第14話 満月の間だけ、だそうですよ?


「満月の間だけ、ミヤさまはその姿に戻られるようです。いまだ原因はハッキリとはしませんが」


 メイド長が申し訳なさそうに説明してくれる。


 子猫の姿から猫獣人の姿に変化してパニックに陥った美夜ミヤがベッドに潜り込んで震えていたところを、突然魔王に抱き締められた夜が明けて、翌日。


 尻尾をパンパンに膨らませて怯えていた美夜を魔王の手から救いだしてくれた彼女には感謝しかない。


(いくら猫好きって言ったって、人の姿の時に抱き付いて猫吸いをするのは良くないと思う! 魔王め!)


 ぷんすか怒っていた美夜だが、今はすっかりご機嫌だ。

 なぜなら、目の前のテーブルいっぱいに料理長の力作であるスイーツがこれでもかと並んでいたので。


「うちの陛下が申し訳ございませんでした。ささやかなお詫びの品ですわ」

「けーき!」

「はい、ケーキもクッキーもたくさん用意しておりますよ」


 にこにこと笑いながら、メイド長がスイーツをサーブしてくれる。

 ナッツとドライフルーツのパウンドケーキを食べやすくカットしてくれた物を手ずから食べさせてくれた。バターたっぷりの生地はしっとりしていて、とても美味しい。


「おいしい、ニャッ」

「うふふ。お気に召しましたか?」

「あら。じゃあ、ミヤさま。こちらのシフォンケーキもどうぞ」

「まぁ、ずるいわ! 私もミヤさまに「あーん」したいです」


 わらわらとエルフのメイドさんたちが寄ってたかって甘やかせてくれる。

 ふわふわのシフォンケーキには生クリームをたっぷりと載せて。

 さくさくのアーモンドクッキーは何枚でも食べられそうなほどに美味しいし、焼き立てのアップルパイもほっぺが落ちそうなほど絶品だった。

 んまんま、と幸せそうにスイーツを堪能する愛らしい少女の姿にメイドたちはメロメロだ。


 猫耳尻尾付きの少女の姿になった美夜は、可愛らしいワンピースを着ている。

 昨夜は用意出来なかったので、魔王アーダルベルトの子供時代の服をパジャマ代わりにした。

 肌触りの良いシャツは着心地が良かったので、特に気にならなかったのだけど、メイド長的には不本意だったらしい。

 いつもより遅い時間に起きた美夜に笑顔でサイズぴったりのワンピースを手渡してくれた。

 どうも、お城のお針子さんにお願いして一晩で縫い上げてもらったようで。


(いつの間にサイズを測ったんだろう……。さすがメイド長、抜かりがないわ)


 魔王の秘書的な仕事もそつなくこなす有能な美女カッコ良すぎる。

 ちなみにワンピースは膝上丈でふんわりと裾が広がっており、とても可愛らしいデザインだ。

 淡い紫色のワンピースドレスで、パフスリーブの袖もチャーミングで気に入っている。

 襟元には金色の刺繍入りリボンが結ばれていて、これもとっても素敵。


(カラーリングが何だか魔王っぽいけど、まぁ可愛いから良いかなー?)


 ほんのり青みがかって見える白銀プラチナの髪色との相性も良い。

 さすがメイド長、センスも良い上に美夜の好みもしっかり抑えているとは。


 ちなみに、この城の主たる魔王アーダルベルトは現在メイド長のお仕置きを受けて反省中らしい。

 執務室に監禁されて、山盛りの書類が片付くまで美夜への接触禁止令が出ているのだと聞いた。


「魔族には魂のツガイという本能を刺激する存在があり、どうしても惹かれてしまうのです」

「そうなんニャ……」


 本能関連なら、仕方なかったのかな?

 ならば、魔王には悪いことをしたのかもしれない。

 美夜を魔王の魔の手から救い出すために、メイド長の素晴らしい美脚が目にも止まらぬ速さで魔王の後ろ首にヒットし、昏倒させたのだ。


(あれはものすごーく痛そうだった……)


 へにょり、と眉を寄せて小首を傾げていると、気付いたメイド長がきっぱりと首を横に振った。


「ミヤさまが同情されることはありませんよ。あれは自業自得です。ああでもしないと、ミヤさま、魔王にぺろりと食べられていましたよ?」


 食べられるという表現に、美夜はビクッと肩を揺らした。

 このニュアンスはもちろん、ご飯としてではない方の意味なのだろうけれど。


「え、でも私は普段は子猫の姿だし、こんニャだけど異世界生まれの人間だし……にゃ?」

「関係ありませんわ。性別も種族も。ツガイとは、魂に惹かれてしまうものなのですから」

「そ、そうニャの……」

「ミヤさまは勇者召喚に巻き込まれて、この世界に来たという話でしたが、これも運命というものでしょうか」


 ほうっ、とメイド長がため息を吐く。


「ミヤさま、あれでも魔国一の色男、地位も財産も、もちろん力もあります。大切な者には一途な優しい子でもあります。ツガイとして、おすすめなのですが、ご一考いただけませんか……?」

「はっ⁉︎ いや、あの、そんな急に、ニャッ ?」

「アーダルベルトさまのこと、お嫌いでしょうか?」

「き、嫌いじゃ、ニャイです……。優しいのは、知っているにゃ… ?」


 それはもう、子猫の時にしっかり身をもって。


「執着した相手には多少、その、偏執的にはなるかもしれませんが……良い子ですのよ?」


 それも嫌と言うほど理解しています、子猫の時に。


「…………」


 困ったことに、嫌いにはなれないのだ、あの魔王のことを。

 すぐにツガイに! とはまだ思えないけれど。

 この姿が元に戻るまでは側にいても良いのかな、と考えてしまうくらいには、好意を持っている。


「あらあら、うふふ」


 黙りこくった美夜の様子に、何やら都合良く理解したらしきメイド長がそれは良い笑顔でふわりと頭を撫でてくれる。


「では、あらためて。よろしくお願いしますわね、ミヤさま?」


 美しくも肝っ玉母ちゃんな魂を持つメイド長の、てのひらの上で転がされている気分だが、とても頼りになるのは確かなので。

 美夜は三角の猫耳をぺたりと寝かせて、小さくにゃあと鳴いた。



◆◇◆



 かくして、魔王城には魔王の大切な愛猫と、満月の日々にだけ姿を見せる愛人が大切に囲われるようになったと云う。


 あの最凶魔王が、小さな子猫とネコ科獣人の少女を溺愛しているとの噂はあっという間に世界中に広まった。

 おかげで最近の魔王への献上物は、お猫さま宛の高級食材ばかりだと云う。


「ごあああん!」


 そうして今日もご機嫌で食事をねだる可愛い子猫に、魔王はいそいそとスプーンを差し出すのだった。





◆◆◆


拍手ありがとうございます!


現在連載中の『ダンジョン付き古民家シェアハウス』ですが、書籍化が決まりました。

あわせて、よろしくお願い致します!


◆◆◆

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