第2話 ルール

 カタンと目の前に紅茶かどうか分からない液体の入ったカップが置かれる。

それからは湯気が漂っており、すぐに飲むのには不適切な温度だと言うのは誰にでも理解できるだろう。

僕はそのカップから自分の真正面に座っている彼女に視線を移す。

改まって見てみれば、男っぽい口調に反して柔和な顔立ちでとても可愛らしかった。

小柄な体躯に反して男勝りな性格というギャップもその美貌をより引き立てている。


「なんだ? ジッとこっちを見つめて……」


彼女が訝しむような目でこちらを睨む。

僕は瞬時に彼女から視線を外した。


「いや、なんでもない」


「そうか……ならいいが……」


そう言いながら彼女は自分のカップを手に取り、一口飲もうとしたが、目を大きく見開いた後、すぐにカップを戻した。

まだ、カップからは湯気がモクモクと湧き出ている。

頭が良さそうな印象の彼女だが、抜けているところは抜けているらしい。


「……さて、まずは自己紹介から始めるか? 私の名前は如月優きさらぎゆうだ。知っての通り、この家の持ち主は私だ」


気持ちを切り替えるかのようにふぅと息を吐きそう告げる。

僕はそこで漸く自らの名前を明かしていない事に気付いた。


「僕の名前は清水皐月しみずさつきだ。今は跡形もないが山の麓の町のとある1軒家の持ち主だ」


名前を言うだけでは少し足りないように感じたので、彼女の自己紹介を真似てやってみたが差が明確になった気がする。


「皐月か……よろしく」


彼女がそう言い、雪みたいに真っ白な手を差し伸べてくる。

僕はその冷たい手を握り返し『こちらこそ』と言った。


「これで、皐月は正式にこの家の一員となった訳だ。これから、この家のルールについて教えよ――」


彼女が言葉を言い終わろうとした刹那の出来事だった。

立つこともままならない程の揺れが襲いかかってきたのは……


「地震……?」


僕は驚き故にそんな疑問の声を洩らす。

意外にも揺れはすぐにおさまった為、シンと静まり返った室内にその声は響いた。


「いや、恐らく地震ではない。ふむ……丁度いい。付いてこい! 我が家のルールについて分かりやすく教えてやろう」


彼女はそう言うと、雷のような速さで走り出した。

僕は慌てて席を立ち、彼女の後を追う。

家内は迷路のように広い、彼女を見失ってしまうとこの家を奔走する羽目になる。

僕はそれを絶対に防ぐべく全力で疾走した。


 漸く彼女の背中が見えてきたので、僕は少しペースを落とす。

ここまでの道中、色々なものが先程の揺れの所為で散乱しているかと思ったが、彼女が何らかの能力を使い全てを元の位置に戻したお陰でそんなことはなかった。


「こっちだ」


彼女の背中を追っていると、遂に僕は家の裏口から外に出た。

裏庭には1本の大木がここら一帯を支えるかのようにそびえ立っている。

しかし、ゆっくり眺めている余裕なんか無い僕はそれを横目で見ながら通り過ぎた。

彼女は森に入る境界でやっと足を止める。

それと同時に、周囲に風が巻き起こった。

あれほどまでの異次元な走りを見せてくれたのにも関わらず、彼女は息切れ1つしていない。

僕は少しばかり彼女に対して恐怖を覚えた。


「ここら一帯には私の術がかかっていて誰も入れないようになっているんだが、私は今からその術に一瞬だけ穴を空ける。ここに空けるからせーので飛び込んでくれ」


「分かった」


息を整えて、僕は端的にそう答える。

そして、すぐに飛び込めるようにクラウチングスタートのような体制を取った。


「行くぞ? せーのッ!」


僕は瞼をギュッと閉じ、出現したであろう何かに勢いよく飛び込んだ。

次に目を開けた時は僕は見慣れた山に戻ってきていた。


「さて、ここからが本番だ」


彼女はそう言うと、何処からともなく魔法使いが使うような箒を取り出した。

柄の方は年季が入っていて、今にも折れそうだ。


「さぁ、乗れ」


彼女はそれにまたがると自分の後ろの空いているスペースを指差す。

僕は言われるがままにそれに乗る。

幸いにも、ピキッといった不穏な音はしなかった。


「飛ばすぞッ!!」


彼女は思いっきり地面を蹴ると、次の瞬間には僕らは宙に浮いていた。

蹴った地面は大きくえぐれ、落とし穴が完成している。

高所恐怖症の僕は思わず絶叫をしてしまいそうになるが何とかそれを飲み込む。

ここで叫んでしまったら落ちてしまうかも知れないと僕の脳が予感していたからだ。

その後、僕らはまさしく風のように飛んでいった。


◆❖◆❖◆❖◆❖◆❖◆❖◆❖◆❖◆❖◆


 ズドーンと僕らの乗っている箒は、荒っぽい着地をした。

衝撃が僕の足を伝うが、地に足を着けているという安堵感で全く痛く感じない。


「さて、何処だー?」


彼女は箒を何処かに仕舞うと、キョロキョロと何かを探すように見渡し始めた。

ここら一帯はさっきまでの木々がなく、常に土埃が舞っている。

しかし、所々にここが元々は森だったという痕跡がある。


「何があったんだ……?」


僕は本当に分からないといった声音でそう洩らす。

その声は土埃を乗せて吹く風と共に何処かに流される。

僕は目にそれが入らないように手で防ぎながら辺りを見渡す。


「おい皐月、あそこが見えるか?」


彼女がそう言ったので僕は、見にくいが彼女の指が指す方向を見る。

土埃が立ち全体的に茶色っぽくなっているこの場所だがそこだけは何故か普通だった。


「土埃が立っていない……?」


「そうだ。あそこだけ土埃が立っていないんだ。つまり、分かると思うがここらをこんな有り様にした人間がそこに居る可能性が高いってことだ。そいつとあの地面の揺れを起こした人物は恐らく同一人物だ」


「何故、そいつを見つけようとしているんだ?」


「後から詳しく説明するが簡単に言えば危険だからだ。さぁ、逃げられない内に行くぞ!」


僕らは地面を踏み鳴らしながら荒地を駆け出した。

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