第6話 屋上
瞬間、周囲から訝しむような視線が集まる。
しかし、視線が集まったのは一瞬で、すぐに僕から視線が外された。
噂をされていたと聞いたが本当は誰が転入してこようとどうでもいいと思っていたのだろう。
それが分かるような態度だった。
僕は教室内をぐるりと一巡する。
クラスメートの殆どが気だるそうに机に突っ伏している。
そのお陰で、教室内がズーンという効果音が似合いそうな程重い空気に包まれていた。
「なんか、覇気どころか生気が無いな……みんな」
「それはそうだよ。さっきも言った通り、ここは実力至上主義の学園、実力がない人間は虐げられる。ここ、1年4組は1年生の中で最底辺のクラスだよ。そりゃあ、生気も無くなるよ」
僕は、自分の席らしき場所まで歩きながら会話を続ける。
「でも、早耶香は違うみたいだな」
「だって、私は1年4組の学級委員だもん。生気を無くしてちゃやっていけないよ」
「ふーんそうなのか、ところでだが、僕の席は早耶香の隣なんだな」
自分から聞いたものの、そこまで興味がなかった僕は適当に返事をした後、話題を転換した。
「幸運だよ。今まで周りに喋れるような人が居なかったから」
教室の後ろの方、居眠りをしていたら一番バレやすいと言われる場所に僕は腰を下ろした。
確かに、周囲には――この教室のどこを探しても居ないが――陽キャと呼ばれる人間は居ない。
僕は静かな場所は好きだがここはなんか嫌いだ。
「そうだな……っとチャイムが鳴ったな」
キンコンカンコンという音が聞こえたと同時に、周囲がシーンとした。
さっきまでも静かだったが少しは会話が聞こえてきたのだがそれもなくなった。
ガラガラガラ、建付けの悪い教室の扉がそんな音を立てて開かれる。
入ってきたのはジャージに身を包み、透き通った白い髪をした教師だ。
そいつは、やる気なさそうに入ってきたと思ったら教卓の後ろに立ち、今日の予定をこれまたやる気なさそうにベラベラと喋り始めた。
普通は転入生が来たら自己紹介ぐらいさせると思うのだが……やはり最底辺のクラスは違うのだろうか。
「はい、じゃあ俺は戻るから、適当にしてていいぞ」
そう言うと、そいつはそそくさと教室を出ていった。
どこまでも適当だが、そいつからは何か底知れない力を感じた……気がする。
「……ちょっとトイレ行ってくる」
僕は隣の席の早耶香にそう告げると、足早に教室を出た。
正直、この学園の構造は把握していないが向かうべき場所がある。
勘を頼りに学園内を進んで行くと、やがてそこに辿り着いた。
予想通り、通常は鍵が掛かっている筈のそこの扉は開かれていた。
冷たい風が扉の隙間から僕にぶつかる。
僕はその扉を通れるぐらいに開け”屋上”
に入った。
そこには、タバコを片手にフェンスにもたれかかっている先程の教師が居た。
「……誰かと思ったらお前は転入生の……」
そこでそいつは言い淀む。
僕は軽く溜め息を吐くと、自らの名前を名乗った。
「皐月か……こんなところに何しに来たんだ?」
「すいません、ちょっと道に迷ってしまって」
「迷って屋上に来るとか有り得ないからな。本当は何しに来たんだ?」
適当に嘘を付くが当たり前のようにバレてしまった。
「ははは、新鮮な空気を吸いに来たんですよ」
僕は苦笑を浮かべるとまたもや嘘を付いた。
嘘の二段重ねはバレる可能性が限りなく少ないということを僕は知っている。
「そうか……1本吸うか?」
そう言ってタバコを差し出してくる。
少なくとも教師が放つ言葉ではないなと思ったが僕はタバコを受け取った。
見た目は子供だが中身は成人している大人なのだ。何処にも問題はない。
「どうも……ライター持ってますか?」
「あぁ、ほら」
カチカチ、ライターの火がタバコの先端に点けられ、煙がで始める。
僕はタバコを咥えると煙を吸う。
「ありがとうございます」
「どういたしまして……さてと、一つ皐月に問おう。お前には向上心があるか? この学園に来たからには成り上がってやるという意志はあるか?」
先生が煙を口から出しながら真面目なトーンで訊いてきた。
「……別に、ないですよ……そんなものは……」
「そうか。そんなだったらすぐに死ぬな。どうせ、政府に入るんだろう?」
「入りませんよ。僕は政府が嫌いです」
僕がそう言うと先生が口元を少し歪ませた。
「……何故こんな学園に入ってきたのか皆目見当もつかないが、俺と気が合うな」
「そうですか? 僕はそうは思いません」
「それならそれでいいさ。いずれ分かるよ。それと、そろそろ戻ったほうがいい。一限目が始まっちまうからな」
「それもそうですね……先生が何故屋上に居るのか知りたかったですが、忠告通り戻るとします」
「そんなもの、サボりたいからに決まってるだろ? この学園で唯一、安心できる場所だからなここは……」
「そうですか。それでは失礼します」
僕はタバコを落とすと、それを踏み潰し、屋上から出た。
屋内に入ると、自然と屋上への扉が閉まった。
しかし、僕はそれを気にも留めずに教室に戻るべく歩を進めた。
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