第12話 湖

お姫様の暮らす国は内陸にあり、お姫様は海を見たことがありません。お城の敷地内を流れる水路と、領土内にある大きな湖しか見たことがないのです。

太陽が近付き、気温の上がる夏場。避暑のために湖のほとりに建てた別荘で過ごすことがありました。見渡す限りの水、水、水。湖でも十分すぎるほどに大きいのに、それよりもずっとずっと大きなものがあるなんて、お姫様は到底信じられませんでした。


「アナタは海を見たことがあって?」

「海? あるよ」

「私は湖しか見たことがないのよ、羨ましいわ」

「あたしは海より湖のほうが好きだけどな」

「そうなの?」

「砂まみれにならないし、顔が浸かってもしょっぱくないし、波にさらわれることもないしね」

「ふぅん」

「姫さん、海に浮かべるのかね。浮かぶなら、ネットにいれて岩場でぷかぷかするくらいならやってもいいけど」


 お姫様の目が輝いたので、あたしはとりあえず浴槽に水を溜めた。ネットで調べた海水の塩分濃度と同じになるように、山のように買い込んであった塩をどさどさと入れていく。

 それからお姫様をそこに放り込むと、残念ながら沈んでいった。


「ゲホっ、ゲボガボ……ちょっと! 鼻からも口からも塩辛い水が入ったじゃない!」

「わぁ〜、首から流れ出てくるんだぁ〜」

「誰かコレを処刑なさい!!」


 海へは行かなかった。

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