにそう返す。


「そうか。まぁ、彼にも彼なりの理由があるんだろう。……おっと、彼に見つかったみたいだぞ……じゃあ詳細は家で聞かせてくれ、じゃあな」


彼女は言い終わると消えてしまった。

彼に見つかった……?

僕はその情報を処理するのに少し時間を有した。

彼とは先生のことか?

だったら――

瞬間、背筋が凍るような悪寒が全身を駆け巡った。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 覚醒した時、僕は何故か空中に居た。

比喩表現とかでは決してない。

下を見れば15メートル程先に、地面が見える。

人間は、窮地に陥った時こそ冷静になると聞いたことがあるがまさにその通りだ。

コミカルなアニメとかだったらヒューとかいう間の抜けた音と一緒に落ちていくんだろうが、ここは現実、ヒューとかいう可愛らしい音じゃなく、ビューという凄まじい音と共に落下をしている。

人間は高さ15メートルから落ちたら死ぬ……だろうか。

冷静になった故にそんな疑問が脳裏によぎる。

そもそも、なんで僕は空中に居るんだろうか……

次々と疑問が出てくるが、現実は残酷で、その疑問について考えさせる猶予さえくれなかった。

僕の背中が地面に着く。

刹那、グキッという鈍い音と共にそれとは真逆の鋭い痛みが走る。

無意識に体が、衝撃を最小限に抑えれるように動いたが、それでもこの痛みだ。

僕は思わず悶絶してしまいそうになるが何とか堪らえる。


「ふぅ……まぁ、自業自得と言ったところだな」


そんな声が僕の耳に届く。

手をはたきながらこちらに向かってくるジャージ姿の男――先生だった。

僕は痛む体を無理矢理起こしてそちらに視線をやる。


「せ、先生? 貴方が僕を吹っ飛ばして外に……?」


僕は頑張って声を絞り出す。

そして、出てきたのは、誰にでも分かるぐらい死にかけの声だった。


「そうだが、俺の授業中に眠る奴が悪いからな。……あまり目立つような真似はしたくないが、体を動かしたい気分だったんだ。だから一つ、頼まれて欲しい……俺を殺人犯にしないでくれ」


瞬間、先生の雰囲気が180度変わる。

僕は、痛む背中を押さえながらゆっくりと立ち上がった。

最悪の事態になってしまった……自業自得と言われたらそれまでなんだがそれにしてもマズい。

先生は間違いなくまともにやりやったら駄目なほどに強い。

対して、僕は負傷しているし、能力だって弱い。

つまり、負けは確定していると言っても過言ではないということだ。

だとしたら、僕がとるべき行動というのはである。

まず、僕は右に回避した。

完全に勘だったが目で追えない程の神速で放たれたその攻撃を躱すことができた。


「へぇ……躱すか、これを……」


「やめましょうよ。先生がしていいことじゃない!」


「心外だな、この学園ではこれも教育だよ……ま、そんな余裕は無いかも知れないが、俺の動きを良く見るといい。もっとも、見えないかも知れないがな」


先生がそう言い、笑みを浮かべた後、僕の腹部に強烈な痛みが生じた。

僕は学園の門の前まで吹っ飛び、またもや背中を強く打ち付ける。


「はぁ……駄目だな……弱すぎる。能力を発動できないのか?」


無理だ。もうそんな余力はない。

だんだん視界が霞んでいく。

敗北を味わうのはこれで2回目だ。

これが実戦なら僕は2回死んだということになる。

僕は己の弱さを強く恨んだ。


「って、おい! ……気絶しやがった……クソッ! 保健室に運ぶの面倒くせぇなー」


正確には、まだ気絶はしていない。

薄れゆく意識の中、僕は先生に担がれた感覚を覚える。

そして、一瞬にして視界は教室に戻った。


「あーあ……派手に窓ガラス割っちまったな……こいつには破片は刺さっていないみたいだが……おい、佐藤だったよな……? お前の能力で直しといてくれ」


僕の意識は先生が言い終えた後に完全に途絶えた。



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